27話 カッコいいんだよ
「アベルくん!!」
吹き飛ばされて地面に倒れたアベルに、チャロアイトやココポが悲鳴をあげる。俺はアベルの体を引きずって後ろへ下がり、全員をひとかたまりに集める。
「フローラはアベルの回復を」
「は、はい」
癒しの力は強いが、パッと治るわけじゃない。少なくとも数分は必要だ。
「セルフィナ。キツいだろうけどもう少し頑張れるか」
「大丈夫」
崩れゆく壁から現れたのは、やはりアリだった。しかし先ほどまでのアリとは姿がちがう。
「……兵長アリってことか?」
ギチギチと深いな音を立てて、他のアリとはひと回り大きく色が濃いアリが俺たちの目の前に立ちはだかる。
兵長アリの周りに小さなつむじ風のようなものが四つ現れた。まさか。こいつ。
「魔術つかうのか」
「ウォーターショット!!」
俺の背後からセルフィナの魔術が飛ぶ。しかし兵長アリの旋風も同時に放たれ、相打ちとなった。いや、旋風の方が強い。余波で俺の服が裂け、肌に傷がいくつもつく。
「ありったけぶつけてやれセルフィナ!」
「やってやるわよこんちくしょうッ! アベルにケガさせやがって!!」
セルフィナの方が弾が多い。次々と撃たれる水球に兵長も旋風でしのぐが、徐々に被弾するようになった。あいにく下っ端アリほどダメージは与えられていな。それでもいい。アベルが復活するまで、なんとか持ち堪えるんだ。俺も肉壁くらいにはなってやるよ。フローラがいてくれたらどうにかなる。
俺は俺で足元をガッチガチに固めてやってるんだが、ヤツは魔術飛ばしてくるからあんまり意味がない。
ならばと砂ツバメをカチカチに硬化させてからぶつけようとしたが、スピードと飛距離が格段に落ちてしまってダメだった。歯がゆくてたまらない。
「セルフィナさん!」
フローラの叫び同時にセルフィナの攻撃が止まった。
おそらく力を使い果たしたんだ。後ろを振り返って確認することもできず、ただただ目の前のアリと対峙する。
まずい。どうする。
こんなとき俺に力があれば。
斧があればあいつをぶっ叩けるのに。
盾があれば風を受けてやれるのに。
くそくそくそ!
アホか俺は、いつまでも過去にすがるな!
今の俺でもやれることなんかあんだろっ!
「だあああくそッ!! 見てろよアリンコが!!」
俺は背中に括っていたほうきの柄(改)に手をかけると、アリのでっかい眼をめがけて砂ツバメをぶっぱなした。こいつらに砂が目に入って痛いとかそんな感覚があるかはわからんが、イラつくのは間違いないだろう。
「てめーよくも仲間をやってくれたな! 死にさらせ!!」
おまけとばかりに間合いを詰めて棒で引っ叩いてやる。叩きつぶすには力が足りなかったが、ヤツの視線が俺に向いた。そうだそうだ、俺だけ見てろ。かわいい俺に夢中になっとけ。
仲間に魔術は撃たせない。
そうだ、俺を狙え。
挑発にのった兵長アリは俺に向けて旋風を撃ってきた。ご丁寧に四つ同時に撃っててくれたため、引きつけて避ければ地面がえぐれるだけで他に被害はない。俺もちょっとおつりをもらうが些細なもんだ。
相手を挑発して、放たれる魔術をよけること三回。威力はでかいが射程は短いし狙いは単調。ふん、精進がたらんぞ精進が! しかしひたいが切れたのか流れた血が目に入って視界がかすんできた。露出した肌は傷だらけで血に濡れ、もう、あまり長くはできそうにない。
やつは旋風を撃つと次の弾を出すまで少し時間がかかることがわかった。俺はその隙に近づき、頭を狙い渾身の力で振り下ろした。正直これで筋力は使い果たした感がある。
ギッという小さなうめきと共にアリの頭が揺れた。
今だ、と思った。
俺は兵長アリの顎下に棒を差し込み、アリの頭ともども砂で覆い尽くしていく。考えるよりも先に砂を出して出して出しまくって硬化させていく。
動きが鈍った今、支柱を介すれば頭と地面を砂で固定するのもたやすい。目も覆われて視界も効かないだろ。俺も、もう、あんまり見えない。息するのも苦しい。
「……あとは頼むぞ。アベル」
刹那、鋭い斬撃音とともにぼとりと落ちる兵長アリの首。
剣を納めたアベルの背中が霞んだ視界でもよくわかった。
間に合った。
ホントいいとこ持ってくよなあアベルは。
俺はアベルの勇姿を見ながら、全身から力が抜けていくのを感じ、ついには地面にへたり込んでしまった。
たぶん、腰が抜けたってやつだ。
◇
セルフィナは気絶。
俺は満身創痍。
アベルは傷は塞がったがだいぶ血を失った。
しかしなんとか窮地から逃れたようだ。
ココポに周囲を探ってもらったが特に魔物の接近は感じないとのことで、全員がほっと胸を撫で下ろした。
「いろいろと想定外すぎる」
「最優先の目標が生きて帰還になりましたね」
「まったくその通りだよシュルスくん。……さっきはすごかったね。きみには驚かされてばかりだ」
「もう生き残るために必死でしたよ。絶対に地上へ帰りましょう」
「そうだね」
さすがのチャロアイトさんもこの事態に少々まいっているようだ。
俺と言えばフローラのひざまくらで大人しく治療を受けていた。男の時もひどいケガして治してもらったけどこんな好待遇はしらんぞ。
動けるようになると、フローラにお礼を言って立ち上がる。フローラのひざをセルフィナへあけ渡すのだ。
みんなから少し離れてぱんぱんと砂埃を払う。旋風でやられて服がぼろぼろ。補修してどうこうのレベルじゃなさそうでショックだ。せっかくフローラに選んでもらったのに。
改めて周囲を見渡すと、どこもかしこもアリの死骸だらけ。兵長アリと戦っていたこともあって通路もめちゃくちゃ。なので俺たちは広場の一角に身を寄せあっていた。アリの死骸がいい感じの壁になっている。怖いけど。
兵長アリは魔術を使ってきた。
ダンジョンに潜って十年くらい経つけど、今までそんな魔物がいたとは聞いたことがない。
いや待て。ブタ男は使っていたじゃないか。
ようわからん魔法陣とかもあったし。
だとするとここのダンジョンは色々特殊ってことなんだろうか。ここ最近はダンジョンでの死亡率が減ってきたから、ダンジョン側も敵の能力値を上げてきたとか? だったら恐ろしいわ。
そんなことを考えているとアベルが近くに来ていた。
「ケガはどうだ」
「もう平気だよ。アベルこそ」
アベルの服が鎖骨から肩口にかけてすっぱり切れていた。胸当てはぼろぼろ。ちょうど防具がない部分にも当たって血が吹いたようだ。
「俺よりおまえが傷だらけだっただろうが」
「あはは、そうか」
「……おかげで助かった」
「そう言ってくれると体張ったかいがあったよ」
アベルがムッとしたように片眉を上げた。
「女の体に傷こさえんじゃねえ。見せろ」
「え?」
手首をぐっとつかまれて引き寄せられる。
「ちょ、ちょっと……」
されるがままで振りほどけないのは、こいつが男で俺が女だから? こいつに襲われたら、俺、敵わないの? そう思ったら急にアベルが『男』に見えてきた。大きい手。がっしりした体つき。女とはちがう精悍な顔つき。自分は男だったしアベルは男だし、当たり前のことなのに、なんでそういうとこ意識しちゃうんだよ。
アベルは俺の腕や顔、首すじなんかをまじまじと見て、傷跡が何もないことが分かると小さく息を吐いた。その息が肌に触れる感覚がこそばゆい。
「……知ってるか、おまえの背中にでっかい傷あと残ってるの」
「あ、ああアレだろ、男の勲章……的な」
背中の傷をなぞるように、アベルの指先が服の上をすべる。ありえないけどこのまま押し倒されたらどうしようとか、勝手にあちこち触るんじゃないスケベ野郎とか、この時の俺はいろんなことが頭の中でグルグル回っていた。