26話 ダンジョン「やったるわ」
最後の調査をすべく俺たちは気持ちを新たにダンジョンへ潜っていく。前回、地下二階の形状が変わっているかもしれないと言ったチャロアイトさんの疑惑を確認することが大きな目的である。
しかし地下一階へ降りて十分も経たず。
「……待て。一階も変わっていないか」
「道が、増えてる?」
アベルとココポのつぶやきにチャロアイトさんが同意した。地図と見比べても確かに道が増えているという。
チャロアイトさんの提案で新しくできた道へ進んでいく。景色は変わらない。黒い岩の壁をくりぬいたような大きな穴。通路の横幅は大人が六人ならんでも余裕があり、閉塞感はあまり感じない。辺りには静かな緊張感がただよっていた。
「アリの魔物の匂い……」
すんすんと鼻を動かすココポに、アベルが剣を引き抜いた。
「セルフィナ、いつでもウォータ-ショットを打てるようにしておけ」
「はい」
アリ型魔物は打撃に弱いので魔術でぼっこぼこにするのが手っ取り早い。セルフィナは自分の周りにこぶしよりも大きな水球をいくつも展開させた。
まだ距離があるらしく、警戒しながら少しずつ歩みを進めていくと開けた場所にでた。奥には通路が続いているので行き止まりではないが、なんとなく嫌な予感がする。
「来ます。足音複数」
奥の通路から頭をのぞかせたのはやはりアリの魔物だった。全長は二メートルないくらいだろう。それが五匹、入口からやってきた。まだ距離があり、ウォーターショットの射程内に入るにはもう少し待たなければいけない。
ココポの耳がひくりと動いた。そしてはじける様に背後を振り返ると目を見開いて叫ぶ。
「うしろからも来ます!」
「ちっ、はさみ撃ちか」
セルフィナには前方の魔物に集中しろと指示をして、アベルはまだ姿を見せない背後の敵をにらみつける。
「シュルス、背後のやつ足止めできるか」
「ああ」
むしろ切り込み隊長ができなくてすまない。俺は後ろを振りかえって通路に手を向けた。派手な動作は相手に警戒心を抱かれるかも。そう思って俺の射程距離ぎりぎりの辺りを狙い、静かに砂を敷き詰めていく。ひとつひとつは少ないが、数に頼ればどうにかなる。足が埋まるくらい、そう思ってひたすら砂を放っていると、ついに魔物の先頭が見えた。やはりアリだ。数はひとまず三匹確認できた。
「硬化!」
三匹まとめて足止め成功。その間にセルフィナが前方のアリたちをボコボコにしたらしく、こちらにも水球を放ってきた。どんどん、と鈍い衝撃音がいくつか続き、アリたちはその動きを止めた。一発で仕留めるには威力が足りないらしく、一匹につき数発を打ち込んでいる。三匹分のでかい死体で道をふさいでしまったが、まだ横幅に余裕はあるから通るには大丈夫だろう。
「完璧ですわね」
「さすが先生」
「ふふんっ」
ぽいっと後ろ髪を払うセルフィナに拍手を送る。
一方、チャロアイトさんは厳しい表情をうかべていた。
「これは一度引いた方がいいね。アリたちのこの動き、よくない気がする」
確かに、うまく誘い出されて襲われた感じもする。油断は禁物だ。
「……だめです、音が聞こえます。前方、背後、おそらくまだ来ます」
悲痛なココポの声に、アベルが舌打ちをした。
「作戦はさっきと同じだ。場所はこのまま、セルフィナは前方の敵を優先し、シュルスは後ろを頼む。セルフィナ、まだいけるな」
「もちろんですわ」
確かに足止めをするなら広い場所よりせまい通路の方が向いている。しかし数によっては通路そのものを塞ぎかねないが……いや、今考えることじゃない。優先すべきは全員の安全。敵のせん滅。
「前方に魔物の姿を確認しました!」
「くるぞ!」
俺も自分の仕事に集中だ。一度コントロールを手放した砂はもう言うことを聞いてくれない。新たに砂を巻きたかったが、時間がそれを許してくれなかった。
ギチチチチチ……
気持ち悪い鳴き声をあげながら巨大アリたちが群れとなって襲いかかる。悪いことに、アリの足は六本しかなくて接地面が少ない上にせわしなく動いている。止まっていたダンゴムシや地を這うムカデとは状況が違いすぎる。
まあどんなに言い訳した所でやるしかない。
「頼むぞ砂ツバメ!」
俺の砂ツバメは早いし飛距離も長い。次弾装填も一秒かからない。だが軽い。ウォーターショットのように当たっても打撃を与えられないのは致命的だ。
三匹どころではない大群が顔を見せ出したが、運がいいのはここがせまい通路であることだ。先に倒した三匹の死骸がさらに邪魔をして、的の範囲を簡単にしてくれる。
砂が当たった所を片っ端から硬化していく。技術とか狙いとかあったもんじゃない、ただのゴリ押しだ。精神力がすごい勢いで消耗品されていくのがわかる。
「シュルス、そのまま抑えとけ!」
背後から現れたアベルが刃を光らせアリ次々に切りつけ屠っていく。
ここにアベルがいるっていうことはセルフィナは前方を処理するので手一杯ってことだ。じわりと焦燥感が込み上げる。
俺の防衛ラインは突破されず、結果的に敵の死骸で壁を作り上げた。要所要所を砂で固めておけば、背後から襲われることはないだろう。
「アベル、こっちは大丈夫だ。セルフィナのとこ行け」
「わかった」
前方を見れば、ぽかんと空いたはずの広場にアリの死骸が積もっていた。ここと同じように、倒された死骸で足止めをして、そこを乗り越えてこようとするアリを一匹ずつ仕留めているらしい。
「どうしてこんなにたくさん……」
信じられないとでも言いたげにフローラがなげく。
チャロアイトさんも顔色が悪い。
「過去に似た事例ってありますか」
「……女王アリにちょっかいを出して、ダンジョン中に兵隊アリをバラまかれたことがある。当時ダンジョンに潜っていた13組のパーティー78名が被害にあい、エントランスまで戻って来れたのは比較的表層にいた21名のみ。あとはいくら待っても帰って来なかった。後日討伐隊をくんで辺りを捜索したが、アリの姿も冒険者の死体もなくなっていたと記録がある」
俺の質問は最悪な答えをもって返された。
57名の冒険者はアリに襲われ、ダンジョンに食われたんだ。
「で、でも、わたしたち、女王アリにちょっかいなんて出してないです」
「ああそうだとも。せめて手を出してから襲ってほしいよ」
前方のアリはまだ攻めてくる。セルフィナだけじゃ攻撃の手が足りず、左側からもれるアリをアベルが叩き切っていた。
待っていることしかできないのがつらい。
しかしアリも無限ではなかったようで、ついに通路から来るアリは途切れた。そのことにホッとしながらふたりの背中を見つめる。
しばらくすると、全てのアリが活動を止めた。
辺りには大量のアリの死骸と、鼻を刺激するツンとした匂い。アリの体液だろう。
セルフィナは体力の消耗はなかっただろうが息は荒く、顔色も悪い。アベルも少しばかり疲労を滲ませていた。しかし負傷者を出すことなくこの惨劇に耐えられたのはひとえに彼らの実力あってだろう。
◇
ざっと、通路で壁になってもらったアリは30匹。広場でセルフィナとアベルが倒した築いた死骸の山は100匹を軽く超える。おかげで辺りは水浸しだ。
「とにかくみんな無事でよかったよ」
チャロアイトさんが緊張を払いのけるようにはーっと息を吐き出した。セルフィナにはフローラがついているが、残念ながら癒しの力は肉体のダメージにしか効果がないので彼女がすぐさま元気になることはない。
「元の道に戻ろう。あの死骸も崩せば道くらいできるだろ」
アベルの提案に反対するものはいない。
むしろさっさと逃げ帰りたい。
「……音が、聞こえます。後ろの通路」
「まだ残党がいるのか」
アベルが警戒をしつつ、アリの壁に近づく。どの道この壁を壊さないことには向こう側の敵も手出しはできないはずだ。
ぶんっと風の音がした。
俺が作ったアリの壁が揺れる。
続けてぶんぶんっとまた風の音。
ずいぶんとスローモーションに感じるなか、アリの壁が破壊された。
バラバラとアリの死骸が頭の上を通り過ぎていく。
何が起こったのか、理解が追いつかない。
確かなのは。
アベルの首元から真っ赤な血が噴き出ているということ。