34話 まずは腹ごしらえ
第二部テーマは「交わらない片想い」
いちばんいいのは誰かのパーティーに入れてもらうこと。そう言うとジョンたちの瞳がぱあっと輝き、俺を見る。
「ダ、ダメだよ俺は。そんな余裕ないから。それにキリがいいところで仲間のところに戻るんだ。いま俺とパーティーを組んだとしてもまた探さなきゃいけない」
「……そうなんですか」
聞き分けはいいらしい。がっくりと肩を落とすジョンに、サラは心配そうな視線をやる。うーん、俺もなんだか悪いことしてる気になってきた。ここで放り出すのも無責任かな。
「ダンジョンについたら仲間探してそうな奴ら探すのは手伝ってやるから。だから元気だせよ」
もうすぐサズ第三ビーミッシュ・ダンジョンに到着する。本当ならここでお別れだったけど、これもなにかの縁だろう。俺はもう少し付き合ってやることにした。
◇
発見から十五年も経てば、ダンジョンのまわりはちょっとした町になっている。最寄りの町からダンジョンまでまっすぐに伸びる大きな街道。そのわきには商店や鍛冶屋、飯屋に酒屋に宿などが軒を連ねている。最盛期からは多少落ち着いているようだが、まだまだ人の出入りはある。
馬車はダンジョンから五百メートルくらい離れたところで止まったので、お礼を言ってジョンたちと共にこの地へ降り立った。
「わーなつかしい。久しぶりだな」
駆け出しの頃にはよくお世話になった。
ジョンたちがもの珍しそうに店を見渡し、口元には笑みを浮かべていた。
「せっかくだからごはんでも食べようか。おいで」
「あ、待ってください。僕たちあんまりお金持ってないから、高いところは……」
「おごってやるから心配すんな。おに……お姉さんに甘えとけ」
ぱっと自分の性別が出てこないのは困るわ。
俺が選んだのは昔よく通ってた食堂だ。
ここの看板娘が可愛らしくて、冒険者の野郎共が張りあって注文していたのが懐かしい。
「こんにちは〜」
「いらっしゃい」
看板娘さんはお母さんになったみたい。あの頃より大人びた様子でエプロンをまとい、色気がむんと増している。そのそばで小さな女の子がお店のお手伝いをしていた。
「……もう十年経つもんな」
時の経過を感じるぜ。
そういえば俺って見た目は何歳くらいに見えるんだろう。気持ち的には27歳なんだが。子どもの頃、近所のお姉さんたちが「何歳に見える?」と聞いてくるので素直に言ったらやたら上機嫌になったことがある。女性は大人になったら自分が何歳に見えるか気になるものだと言われたけど、俺もそうなんだろうか。
俺はいったん見た目年齢のことを横に置いて、パンやら肉やら飲み物やらいろいろ頼んだ。ジョンたちは遠慮してかパンとスープしか頼まなかったので、お節介ついでに肉の串焼きを付けてやった。お腹いっぱいなら持ち帰ればいいしね。パンにはさめばだいたいオッケー。
「おいしい……」
おそるおそる肉串をひと口かじったサラのつぶやき。
「おいしいよな。ダンジョンでとれる便利な石や調味料のおかげで調理の幅がいろいろ広がったらしい。材料もかな。だからじゃないけど、ダンジョン近くの飯屋はうまいところが多い」
「へえ」
いっぱい食べろよ少年たち。もりもり食べて強くたくましく育ってくれ。
そんな俺たちがもの珍しいのか、他のお客さんがちらちらこっちを見てくる。かわいい俺と純情そうな少年少女の三人組だ。気にするなという方が無理なのかもしれない。
そういえば俺の服、おかしくないよね。
フローラに選んでもらった動きやすい服。アリにやられてボロボロになったから、これが最後の動きやすい服なんだけど。どっかで買わないとダメかな。この通りには売ってありそうだから後でのぞいてみるか。
考えごとをしていると二十代くらいのいかにもな冒険者が話しかけてきた。緊張してるのか耳の先が赤い。
「な、なあその装備、冒険者だろ。これから潜りにいくのかい」
「まだ準備が終わってなくて。あとでこの通りをいろいろ見てみるつもり」
俺も買い物したいし、ジョンたちを仲間にしてくれそうな人がいないかギルドの掲示板をのぞきに行く予定だ。
「よかったらオレが案内しようか? この辺りは不慣れだろう」
「ううん、自分たちだけで大丈夫。ありがとう」
俺がにっこり笑ってお断りすると、男はがっくりうなだれて自分の席へ帰っていった。
「これがナンパってやつ? あたし見たの初めてだわ。本当にあるのね」
「さすがシュルスさん……」
あ、あれナンパだったのか。なんで声かけてきたのかよくわかんなかったけど、俺のかわいさに引き寄せられたんだな。ならば仕方ない。青年、あんまり落ち込むなよ。
「サラも気をつけろよ。サラぐらいの歳の子に異様に興奮する変態もいるんだ。怖いぞ」
ちなみに俺が言ってるのは引退したパーティーの先輩だ。あの人は触らずの法とか不可侵条約がなんのとか意味わからんこと言ってたけど、マジで少女を見る目が怖かった。俺がそんな目で見られたら両目を潰してしまうかもしれない。
「サラはかわいいから僕が気をつけておかないと」
「いいいいいきなり何言ってんのよっ」
「サラは大事な幼なじみだ。村から連れ出した責任もあるし、僕が絶対守るよ」
「ジャン……」
サラが瞳をうるませ頬を染めている。
そんなほほ笑ましいふたりを見ていたら、コロンという鈴の音が聞こえた。来客を告げるドアベルの音だ。それにつられて俺は視線を向ける。
「……うわ、美人」
思わず声が漏れてしまうほどに美しい人がそこには立っていた。
すらりとした長身に褐色の肌。服の上からでもわかるツンと上向いた大きなバスト。白銀にも見えるウェーブがかった髪は背中までたっぷりとあり、顔立ちはかわいいというよりキレイだった。ちょっと気の強そうなお姉さまって感じ。でもどこか寂しそう。引き締まった肌の色やスタイルがエキゾチックで、とても目を惹く容姿だ。
その人は静かにカウンター席へ着く。座ったときにわかったのは腰まわりが特にエッチだったってこと。ああ、俺もアベルにスケべだなんだって言えない。邪な目で見てごめんなさい。
その人はお店の人といくつか言葉を交わし、食事客の全員に背を向けてひとりで座っていた。他に連れはいないようだ。
その背中についつい見入る。
うしろ姿までキレイってすごいな。俺もうしろ姿までかわいいかな。こんなキレイな人の心を射止める人がいたら、きっとその人はとんでもなく果報者だな。そんな事で頭のなかがいっぱいになってしまう。
「シュルスさん、シュルスさんってば」
「あ……ああ、ごめん」
いかんいかん。テーブルに向き直ってジョンたちに軽く謝って気をとりなおす。こんなそぞろになるなんて。まったく、とんだ魔性の美人だぜ。
「僕はシュルスさんの方がかわいくて素敵だと思います。っていうかタイプど真ん中です!」
「ちょっとジョン、あたしのこと大事って言ったじゃない!」
「とっても大事だよ。だって幼なじみだもの」
「……なんだか複雑だわ」
ジョン少年よ。俺を褒めてくれるのは嬉しいけど、まずは隣にいる女の子を大事にしてやれ。サラを第二のセルフィナにしてくれるな。