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25話 不穏のタネはまかれる

 翌日。


「やあおはようみんな! 今日もいい一日になりそうだね!」


 おなじみになったチャロアイトさんの元気な挨拶に、みんながそれぞれ「おはようございます」と返す。約一名は立ったまま目を閉じて「んー」と寝起き声だ。


「しっかりしろよアベル」

「……ねむい」


 こんな調子でもいざ行動となったらきっちりするのですごい。


 今日はキャンプ地を片付けて、二階の残りをちょこっと探索して終わりになる。このダンジョンはひとつのエリアがだいたい十キロ平米あるようで、一階と二階のようなアリの巣は調べるのに特に時間がかかるのだ。


「女王アリのこともある。できるだけアリは刺激せずに行動しよう」

「了解」


 すっかり助手のポジションに落ち着いている俺。それもあと少しだし、きっちり仕事はこなそう。


 ダンジョンの地下一階と二階は似たような景色をしている。同じような岩壁にあちこち続く通路や横穴。出てくる魔物もほぼ虫型。底まで続く大穴の存在があっても、ひとつのエリアが広いため階をまたぐのにも時間がかかる。


「チャロアイトさん、難しい顔してどうしました?」

「……地形が少し変わってるような」


 お手製の地図と現在地を見比べて眉間に深いしわを刻んでいる。


「さっきから違和感はあったんだが……道が増えている? 全く違うというわけではなく、追加されたといった感じかな」


 世の中のダンジョンには毎時間ごとに少しずつ道が変化する場所もあるというが、それとは違うとチャロアイトさんは言う。魔物がやっている可能性もあるので警戒心を引き上げることにした。


「うん、最後の調査日にまた確かめてみよう。一階と二階は大穴以外はさほど脅威はないと思っていたけれど、案外厄介なのかもしれない」



 そうして俺たちは午前中の探索を終えたあと、無事にダンジョンのエントランスまで戻ってこれた。


「エントランス、だいぶ準備ができましたね」

「もうすぐ冒険者たちに解放だからね」


 ダンジョンはいきなり現れて地表に大口を開ける。ダンジョンによって大きさはまちまちだが、外見に対して中が異様に広いことは共通で、これもダンジョン七不思議と言われる。


 地上と続く大口の中をエントランスといい、冒険者ギルドの職員が常駐する出張所や教会が運営する回復院などが作られる。回復院はフローラのような癒しの力をもつ人が駐在してケガを負った冒険者を助けてくれる場所だ。人材不足のために、このような形で冒険者のケアを行っている。


 俺とチャロアイトさんが見ていたのは冒険者ギルドの出張所だ。ダンジョンから採れた資源はここで買い取ってくれるし、何かとお世話になる施設である。


 他にも冒険者相手に商売する店、それこそ武器屋や道具屋、食料屋なんかがあったり。剣術指導いたしますとのぼりを背負った謎の人物がいたこともあった。エントランスまでは誰でも入っていいのでだいぶにぎやかだ。


「調査も残すところあと一回ですね」

「本当だねえ」


 俺たちが今やっている初期調査が終わり次第、ダンジョンの情報はまとめられて公表の運びとなる。ダンジョンの名前、規模、危険度、採集可能品などなど。それによって冒険者の受付形態や入場可能数が変わってくる。


「まさが自分が魔物に連れ去られたあげく女になるとは思わず、調査の足を引っぱる形になってすみません」


 せっかく俺たちに声をかけてくれたのに申し訳ない、と俺はぽりぽりと頭をかく。


「いやいや。きみを探しに行った先で大きな発見があったし、何よりきみが助手をしてくれたおかげで作業が大いにはかどった。女性の体になってしまったことはなんと言葉をかけていいかわからないが、私としては万事満足のいく結果が出ているよ」


「そうですかね。そう言ってもらえると救われます」


 みんなめっちゃ優しい。


「……ただなあ、シュルスくんよ」

「はい」

「今回の依頼が終わったら、どこかに身を隠す予定とかないかい」


 え、いきなりなんですか。


「きみが女の子になって発見されたことを、申し訳ないがダンジョン連盟の極一部に報告させてもらった。そしたらものすごく食いついてきたヤツがいてね。シュルスくんと会わせろ、ととにかくうるさいんだ」


 ああ。なるほど。

 研究バカ的なやつですね。

 会いたくないっす。


「ヤツは優秀なんだが、好奇心がおもむくままとんでもないことをしでかす要注意人物。依頼が終わったとなったら直に接触をはかる可能性が高い。下手したら、任意の実験と称して拉致監禁からの人道ガン無視人体実験がくり広げられ……」


 何それこわい。

 ほそい両腕で自分の体を抱くと、チャロアイトさんが心底しのびないと言った感じで吐息をこぼす。


「きみのことは気に入っているから酷い目にあってほしくない。ぜひとも逃げおおせてくれ」


 善意100%の真剣な警告に、俺はこくりと喉をならした。




 ◇




 宿に帰ってからは荷物の整理や洗濯、風呂など、いつもの流れを終えてから俺は槍を片手に町へとでかけた。向かうは武器商の怪しいおっちゃんこと、ローレンスのところだ。


「こんにちは」

「おやお嬢さん、こんにちは」


 斧を持ってたときは完全に自己流だった。得物を持ってる他のやつらもたいがいそうだろう。わざわざ指導をうけたりどっかの流派に席を置いてるのはいいとこの坊ちゃんくらいだ。


 でもやっぱり昔から受け継がれるワザは先人の知恵が詰まっている。無駄を省いた構え、すばやく動くための重心のかけかた、初心者では思いもつかないような得物の使い方。教えてもらえる機会があるんだったら逃したくない。


 交渉してみたところ授業料はいらないとのことだった。その代わり店の雑用やお使いを頼まれたので大喜びで引き受ける。


「ありがとう師匠」

「その呼び方はちとむずがゆい。気さくにローさんとでも呼んでくれ」

「ローさん」

「よろしい」


 限られた時間のなかで許すかぎり稽古をつけてもらい、明日も約束をとりつけて宿へと戻る。全身がへろへろだ。


 帰ったらたくさんご飯を食べて、寝て、そんで次の日もローさんの所に通う。なんでローさんがこんなに槍に詳しいのか知らないけど、身近に師匠がいるってすごくありがたいな。


「そんでこうしたらこっからこう打てる」

「わ、わ、わっ」


 さっきまで穂先で打ち合っていたのに、今なぜか懐に入られて反対の柄の部分を首元に突きつけられている。実戦ならこれで一撃入れられてた。


「すごい」

「対人と対魔物はちがうだろうけど、間合いを開けたり詰めたりする技術はいくらあってもいいね」


 斧や剣とは違う多彩な戦法に目がまわる思いだけど。


「俺もできるようになりたい」

「あはは、向上心がある子は好きだよ」


 ローさんはずっとこんな感じで、俺が食いつくかぎりは面倒みてくれるみたい。奇特な人だ。頼まれる雑務やお使いは大したことなくて、店番しててとか昼ごはん二人分買ってきてとかそれくらいだし。


 そんなこんなであっという間に一日は過ぎ、俺は改めてお礼を言った。この二日間でいろんなものを見せてもらった。あとは俺が再現できるかどうかだ。


「用事が落ち着いたらまた訪ねてくるといい」

「ありがとうございます」




 帰り際、なぜかアベルと出くわした。

 どうやら稽古をつけてもらう俺を見ていたようだ。仏頂面で「あの男だれ」とやきもち妬きの彼女のごときセリフを放ってきたのが面白かった。


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