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31話 怒涛につぐ怒涛からのカオス

 宿の人からタオルを借りてワンピースを拭く。

 でもなんとなく戻りたくなくて、受け付け近くにある広場で時間をつぶそうと思った。


 通りがかりの人がちらちらと見てくるけど、俺べつに変なことしてないよね?


 ここはここで居心地が悪くなったので戻ろうかなあと思ったとき、宿の客に話しかけられた。


「かわいい人、どうしたんだいこんな所で」


 ほらほら。この人もかわいいって言ってるじゃん。そう考えてアベルの冷たい視線を思い出した。……俺うざいかな。ちょっと調子乗ってたのはあるかもしれない。かわいいの押し売りは控えよう。


「……きみはあの時の」


 俺が顔を上げると男がハッとして目を丸くする。


「ああ、なんということだ。神は僕に本物の恋を教えるためにきみを遣わしたのか」


 なんか見たことあるな。

 いまいち焦点の合わない目で男をじーっと見る。誰だっけ。このイケメンでキザったらしい感じ、どこかで覚えがあるんだけどなあ。


「ふふ、僕に見惚れているのかい? 本当にかわいい人だ。そんなきみの神秘的な瞳に僕は吸い寄せられてしまうよ。なんて罪深い……僕のファムファタール」


 あ、あれだ、フローラと朝から出かけた日にあいさつしたやつだ。ああすっきりした。


 そんなことを酔いに任せてぼーっと考えていると、男が俺の顔を両手で包み、顔に影が落ちると同時に唇を重ねられていた。



 え? 俺、キスしてる?



「シュルスさんはいったいどこに……ひっ!?」

「…………は?」


 俺は今起こったことが理解できずにコチンと固まっていた。フローラとアベルが近くいるような気がするけど何も考えられない。


 唇が離れて、男がにこりと笑いかけた。


「僕の名前はハートリー・スミス。きみの名前は?」


 な、なんなの、こいついったいなんなの。

 顔がイケてりゃ絆されるとでも思ってんの。


「……うっ」

「恥ずかしいんだね。僕も同じだよ」

「うわああああああああんっ!」


 俺はひとまずハートリーとか名乗った変態男のあご下にアッパーを食わらせる。廊下に倒れ込むそいつを尻目に俺はその場を逃げだした。


「シュルスさん!」


 フローラの呼び声さえ今の俺にはつらい。

 廊下の突き当たりまで来てしまい、酔いが急激に回ったのもあって俺はその場にしゃがみ込んだ。


「俺の、俺の……」


 背後から二人分の足音が聞こえる。フローラもアベルもきっと俺を追ってくれたんだろうけど、こんな情けない姿見ないでほしい。


「俺のはじめてのキス……」


 若かりし頃、先輩に連れて行かれた夜のお店でプロにお姉さんにお世話になったときもキスはしなかったのに。こうなるってわかってたらお願いしたのに。


 半泣きの俺をフローラが慰めてくれる。


「シュルスさん、しっかりしてください。一回しかしてないから特別に思っちゃうんですよ。いっぱいしたらどうってことないです」

「……そうなの?」

「はい」


 フローラのキスに対する観念ワイルドすぎない?


 あとから思えば、この時、俺もフローラもたいがい酔ってたんだと思う。俺はあんな男からのキスでダメージ負わなくてよかった。「なにすんだ変態」で一発殴ればそれで終わり。そしたらフローラもこんなこと言い出さずにすんだはずだ。


「わたしが上書きしますね」

「フローラ……」





 人生二度目のキスも、確かに引けを取らないインパクトがあった。




 ◇




 前後不覚になりながらも宿の部屋に戻るとチャロアイトさんがすぴーと寝息を立てていた。「チャロアイトさんたら」と毛布をかけていたフローラも、次の瞬間なかよく寝落ちした。俺にキスしたくらいだ。相当酔っていたに違いない。


「なにがどうなったら相手がハートリーになる」

「たぶんナンパされててぼーっと聞いてたら気があると思われた」


 そうか、チャロアイトさんが言ってたアベルの自称ライバルがあの男か。「彼女とられたんだって?」と腹いせに聞いたらアベルがいやーな顔をした。


「だから違う。口説いてるときに横から茶々入れられて……あいつ顔いいし俺よりマメだし」


 何やってんだよ。


「あいつの行動原理は惚れたとかじゃなくて単に狩猟なんだよ。逃げるから追いかける。手に入らないから欲しくなる。あいつが味わってるのは達成感だ。だから相手と長続きしねえ。……おまえにもオススメしない」

「オススメされても嫌だよ」


 男とどうにかなりたいわけないだろ。



 さっきのがあってまだアベルとは微妙に気まずい。

 時間が解決してくれるのを待つしかないけど、俺にはその時間があんまりない。


「アベルは夜どこで寝るの」

「ここに泊まろうかと思ってる」

「俺はあっちの宿に戻るよ」

「……そうかよ」


 別に距離置こうと思ってそうするわけじゃないぞ。俺にはきちんと目的があるんだ。


「明日の朝、この町をでるから」


 アベルが一瞬目を見開き、そして視線を床に落とした。察してくれたようだ。


「みんなのこと頼むな」

「……ああ」


 ソロ活動で力試し。

 どこのダンジョンに行くかはまだ決めてないけど、ちゃんとパーティーに貢献できるようになって戻ってくる。それでもダメなら仕方ない。


「いいか、必要なら俺の後釜入れろよ。俺はもうこの姿なんだ。昔とは違う」

「……」


 俺が頼りないってんでクビになっても恨まない。

 《イーグルアイ》というパーティーが健在であることがいちばん大事だから。


「んじゃそろそろ行くわ。またな」


 俺は立ち上がってワンピースを整えた。それを見てアベルも当たり前のように腰をあげる。


「あっちの宿まで送る」

「いらないよ別に」

「いいから」


 俺はちょっとムッとした。

 だって女扱いしてるぞこいつ。

 女として見たくないって言ったのに。


「いらないって言ってるだろ。しつこいぞ」

「またハートリーみたいなのに絡まれたらどうする」

「そりゃ俺の華麗なる右フックで」


 言った瞬間、ソファーにどんっと押し戻された。そのまま倒され両腕を座面に縫い付けられて身動きがとれない。


「なにすんだよ!」

「さっきキスされたくせに。ダンジョンの中ならともかく、地上じゃおまえは非力な女だぞ」


 腕を振り払えなかった。

 足をジタバタと動かしても大きな体はびくともしない。足の間にアベルの太ももが挟まれ「うわっ」という情けない声が漏れる。


「ほら、抵抗できねえ。おまえ女なんだから気をつけねえと誰とも知らんやつにヤられるぞ」

「は、はなれろって」

「知らん誰かに襲われるくらいなら……今ここでヤったほうがいい気がしてきた」

「なんだよ、俺のこと女として見ないって言ったくせに! やめろこのサイテー男、見損なったぞ!」

「うるせえ騒ぐな」

「絶対いやだ! 離れろ! バカやろう!」


 アベルの表情がぐっと歪む。


「……そんなに嫌かよ」

「誰だって無理やりは嫌に決まってんだろ! ちゃんと手順踏め! おまえも酔ってんのか!」


 なんでおまえが泣きそうな顔してんだよ。

 俺まで苦しくなるじゃんか。


「……酔ってる、て言ったら許してくれんのかよ」

「ああもう許すよ!」

「……なんで」

「ひとまず離せ。怒ってないから」


 そんな顔してたら怒るもんも怒れんわ。


「アベルともあろう男がなに不安になってるんだよ。落ち着け。大丈夫だから」


 俺は自由になった腕でアベルの頭を抱き寄せた。小さく鼻をすする音が胸の辺りから聞こえる。小さい子どもをあやすように俺はアベルの頭を何度もなでる。泣き虫を愛おしいと思うのは母性ってやつかもな。


「ほら、お姉さんの胸でたくさんお泣き」

「……ものたりん」

「こいつ」


 おまえが好きなのは山のように大きいのだもんな。ふん、別に悔しくなんてないんだから。するとアベルが胸元でボソリとつぶやく。


「さっきは、悪かった」


 俺はアベルの頭を手でぽんぽんとする。


「俺のことが心配ならそう言ってくれればいいんだよ。俺も気をつけるから」


 どうせ心配な気持ちが暴走したってとこだろ。ぼさっとしてたら襲われる。いざという時は男に抵抗しても敵わない。おかげさまで身をもって知れたよ。ただ教えるにしても乱暴すぎる。


「ちょっとこい」


 アベルの顔を両手で包むと、ゆっくりと目の前まで誘導する。


「男から無理やり迫られるってけっこう怖いから、二度とこういうこと女の子にするんじゃないぞ。いいな。ちゃんと同意をとれ。ムードも大事」

「わかった」

「約束だぞ。俺だから許すんだからな」

「うん」

「あと大事なこと聞くから心して答えろ」

「なに」

「俺かわいいだろ」

「…………まあ」


 この流れで即答じゃねえのかよ。ここはかわいいよって素直に言うところだろ。


 やはりこいつはひと筋縄ではいかんな。でもまあいいか、と手を離そうとして気付いた。これってキスするみたいな距離感だ。


「そういやアベルってキスしたことある?」

「まあそれなりに」

「おのれイケメン罪で逮捕されてしまえ」

「おまえの三回目もらってやろうか」

「やらないよバカ」


 まあ、いろいろあったけど、最後はアベルも笑ってたからよしとしよう。

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