33話 新しい一歩
ダンジョンの底で女になってしまった俺は、パーティーのみんなと離れ、ちょっとした修行の旅へと出た。
当面はひとりでダンジョンに潜ろうと思っている。目指すはリザスター王国との国境付近にある「サズ第三ビーミッシュ・ダンジョン」だ。
「ダンジョンの名前って何か意味があるんですか?」
うむ、いい質問だ。
先日公表された「サズ第十七ウルストン・ダンジョン」はサザース王国で発見された十七つ目のダンジョンで、管理者はウルストン卿ということを差している。
つまり「サズ第三ビーミッシュ・ダンジョン」とはこの国で三つ目に発見されたダンジョンで、管理者はビーミッシュ卿ということだ。
「なるほどー」
俺の横で感心したように頷いている少年はジョン。そのとなりでは同い年くらいの少女がおもしろくなさそうに景色を見ている。
「ぼくたちダンジョン初めてなんで、勉強することがいっぱいです!」
13歳くらいだろうか。幼く見えるだけでもう少し上かもしれない。なんせジョン少年と幼なじみの少女だけでダンジョンへ行こうとしているのだ。せめて16歳の成人であってほしい。
俺はお目当てのダンジョンへ行く途中でこのふたりに出会ったのだが、危なっかしくて見ていられない。
『あの、もしかして冒険者さんですか? よかったら武器がどこで買えるか教えてください!』
乗合馬車にゆられていると突然話しかけられた。
これ見よがしに武器をひっさげているのは大体冒険者だ。俺が槍を持っていたから声をかけてきたと思うんだけど。
『おれ、強い武器を買いたいんです』
目をキラキラさせて俺を見るジョン少年に、俺は『あ、こいつすぐ死ぬ』と確信にも似た直感が働いた。完全にダンジョンを夢見て田舎から出てきたおのぼりさんだ。早々に魔物にやられるか、タチの悪い冒険者に騙されて泣きをみるか。
『棍棒は銀貨5枚、片手斧は金貨3枚、両手剣は金貨5枚。いちばん安いのでもこれくらいするよ』
そう言った時のジョンの顔ったら。
たぶん農民だったら棍棒くらい自分で作れる。硬めの木材を削ったらいいんだから。でも買おうと思えばこれくらいかかる。
『ほら言ったじゃない。やっぱりあたしたちには無理だよ。諦めて村戻ろう。今ならみんな許してくれるよ』
そこから小声でいろいろ話合う姿を見て、俺は彼らの背景をなんとなく察した。その時の俺の心情たるや。できるなら面倒見てやりたい。未来の凄腕冒険者なのかもしれないのだ。俺も先輩から教わったし、この子たちにも先導者が必要だろう。でも今の俺にそんな余裕はない。自分のことしかできないからフローラの同行もことわったのに、そんな無責任なことできない。……なんだけど。
『俺はこの先にあるダンジョンへ行くつもりなんだけど、そこまでの道中だったらいろいろ教えてやるよ』
このままだったら絶対にろくな事が起こらない。だからせめてこの馬車に乗ってるあいだに知識を授ける。頼むから生存率をあげてくれ。
そんなこんなで俺はジョン少年の質問に答えていたわけだ。知って村へ引き返すもよし。備えて挑むもよし。
「ねえサラ聞いた? ダンジョンのなかにも昼夜があるんだよ。明かりの準備もしなきゃ」
「はいはい」
サラはジョンの幼なじみで、仕方なく着いてきた感がすごい。きっとこの子も俺と同じだ。こいつを放っておいたら死んでしまうと心配しているんだろう。優しい子なんだな。もしかしたらジョンのこと好きなのかも。
これから行くダンジョンは初心者向けと世間では言われている。発見から十五年は経っていて、地図も完璧、出てくる魔物も分かっているので対処さえきちんとすればさほど脅威ではない。おかげで採れる資源の売り値はそこそこだ。
なので入場料を払って入るタイプのダンジョンとなっている。
メリットは採れた資源は好きにしていいってとこ。他の入場タイプだったら自由に持って帰ることは出来ないので、もしかしたら未知のお宝を独占入手できるかもというギャンブラーな冒険者にも人気だ。
俺はそこで自分がどれくらいできるかを試すつもり。特に魔術ね。魔術はダンジョンの中でしか使えないから練習するにしても潜らないといけない。けどあんまり凶暴な魔物がいるところじゃ練習どころじゃないから、あのダンジョンがちょうどいいと思ったんだ。
「ところでふたりとも、ダンジョンに行くっていうからには冒険者登録したんだよな? 結構お金かかるけどよく貯められたな」
「え? なんですかそれ」
ああ。まじか。そこからなのか。
「あそこのダンジョンってお金払えば中に入れるんじゃないの?」
サラも不安そうな顔で聞いてくる。
「冒険者ならお金を払えば入れる。ダンジョンがある場所にはだいたい冒険者ギルドがあるから、そこで登録はできるけど……」
あんまりお金持ってそうに見えないんだよなあ、このふたり。
「ちなみにいくらぐらいかかるんですか?」
「ジョンをリーダー、メンバーをサラだけにしても金貨35枚はいる。メンバーを増やすなら一人につき金貨3枚追加だ」
それなりに大きな出費。どこぞに土地買って家建てれるくらいの値段だろう。
「な、なんでそんなにお金がいるの!? 銀貨5枚だって今まで苦労して貯めたのに……」
サラも目を丸くして青ざめている。
「登録手数料は金貨2枚くらいだよ。パーティーを結成して維持していくための道具を渡されるんだけど、それが高くつくんだ」
冒険者登録と言っても個人ではなくパーティー単位で登録する。リーダーとなる人物が代表で登録して、残りの仲間はメンバーの証みたいなものをもらうんだ。
俺は巾着に入れていた親指サイズの青色の澄んだ石を取り出してジョンたちに見せた。
「これが代表に渡される『認定石』。ダンジョンから採れる特殊な石を加工して作ってあって、これと連動する小さな認定石をメンバーに渡すんだ。で、大きな認定石が金貨10枚、小さな認定石が金貨3枚かかる。ついでに言うとこの石に覚えさせるために、代表者は血液を提出しなきゃいけないからな」
血を使って認定石に持ち主を覚えさせるらしい。
どうやってかは知らん。
「……血?」
「注射器でけっこう抜かれる」
「ひえ……」
この認定石をみんなで持って、ダンジョンの入り口に設置された受け付けに見せる。石が反応して全員がひとつのパーティーと確認がとれると中へ入ることができる。まあ安全性をいろいろ考慮してあるんだよ。今ダンジョンに潜ってる冒険者たちはどこの誰で、いつ潜りはじめたとかをギルド側が記録するんだ。
だいたいみんなアクセサリーみたいにして持ってるけど、俺はなんとなく小さな巾着袋に入れてる。
「あれ。てことはシュルスさん、パーティーのリーダーなんですか?」
「ちがうちがう。ソロ活動用に自分で登録してるんだよ。本来は別のパーティーの一員。メンバー用の認定石もちゃんと持ってるから」
返せって言われたらどうしよ。
仕方ないけど俺泣いちゃう。
「あとはマギカードね。ダンジョン資源はギルドに買取ってもらえるんだけど、どうしても高額になりやすい。ギルド側もそれだけの貨幣を用意しとくのも大変だし、冒険者も金貨じゃらじゃらさせながら帰るのもなんだなってことで、マギカードで決済をするんだ。だから今はパーティーに1枚必ず持たされる」
現金に替えたい時はギルドに行けばやってくれるから便利なんだよ。最近はカードで支払っていい店もちょこちょこ出てきたし。
「このカードが金貨20枚。これも材料はダンジョン資源で、製法はいっさい秘匿されている」
まあ登録料が高いって言うやつの気持ちもわからんでもないけど、多少のハードルを設けることによって変なやつや向いてないやつを手前ではじく役割もあると思う。ジョンみたいに憧れの気持ちだけでダンジョンに入っては危険なだけだ。
「僕たち、そんなお金……シュルスさん、どうしたらいいでしょうか」
「まあ方法はよっつある。ひとつ、自分たちには無理だと諦める。ふたつ、資金が貯まるまでどうにか働く」
ちなみに俺が住み込みで働いてた時は、最低限の衣食住はお世話になった上で、ひと月銀貨8枚をもらっていた。友人知人と飲み歩いていたらひと月でなくなる金額だ。こいつらが登録料を貯めようと思っていたらそれなりに時間がかかるだろう。
「みっつ、人から借りる」
金持ちのパトロン、金貸し、パーティーの仲間。頼りに出来そうな人がいるとそれも手だが、トラブルが起きることも多々あると聞くからあんまりお勧めはしない。
「最後よっつ、誰かのパーティーに入れてもらう。で、一緒に潜って成果を上げて、頃合いをみて独立させてもらう。冒険者の始まりとしてはこれが一番多いんじゃないかな」
いちばん現実的だろうけど、こいつらを悪く扱わないでいろいろ教えてくれる人が都合よくいるかな。ギルドにある掲示板には仲間募集の張り紙とかしてあるからそこを…………ん?
なんで二人はそんなキラキラした瞳で俺を見ているのかな?