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28話 メンタルブレイク

 それは突然だった。

 俺がアベル相手に挙動不審だったまさにその時、ゴゴゴという大きな音が足元から響いてきた。


 次の瞬間、足元の岩盤が崩れ、体が一瞬宙に浮く。


「アベルくん! シュルスくん!」


 みんなの悲鳴やチャロアイトさんの叫びが耳に入る頃には体が完全に落下していた。目に入るのは崩れた足場、そして暗闇。


 いやにスローモーションに感じながら、俺とアベルは闇に呑まれていった。






「……いてて」


 いろいろ突発過ぎてわけがわからん。ひとまず目を開けてみると辺りは崩れた岩だらけだった。運がいいのか悪いのか、特に大きなケガをしていないのが救いだ。


 ふと体に重みを感じて横を見ると、アベルが俺の隣にいた。俺を守るように腕が絡んでいる。


「おい、アベル」


 意識はない。

 まさか俺をかばおうとして下敷きになったのか。見ると頭から出血している。


「アベル!」


 返事はない。


 俺はひとまずアベルの腕から抜け出して周囲の確認をする。景色は地下一階と変わらない。もしかしたら二階かもしれないな。荷物はなく身ひとつ状態。わりかし精神力がすり減っている俺と、ケガをして気を失っているアベル。


 あとのみんなは無事だと信じるしかない。

 欲を言えば、地上へ帰っていてほしい。この依頼は最悪チャロアイトさんさえ無事ならいいんだ。彼女さえ地上に戻って調査結果を報告できれば、それでミッションクリアである。


 俺はまだ目を覚さないアベルを見る。


 気を失っている人間は下手に動かさない方がいいとは言え、他にケガがないかどうかは知りたい。どうにか体をひっくり返せないかなと頑張ったみたものの、意識のない成人男性は重くてしょうがなかった。


「アベル……」


 土埃で肌が汚れている。

 俺は自分の服を裂いて、魔術で出した水で湿らせると、アベルの顔を拭いてやった。憎たらしいイケメンなのに、こうなっては形なしだ。ざまあみろ。


 息はある。心臓も動いている。

 手を握るとほんのり温かい。

 俺にフローラみたいな力があればよかったのに。


「目を覚ましてくれよ」


 なんで俺を守ったんだよ。

 守られる価値が俺にあるのかよ。


 おまえが生きててくれよ。






 それからどれだけ待っただろう。

 またあのギチギチという不快な音が聞こえてきた。


「……邪魔すんな」


 アベルが寝てるんだから。

 普段は冷静で温厚な俺も、さすがにこの状況に不安と焦りが止まらない。そんななかやってきたアリには、もはやフラストレーションの発散相手だ。


 俺はアベルのそばで三角座りをしたまま、ただの砂玉を発現させた。


 セルフィナの水球と比べて、俺の砂は軽い。しかも相手に当たっても力が分散されて、あんまりダメージが与えられない。目つぶしにはちょうどいいんだけど。


 だから重くすればいいんだよな。

 砂ツバメ二匹ぶんの砂玉に魔術で出した水をどんどん含ませていく。俺の砂は目が細かいからわりと水を吸ってくれるんだ。


「——マッドショット」


 これでセルフィナのウォーターショットと同じくらいには使えるだろうか。砂ツバメには劣るけど、射程距離と射出速度はそこそこあるはずだ。


 被弾したアリの頭がふっ飛ぶ。

 砂ツバメに比べたら装弾に時間がかかるから一発で仕留めさせてもらう。俺には何発だしたらクールタイムとかそういうのがないのでありがたい。なんせひとつひとつの威力が弱いんでね。


 アリは次々にやってくる。

 俺も次々に頭をふっ飛ばす。


「アベル……」


 まさか死ぬとか言うなよな。

 早く目を覚ましてくれよ。


 ふたたび出てきた兵長アリの頭もすぐさま落とし、俺は抱えたひざのなかに頭を埋めた。



 絶望が身を蝕んでいく。





 ◇




 そうだ。

 アイツだ。アイツが悪いんだよ。

 女王アリ。


 しかもなんか御大層に守ってる蜜っての、滋養強壮疲労回復にいいんだってな。俺知ってるよ。


 アベルに食わしたら、よくなるよな。

 アベルが起きないのも、アイツのせいだしな。




 俺はそんなことを頭の片隅で考えながらゆらりと立ち上がった。



「ぶっ潰しにいくか」



 やたらアリが出てくる道を突き進む。俺の後ろには頭がふっ飛ばされたアリどもの死骸。返り血ならぬ返り体液を浴びながら、俺はひたすら進んでいった。息が苦しい。肺が痛い。手足に感覚がない。そんなものに構っていられない。


 しばらくするといかにもな部屋が見えた。

 部屋を守るように手下のアリがわんさか来る。



「なあ、アイツがいるんだろ。邪魔だよ。どけ」



 俺は早くアベルに元気になってもらいたいんだよ。


 マッドショットで蹴散らせば、アリは大人しく亡き骸になってくれた。いいね。聞き分けのいい子は好きだよ。



 中央にはデカくて気持ちわるいアリがいた。

 あれが女王か。

 ギチギチと威嚇するように鳴き声をあげている。


「おまえのせいで……」


 やつに特大の一発をお見舞いしてやろうかと考えていたら、ふいに後ろから「シュルス!」と名を呼ばれた。


 反射的に振り返ると、ひどく憔悴したアベルが剣を杖のようにして立っている。俺はすぐに駆けよった。


「アベル、起きたんだな。よかった」

「おまえ……いったい何を……」

「アイツぶっ潰せばおまえが元気になるんじゃないかと思ってさ。まだ体つらいんだろ? 無理するな」


 俺を見るアベルの表情が苦い。

 どうしてそんな顔をする?

 俺は嬉しいのに。


「おまえ……また暴走してやがるな」

「なに言ってんだよ。俺は冷静だ」


 アベルの瞳にうつる女が蠱惑的にほほ笑んでいる。

 誰だよおまえ。


「アベル、まだ本調子じゃないんだろ。待ってろ。俺がアイツに落とし前つけさせるから」

「……女王アリには手を出さないってチャロアイトと話してただろ。もういいから逃げるぞ」

「俺たちのパーティーにここまで手出しといてはい無罪とはならんだろ」


 セルフィナだって倒れたんだ。フローラもココポも恐ろしい状況に必死に耐えた。自分が何もできずに仲間の背中を見守っているのは戦うよりつらい。チャロアイトさんだって今日やっと依頼が終わるってとこだったのに水さしやがって。


 放置されたのが寂しかったのか女王が「ギシャアアッ」と鳴いた。そんなに慌てなくても大丈夫なのに。


 そいつが羽を広げると、どこかで見たような魔法陣が模様ができた。その陣から手下のアリがどんどん湧いてくる。どうやら今まではクールタイムだったようだ。



「こいよ。一匹残らずあの世へ送ってやる」



 装弾はすでに二十発分完了している。

 やつらが地を踏むより早く当ててやるよ。



 しかしその時、ふらりと視界が揺れた。

 おかしい。攻撃は受けてないのに。

 俺の足元に濡れた砂たちがぼとぼとと落ちていく。

 コントロールが抜けた?

 魔術使いすぎたか。そういうや頭が痛い気がする。


 あれ、足に力が入らない。

 倒れる。


 しかし思っていた衝撃はこず、代わりにがっしりと誰かに支えられていた。


「ばかやろう、フラフラじゃねえか」

「……アベル」


 迫りくるアリたちをどこか他人事に思いながら、マッドショットの準備へ入る。


「なあ、しばらくこうしててくれ。立っとくの、無理そうだ」

「……こうなりゃ一蓮托生か」

「どういう意味だよ」

「死ぬ時は一緒ってこった」


 すぐ目の前まで来ていたアリをふき飛ばす。


「いいな、それ」


 根比べと言わんばかりに互いに弾とアリをぶつけまくる。山のようにいた手下はあっという間に動かなくなり、残すはお山の大将のみ。


 俺はくそムカつく女王アリに、どでかい一発を食らわせてやった。隣で支えてくれるアベルのおかげで、なんとか最後までやり遂げた。



 元凶は絶った。

 これでもう安心安全だよな。


 ほっとしたらさすがに意識が遠のいていく。



 そういやなんで俺はこんなことしてるんだっけ……他の、みんなは……



 そこで意識がふつりと切れた。

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