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30話 温泉、脱がずにはいられないッ

 チャロアイトさんが泊まっているというお宿へ行ってみると、なるほどいい建物だった。庭木もしっかり手入れされているし、ひと目見て高級だとわかる。


 本当に入っていいのかなと入り口付近でもじもじしていると、老紳士風の上品なおじさまが俺に気付いてチャロアイトさんのところへ連れていってくれた。お宿の人らしい。庶民派な食堂のおじさんとは何もかもちがった。


「うわあ、かわいいよシュルスくん。すごく似合ってる」

「かわいいですか? この服フローラに選んでもらったんです」


 自分から着るのは勇気いったけど、チャロアイトさんにかわいいって言われて俺もご満悦。


「調査服じゃないチャロアイトさんも初めて見ました。髪型も大人っぽいし、キレイなお姉さんって感じですね」

「ふふ。私は大人の女だからね」

「よっ、メガネ美人!」

「むふふふ!」


 こんな楽しい人と離れなければいけないなんて悲しい。


「よかったらきみも温泉に入っておいで。ん? きみは女湯でいいのかな」

「さすがに抵抗あります」


 だったら、とチャロアイトさんはメガネを光らせ人差し指を立てた。


「宴会用にひとつ部屋を借りたんだ。小さいけど専用の露天風呂が付いているから、そっちにゆっくり入るといい」

「わーい!」


 チャロアイトさんはまだ来ていない人を待つと言っていたので、お言葉に甘えて部屋へ行くことにした。露天風呂だって。どんなのだろう。




 部屋へ着いたら真っ先にお風呂を探して突入する。

 露天風呂って室外にあるお風呂なんだな。服もぽいぽい脱いで、がらりと引き戸を開けると変わった匂いの湯気を浴びた。


「すごーい」


「おい」


 声のした方を見るとアベルが湯船に浸かっていた。

 疲れているのか、片手で目を隠すようにしながらこめかみを揉んでいる。


「なんだアベル、いたのか」

「なんで服脱ぐ前に確認しねえんだよバカ」

「あはは、楽しみでつい」

「……はあ」


 どうしよう。この空気。

 俺全裸だし。

 さりげなく腕で隠してみる。

 でもここまで来て入らないってのはないよな。


「一緒に入ってもいい?」

「……あがる」


 そういうや否や、アベルはざばっとお湯から上がって脱衣所の方へ行ってしまった。俺のことをちらりとも見ない。拒否されたみたいでちょっとさみしい。


「ちぇっ。つれないやつ」


 仮にだぞ。

 俺とアベルの立場が逆で、俺が風呂入ってた時に女アベル(美人)がうっかり入ってきたら。シチュエーションを同じにして自分の行動を考える。


「……いや俺も先にあがるな」


 一緒に入ろうと言われても遠慮するわ。だって相手は女の子だし。うんわかったって言って入り続けた方が下心あるっぽくて嫌だろ。裸はこっそりは見るけど。


 というかアベルならうっかり入って来ないだろうし、むしろうっかり入ってきた俺を同じように叱りそうだ。そんで出て行けって言われる。


「つまり俺は女の子扱いされたのか、アベルから。そして相変わらず興味はないと」


 これに対してどういう感情を抱いていいかいまいち分からない。別に考えることでもないだろうけど。


 なので気持ちを切り替えて、俺は温泉堪能した。


「はわー気持ちいいー」


 いい匂いのする石けんで体を洗ったらすべすべに磨きがかかったし、髪もいい匂いだ。ここのお湯はとろとろしていて美人の湯と言われているらしい。これ以上かわいくなったらどうしよう。


 肩までつかると疲れがお湯に溶けていく。

 アベルもちゃんと堪能できてたかな。入ったばかりなら悪いことしちゃった。あとで謝ろう。


「ふえー……」


 それにしても高級お宿のお風呂は最高だ。




 ◇




「それでは、みんなお疲れさまでした! 今日はいっぱい食べて飲んでね! かんぱーい!」

「かんぱーい!」


 昼間からのむお酒は背徳の香りがあっておいしい。

 卓を囲むみんなも楽しそうに頬をゆるめている。


 生きててよかったな。


 ハーピーに捕まったときは死を覚悟したけど、なんだかんだで生き残ってる。


「大穴を降りようとアベルくんから提案があった時はどうしようかと思ったよ。私は危険過ぎると反対したんだ。ややあって気球で降りることに決めたが、その準備にもだいぶ時間がかかった」


 おおう。そんなドラマが繰り広げられていたのか。


「しかし、アベルくんの判断は正しかった。地下10階と9階の発見はかなり大きい。ダジライト鉱石もそうだし、ブタ男くんの存在もだ。もし順当に上から調査しただけだったら地下三階で打ち止めになっていただろう。本当に何がどう転ぶかわからないものだ」


 お酒を片手にしんみり語るチャロアイトさん。


「仲間想いのパーティーはいいね」

「そうですね」


 誰も助けに来てくれなかったら、たぶん生きる気力がすぐ尽きて死んでただろうな。みんなの存在が心のより所になったのは確かだ。まさに命の恩人。


 チャロアイトさんのとなりで俺もちびちびお酒を飲んでは料理をいただく。リッチなお味で大満足。


「とっても美味しいですわ」

「たくさん食べてねー」


 セルフィナが目を輝かせて料理に舌鼓を打っている。チャロアイトさんにこれはどんな素材だとかどんな料理だとか色々聞いては熱心に聞いている。


「食べきれないぶんは持って帰れるように折り箱を頼んであるから、夕食にでもしておくれ」

「本当に……?」


 なにがそう嬉しいのか、セルフィナは顔を赤らめてチャロアイトさんに魅入っている。持って帰れるのが相当嬉しいんだな。


「セルフィナ、よかったら俺のいる? 手付けてないよ」


 差し出したのはデザートの果物と焼き菓子。


「……いいんですの?」

「うん。おなかいっぱいだし」

「あなたっていい人ですわね」


 なんだろう。

 この気難しい小動物がエサでつれた感じ。

 もしかして前からこんな感じだったのかな。男だったときは出された料理は全部食べて追加で頼んでたから無頓着だったかも。


「これも持って帰れ」


 セルフィナの隣にいたアベルが自分の食べていない料理を差し出していた。


「アベル……!」


 これぞ恋する乙女の顔。

 よくよく見ればアベルが苦手そうな食材が入ってる料理だ。しれっと押しつけているようにも思えるけど、きっとセルフィナからしたら関係ないんだろう。


「おまえ、もしや前からセルフィナを餌付けしてたな」

「失礼な。世の中には向き不向きって言葉あるだろ。好きなやつが食えばいいんだよ」


 内心あきれながらくぴりと酒をあおる。

 これだからイケメンは。




 みんなお腹いっぱいになったら所でいったん場がお開きになった。セルフィナとココポはお土産片手ににこにこ帰っていき、残った四人がゆったりとしたソファーでちまちまお酒をのんでいる。今日は特別ということでフローラも酔いを楽しんでいるようだ。


 チャロアイトさんとフローラが何やら盛り上がっているなか、俺はアベルの隣にちょこんと座った。


「風呂のこと、悪かったな」

「二度とするなよ」


 にらんでくるイケメンが怖い。

 おかしいな、ここは俺の裸を思い出して赤面するところじゃないのか。どんだけ範疇外なんだよ。


「……もう女の格好すんのに抵抗ないのかよ」

「あるかないかで言えばあるけど、仕方ない時もあるって感じ」


 まさかこのワンピースが気に入らない?

 なんかまたアベルが拗らせてる気がする。まじで俺が女になったことを一番引きずっているのはこいつだ。今までこんなことなかったのに、女になってからやたら変な空気になる。


「アベルの前でこんな格好するのが一番いやだよ。男の俺を一番知ってるのがおまえだから」

「……じゃあ、俺が一番戸惑ってるのも理解してくれよ。おまえが女になってどうしていいか分からん」


 情けないような声を絞りだし、アベルは両手で顔を覆った。


「……それはもう仕方ないじゃんか」

「おまえを女だと思いたくないんだよ」


 どういうことだよ。

 女って思いたくない?

 だめだ、酒のせいでうまく頭が回らない。


「女として見れないってこと?」

「ちがう。見たくない。だから俺の努力を無にするようなことをするな」


 なんだよ。それって何がどう違うんだよ。

 意味わかんねえ。


「ばかアベル」

「なんだと」

「俺のかわいさにひれ伏せ、媚びろ、崇めたてまつれ。かわいいかわいいって毎日もてはやせ」

「絶対いやだ」


 むきー!

 アベル胸をぽこすか殴ろうとして持っていたグラスから中身がこぼれた。着ていたワンピースが酒で濡れる。


「あ……」


 はあ。何やってんだ俺。


 ちょうどいいので外の空気を吸いがてら、拭くものを借りに部屋を出た。頭冷やしたい。


 別にさ、かわいいかわいくないとかじゃなくてさ。

 女の俺もちゃんとシュルスだって、認めてくれていいじゃん。どんだけ前の俺が好きなんだよ。今の俺は無価値なのかよ。


「アベルのばか」

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― 新着の感想 ―
シュルス、女の子になったら、可愛さを鼻にかける、やなやつになってきた。 なんだろ、青年漫画のヒロインみたいな感じ?
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