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32話 シュルス・バングはクールに去るぜ


「よしっ」


 朝が来て、俺は鏡の前で気合いを入れた。

 ソロで活動するためにパーティーを離れる。今日はその第一日目だ。


 拠点にしていた宿から俺の荷物を全部引き上げる。男時代に使っていたものは宿のおじさんに頼んでいる。売るなり処分するなりしてもらう予定だ。


 リュックに詰めるのは最低限。それでも多い。武器は槍で、穂先は布で包んである。これ見よがしに武器を背負ってたら変に絡まれることはあるまい。


 お金はマギカードと現金が少々。

 マギカードの中にはこれまでもらってきた報酬がそれなりに入ってるから冒険者ギルドさえ寄ればお金の心配はないだろう。現金は重たいからあんまり持ち歩きたくないんだよな。


 食堂へ降りると、いつもの面子が迎えてくれた。

 俺が今日でここの宿を去ることは伝えてある。まあ後々アベルたちも本拠地に戻るだろうから、それがひと足早くなっただけだ。


「弁当だ。持っていけ」

「うわ、ありがとうおじさん」


 おじさんの料理とお別れかと思うと寂しいな。高級お宿の料理もおいしかったけど、おじさんのが家庭の味っぽくて好きだったよ。


「シュルスちゃん、いなくなるって本当なの?」

「俺らもついていっちゃダメっすか?」

「荷物ならよろこんで持ちますよ?」


 新米冒険者たちが嬉しいこと言ってくれる。


「ダメに決まってるだろ。せっかくこの町にきた冒険者なんだから、新しく解放されるダンジョンに挑戦しなきゃ」


 常に危険ととなり合わせだけど、それ以上の魅力がある。採取や討伐だけじゃない。新資源の発見、新階層のルート開拓。賞賛と羨望、一攫千金だって夢じゃない。


「シュルスちゃんは挑戦しないの?」

「うん。俺はいいの」


 むしろ今はお腹いっぱい。


「あ、じゃあさ、初期調査にいった《イーグルアイ》ってパーティー見に行かない? あの人たちめちゃくちゃ凄腕なんだよ。おれ、斧使いの人に憧れてて。今日は新ダンジョンの情報が公表されるって聞くし、もしかしたら会えるかも」


「……うん。俺も会いたかったな」


 アベルとフローラには伝えてある。

 セルフィナとココポには直接伝えられなかったけど、今生の別れにするつもりはないから。


「じゃあな。元気でやれよ」





 宿の外へ出る。

 朝日がまぶしく、少し冷たい風が髪揺らす。今日の天気はとてもいいようだ。


 そして俺に立ちはだかるように連なる人影。なぜかパーティーのみんなが待ち構えていた。チャロアイトさんまで一緒だ。


「シュルスさん、黙って行っちゃうなんて水くさいです」

「見送りくらいさせてくださいな」


 ココポとセルフィナが俺に駆けよってくる。

 俺はうまく言葉が発せず、あうあうと口を開いたり閉じたりして、ふたりに笑われた。


 チャロアイトさんは手に大きな紙を持っていて、それ広げて見せてくれる。それは俺たちが調査していたダンジョンの初期調査情報。俺たちが命をかけた成果だった。


「きみに見てもらいたくてね」

「チャロアイトさん……」




『サズ第十七ウルストン・ダンジョン』


 サザース王国グリーンハウ領マトロックの町

 ダンジョン管理者 町長ジャン・ウルストン


 中規模 1エリア約10キロ平米

 B1FからB3Fを確認

 特殊通路あり

 B9F(仮)、B10F(仮)を確認


 魔物危険レベル5

 環境危険レベル4


 潜行可能数2000名 最大P数285組



 別の資料には各エリアの簡単な地図や遭遇した魔物の種類、採取可能なダンジョン資源が記してある。階層を縦につなぐ大穴。危険注要意魔物としてハーピーやサメ、女王アリのことも。



 そして最後に。


 初期調査員 チャロアイト・フット

 随行パーティー 《イーグルアイ》


「うわあ……」


 胸がいっぱいになる。

 感無量っていうのはこのことだ。ああ、最後まで頑張ってよかったな、みんな。


 ちょっと涙目になりながら感動に浸っていると、ふとアベルと目があった。得意気に笑っている。


「……おまえがみんなを呼んだな?」

「悪いかよ」

「ううん。ありがと」


 正直うれしくて泣きそう。

 アベルは「今回の報酬くらい受け取ってから行け」といい、俺のマギカードにお金を入れてくれた。明細を見てびっくり。


「え、多くない?」


 今回の依頼報酬は高額で、前金として半額、依頼達成後に成功報酬としてその残りをもらえることになっていたんだけど、思っていたより倍くらいある。


「ふふふ。シュルスくんが女王アリを討伐してくれたことで芳醇な蜜がたっくさん採取できたんだ。それで成功報酬に色をつけさせてもらった」


 あ、なるほど。

 でも俺が女王アリ倒したってみんな言ってるけどあんまり実感ないんだよな。それ本当に俺がやった? アベルのまちがいじゃない? 討伐依頼ならともかく普通は倒さないで逃げるだろ。命大事だぞ。


「これは餞別だよ。荷物になるかもしれないが、売ったらそこそこいい値段にまるし、おやつ代わりに食べてもおいしいから」


 そう言ってチャロアイトさんが手渡してくれたのは瓶にはいった黄金色の蜜だった。これもしかして女王アリの? すっごい高いやつじゃん。


「ありがとうチャロアイトさん」

「お別れだね。寂しくなるよ」

「俺もです」


 軽く抱き合ってぽんぽんと背中を叩く。チャロアイトさんはダンジョン連盟の人だから、また会う機会があるかもしれない。それを楽しみしておこう。


「シュルスさん。これ、教会のみんなと作ったんです。よかったら道中で食べてください」

「うわ、ありがとうフローラ」


 クッキーかな。可愛らしい袋の中からかさかさと軽い音がする。


「会えなくなるなんてさみしいです」

「ちゃんと戻ってくるから」

「ぎゅーってしてください」

「こう?」

「ふえーんシュルスさーん」

「泣くな泣くな」


 よしよしなでなでしていたらココポが羨ましそうに見ていたので、ついでに抱き寄せてぎゅーっとする。はあ、俺のかわいい癒したち。しばしお別れだな。


 最後にアベルと向かいあう。

 こいつとは多くを語らなくても大丈夫。


「行ってこい。そんで絶対帰ってこいよ」


「おう」


 最後におまえの笑顔を見れてよかった。

 俺らにしかめっ面は似合わないよな。



「じゃあみんな、いってきます!」



 みんなに背を向けて、強くなるための一歩を踏みだす。正直これ以上ない最高の出発だった。たぶん俺の背中はいま最高にかっこいい。



 だから完全に油断していた。

 いつだって予想外は急にやってくる。



「おや、愛しのファムファタールではないか! こんな所で出会うのもまた運命の導き。ああ、昨日は急にどこへ行ってしまったんだい心配したよ」


「いやああーー出たああーーっ!」



 突然現れたヤツに俺はカッコよさを投げ出して無様に走り出した。


「てめえハートリー!! 前からムカつく野郎だったが今日という今日は許さねえ! 死ねッ!」


「むむ。きみは我がライバルアベルではないか。ええい今は邪魔してくれるな! ファムファタールが行ってしまう!」


 なんて締まらないお別れ。

 こんなことがあるから人生っていうのは容赦がない。落ち込んでばっかりも楽しくないから、折り合いつけて進み続けるしかないんだけどね。


 じゃあ改めていってきます!


「ファムファターーーールッ!」

「うるせえ!!」

ここらで第一部完です

当初の予定がここまでだったので、続きはぼちぼち投稿しようと思います。

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