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3話 命名ブタ男

 ふたたび目を覚ました俺は活動をはじめた。

 まずは付近の様子をさぐる。寝ている間は魔物に襲われなかったのはただの幸運なのか、それともなにか特別なことが起こっているのかが気になる。


 斧を持ったままでは身軽に動けないので、泣く泣く置いていくことにした。様子を見に行くだけだからまた戻ってくるし。


「……それにしても、なんで女なんだ」


 意味がわからん。

 まだ夢を見ていると言われた方が納得できる。しかもこんな頼りない体……俺が27年間積み上げてきた全てを蹴散らされた気分だ。


 祭壇の端までいって辺りを見渡す。

 ここは大穴の底から横に続く大きな空洞とみている。薄い光のドームの外は暗くて見えづらいので近くまで行く予定だ。


 祭壇は五段ほどの階段が設けてあり、その段の幅もそりなりに広い。光のドームはこの祭壇をすっぽり囲っているようだった。血の跡は続く先には大きな空洞があり、おそらくあの大穴の底に繋がっている。


 俺はその反対側へ足を運んだ。

 この祭壇や供物が置かれた棚を見るに、ある程度文化的な生活をする存在がいるかもしれない。例えばなんか、こう……はぐれたドワーフが住み着いてる、とか。


 まさか魔物が人間みたいに知能もっててとか、それはないよな?


 大穴の近くは原始的な風景があるだけなので、その反対側には何かがあるかもしれない。そう思って一段ずつ降りていくと薄い光の膜の目の前まできた。ここまで近ずくと膜の光が濃くて向こう側が見えない。


 ……触れて大丈夫なのか。

 さわった瞬間にビリビリきたりしないよな。そう思いながら指先でそっと触れると、妙な感覚のあと薄い光の膜はパリンという軽い音とともに消えてしまった。まるで極薄の色付きガラスが一瞬で粉々になったかのように、跡形もなくなくなってしまう。


 すると目の前に異様な光景が現れた。


 あの魔物はたしかチャロアイトさんがハーピーと言っていた気がする。その上半身女の鳥の化け物の死体がいくつもあった。ざっと数えて15体はあるだろうか。頭から爪先までの大きさが2メートルはありそうなハーピーだが、それが死体となってあちこちに転がっている。仲間同士で争ったのだろうか。


 そういえば俺がハーピーに捕まったとき、下から攻撃してきた奴がいた。人が穴の底にいた? 俺が女になったことといい、いったいどうなってるんだ。


 息を殺し、慎重に歩みを進める。

 死体があるということはまだ死んで十日も経っていない。戦闘は最近あったものかもしれない。


 ダンジョンは死体はのみ込む。人も魔物も、死ねばダンジョンの餌になる。のまれるのは早くて二日、長くて八日。以前見たことがある。死んだ魔物の体がダンジョンに半分埋まっていた。次の日にはもうキレイさっぱりなくなっていた。


 ふいに視界の端でなにか動くものがあった。

 反射的に防御の姿勢をとる。それはハーピーの死体に埋もれるように横たわっていた。


 おそらく魔物、だと思う。

 形状は人型。太った成人男性くらいの体格があり、信じられないことに衣服をまとっている。死体にとり憑くグールではないと思う。肌がうっすら紫色で目が赤い。顔の造形は動物で例えるならブタに似ていた。俺は見たことないけどオークという魔物は顔がブタっぽいと聞いたことがある。


「生きてるのか?」


 そいつは俺の言葉に反応し、ぴくりと動いた。そして俺に気づくなりカッと目を見開いた。


「……キトゥルクナ……ナ、バジ……!」


 なにかしゃべっている? 鳴き声というより言語のようなものを発してるように思える。10年近くダンジョンに潜っているがこんな魔物は見たことない。俺はその薄気味わるさに一歩あとずさった。


「ナ、バジ……!」


 口角が上がり表情が変わる。

 笑っている? いや、喜んでこんいるのか?

 見た目のこともあって相当気持ちわるい。得体がしれなくて怖すぎる。


「……おまえ、俺のこと知っているのか」

「ギキ、タム……!」

「そんな言葉じゃわからねえよ」


 その魔物は興奮しだし、両腕を動かして俺のところの来ようとしている。俺はゾっとした。また一歩後ずさると魔物がわめきたてて動きを大きくする。嫌悪感が最大までこみあげてきた。これが生理的に受け付けないというやつだ。


 もういい。逃げよう。そう思って踵を返すがそこで気付いた。

 ハーピーの死体はここに15体ほどだが、離れたところにその倍の数が転がっている。これをやったのはあの服をきた魔物か。魔物同士で戦ったとでもいうのか。


 これだけ大量のハーピーが押し寄せていたら寝ていた俺にも気付いてよさそうなのに、それもなかった。あの光のドームはバリアのような機能があったのだろうか。


「ナバジ!!」


 ひときわ大きな声と同時に背後に気配を感じた。咄嗟によけると傷ついた巨体のハーピーがさっきいた場所へ体当たりを食らわせている。


「くそ、生き残りがいたのか」


 起き上がったハーピーは右翼が血に濡れていて、怒り狂ったような表情で俺と服を着た魔物を交互に見ている。いっちょ前にどっちを殺そうか考えているらしい。


 逃げるか? いや無理だろう。

 じゃあ戦う? こんな非力な体でどうやって。


 でもやるしかない。


 服を着た魔物はこの際ブタ男と呼ぼう。

 ブタ男はまだ下半身が埋まったまま何やらつぶやくと手から光の槍を作り出し、それを思いきりハーピーへぶつけた。かするくらいのダメージしか与えられなかったようだが、ハーピーはイラついたようにブタ男に見据えた。完全にヘイトがブタ男へ向かったようだ。あいつ、あの状態で戦うつもりなのか。動けないくせにいい度胸してるな。


「ギエエエエエ!」


 この軟弱な体の俺にできることはなんだ。

 ブタ男はまだ身動きがとれない。あの様子からして俺から注意をそらしたかったのかもと思うけど、人をかばう余裕あるのか。大丈夫かよ。


 ハーピーの恐ろしくでかいかぎ爪がブタ男に向かう。


 ええい、やるっきゃない。

 俺はこの細くて小さな体をなんとか動かしながら飛び上がった。ぎこちないけど体は軽い。そのままハーピーの胴体を踏み台にして首元に抱きついた。そこからは渾身の力を振り絞って両手両足で首を締め上げる。


「ギッ、エエエッ」


 ハーピーの体が激しくのたうつ。苦しいだろうな。俺もきっついよ。だんっだんっと激しく地団駄をふみ、俺はもはや根性だけで首を締め上げる。突如ハーピーはぐらりと体制をくずした。視界の端でとらえたのは深々と体に刺さった光の矢。


「……ナイス、ブタ男」


 好機と思って攻撃してくれたようだ。

 ハーピーの自重と共に床に激しく叩きつけられたが、俺は力を緩めなかった。口内に血の味が広がるがそれどころではない。完全に動きがとまるまで俺は首を締め上げつづけた。





 どのくらいの時間そうしていただろう。


 完全に死んだことを確認して、四肢の力を抜いた。どうやら勝ったらしい。あまりに体を酷使したので全身が痺れ出してきた。起き上がる力もない。もしまたハーピーの生き残りがいたら今度はやられて死ぬだろうな。その時はしょうがない。


「あー……頭がくらくらする」


 意識も遠くに飛んでいきそうになった瞬間、「ナバジ」とかぼそい声が耳に入った。俺は跳ね起きて周囲を見渡す。


「ブタ男」


 立ち上がるもめまいがひどく、産まれたての小鹿のように足がふらつく。なんとかブタ男の近くまで行くと、さっきと同じように下半身が埋まったままのブタ男がいた。俺の姿をみると安心したように笑った。そんなふうに見えた。


「……ありがとな。助かったよ」


 正直きもちわるい奴だが、共闘した仲だ。

 今は奇妙な友情を感じている。


 もし俺を女にしたのがこいつなら元に戻せる方法を知っているかもしれない。あの地獄のような時間をまた経験するのかと思うとかなり抵抗あるが、手段があるのとないのでは大違いだ。スケベ親父みたいなことしてきたら殴って逃げる。あいつも弱ってるからこんな俺でもそれぐらいはできるだろう。


 俺はブタ男の埋まった体を引っ張り出してやろう近づいて、はたと気付いた。


「おまえ……」


「ナ……バジ……」


 ブタ男はもう、下半身が潰れてちぎれていた。上半身の中身もだいぶこぼれていて、むしろよくこれで生きていたと驚く。しかしそれも限界だったんだろう。ブタ男はすでに虫の息で、ほとんど動けないようだった。


「おまえ、なんで……」


 ブタ男は嬉しそうに俺を見ている。

 その目の焦点が少しずつズレてきた。ブタ男のぼろぼろの右手が俺にのびる。


「……ブタ男、おいブタ男しっかりしろ!」


 俺は震える足を叱咤し急いでブタ男のそばまで行った。ひざをついてブタ男の手を握る。


「ナ……バジ」


 それを最後に、ブタ男の目は光を失った。


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