24話 コツは危うきに近寄らない
チャロアイトさんの作業がひと段落したので全員集まり顔を合わせた。状況確認と今後の打ち合わせだ。
「あの島には何かあると思うんだ。危険なのは重々承知の上だけど、すごく行きたい」
船を作る、あるいは持ってくるというのが現実的な案ではあるが、水中の魔物が脅威になるのは変わらないだろう。もし途中で船が壊されでもしたら全滅はまぬがれない。
「俺はあの島へ行くのは反対だ。情報と解決方法が少なすぎる。一度持ち帰って検討してもいいんじゃないか」
アベルは反対。全員の命を預かっている立場だ。そうせざるを得ない。
「……っ」
チャロアイトさんは一瞬何かを言いたそうにしたが、それを飲み込んで小さくうつむく。きっとアベルの意見に異を唱えたかったんだろう。しかし次の瞬間にはパッと顔を上げる。笑顔こそないが、メガネの奥にある瞳は相変わらず力強い。
「……うん、そうだ。今回は、三階までの道がわかっただけでも上々なんだ。欲張ったあげく命を落とすことが一番もったいない。いまは地下二階の未探索地をうめていこう。おそらくまだ三分の一ほど残っているはずだ」
今後の方針としては、島へのアプローチは諦め今行ける範囲の場所を調査しようということで決まった。キャンプ地はこのまま、今日このあとは日暮れの時間まで二階へ戻り探索の続きだ。
打ち合わせが終わりみんなが探索の準備をするなか、俺はチャロアイトさんに採取したものを渡した。湖が海水だったことを伝えると「塩がとれるな」と瞳をきらりと光らせる。あと粒の大きな砂やその中に混じる水色の粒のことを報告したらすごく喜んでくれた。というのも、ダンジョンで見つかる石は特別なパワーを持ったものが多いそうなのだ。
俺はご褒美として、かどうかはわからないけど、空の小瓶をひとつもらった。せっかくなのでずぶ濡れになって採った目の粗い砂を記念に持って帰ることにした。チャロアイトさんに提出したあまりがあるのだ。
どこかの観光地にはこうやって砂をお土産にいるら売る人がいるらしいけど、なるほど。これはなかなかいい記念品になりそう。
◇
いい時間になったので二階の探索を切り上げる。
俺はあまり戦闘に役立たないまま、助手の仕事をまっとうした。辺りに生えているキノコや光るコケ、謎の植物なんかを採ったり絵をかいたり。おまえの所属はどこだと問答してしまいそうだ。
途中、アリ型の魔物が何匹も徘徊している場所を確認した。一匹であれば大した脅威でなくとも数で攻められたら危険度が跳ねあがる、ということで戦うことはせずに一旦退却。
「あの辺りにもしかしたら巣のようなものがあるのかもね。他のダンジョンでは女王アリの存在が認められている。ここもその可能性が高いだろう」
女王アリの厄介さは、自分ではほとんど動かない代わりに次々と手下のアリを召喚するところにある。しかし恩恵も大きく、女王アリを倒すとはちみつやメープルシロップに酷似したねっとりと甘い蜜が大量に手に入る。換金率はえげつない。過去にはその蜜ほしさに冒険者が何人も挑み、手下のアリにやられその命を散らしたらしい。
ダンジョンは不思議のかたまりだ。
人がほしがるアイテムがそこかしこにあり、それを守るように魔物がいる。運の悪い冒険者は命を落とし、ダンジョンに食われる。そう、食うのは魔物ではない。ダンジョンだ。絶命した魔物の体がダンジョンに食われるように、人も死体またダンジョンに食われる。
ダンジョンというのは食虫植物に似ていると俺は思う。目の前にエサをちらつかせて人間をおびきよせ、そして食う。凶悪な魔物はそのための駒。実際にダンジョンで命を落とした人はたくさんいる。回復職がいたってやられる時はやられる。ここ最近は過去にあったケースから学んで死亡率を下げているだけだ。
それに、魔物にやられなくてもダンジョン自身がばくりと人を食ったことも過去に起きている。ダンジョン人食い説はあながち間違っていないと思う。
食われることなくお宝をかすめ取る人間のことをダンジョンはひどく腹立てているかもしれない。怒ったダンジョンが人間に牙をむく、なんてことがないよう願うばかりだ。
夜の時間になると当たり前のように辺りが暗くなる。地下だというのに、これもまたダンジョン七不思議。
夕食も終わり、明日の朝まで自由時間となった。今回は夜番をつけるためアベルは先に仮眠中だ。
俺はほうきの柄(改)を持って砂の上で構えた。
露店の怪しいおっちゃんから教えてもらった通りに棒を振る。重心のかけ方、力の入れ方、抜き方、足の動き、いろんなことを考えながらひたすら棒を振る。
棒を振りまわすには筋力も握力もたりない。それでもやるしかない。槍は穂先が金属なぶん棒よりも重いのだ。これくらいは自由自在に扱えるようになりたい。一朝一夕でどうにかなるものではないけれど。
しばらくすると手先がしびれて腕も震えてきた。もう棒を握っていられなかった。
「あーーもうだめだーー」
力の抜けきった体を砂浜に投げ出す。両手両足を大きく伸ばして寝転がると、ひんやりした砂あたってが気持ちいい。目を閉じて全身の疲労を感じていると声をかけられた。
「お疲れさまです」
「フローラ」
「熱心にされているのでわたしもつい見入ってしまいました」
それはちょっと恥ずかしいかも。
「動き、変じゃなかった?」
「いいえ。カッコいいなって思ってましたよ」
あ、照れる。
顔が熱くなってきた。
俺はたまらなくなって上半身を起こす。簡単に砂を払っているとフローラが隣にちょこんと座った。
「昨日は教会の方にまでお土産をいただいてありがとうございました。みんなとっても喜んでましたよ」
「それならよかった」
「よければ今度遊びに来てくださいって、みんなが」
みんなとはあの窓から身を乗り出していたシスターさんたちだろうか。
「あの、別に下心とかなくて、みんなにお姉さまを自慢したいとか、またお休みを一緒に過ごしたいとか、その、ぜんぜんそんなのないですっ。ただみんながシュルスさんとお話ししてみたいって、言ってて、それで……」
「あはは、そんなに必死にならなくてもちゃんと分かってるって」
慌てふためくフローラの様子をかわいく思いながらも、俺はお姉さまとして大人の余裕をかもす。そして遊びにいくのはぜんぜん構わない。構わないんだけど、先にちょっとやりたいことがある。
「俺、この依頼が終わったらしばらくソロで活動しようと思ってるんだ。アベルには了解をもらってる。そこから帰ってきたら教会へ遊びに行こうかな」
きょとん顔のフローラもかわいいね。
「えっ……だったら、わたしも一緒に」
「癒しの力を持つシスターさんは実績のあるパーティーにしか派遣の許可が降りないんだろ? 俺じゃだめだよ。大丈夫、心配だろうけど上手くやるからさ」
俺は自分の力を試すために少しだけひとりになりたい。強くなりたいんだ。誰かを守る余裕なんてないかもしれないし、無様な姿をさらすかもしれない。誰にせがまれても一緒に行くわけにはいかない。
「だから待ってて」
「……はい」
不服そうな声音に内心苦笑しながら、ふたり並んで湖をながめる。昼間は美しかった景色も、夜の闇に染まるとなんとも不気味に見えてくる。あのまっ黒な水面の下にはバケモノがいるのだからこの感覚はきっと正しい。
しばし無言でいるとフローラの左手がそろりと動き、俺の右手をそろりそろりと握ってきた。フローラの指先はひんやりしていて気持ちがいい。
「……しばらく、こうしててもいいですか?」
「うん」
セルフィナがフローラを呼びにくるまで、俺たちは手をつないで湖をながめていた。