20話 槍ください
手に持った槍は確かに重量があるけれど、俺でも振り回せそうな範囲だ。持ち方を教えてもらい、言われるがまま構えの姿勢をとった。ただの武器商だろうに親切な人だ。
「なあに、商人たるもの商品のことは知っておかないとね。ところでどうかな、見た感じなかなか様になってるようだけど」
「うん、よさそう。自在にあやつるには練習が必要だろうけど」
突く、叩く、受ける、流す。
相手との距離を保ちつつ攻撃できるのは実際にありがたいな。
「これ買うよ。試しにやってみる」
「きっぷがいいねえ、毎度あり」
「現金がいい? マギカード持ってるからそっちでいいならすぐ払えるけど」
「おっとお嬢さんはカード持ちか。うちはカードでの支払いも対応している。どちらでも大丈夫だ」
「じゃあカードで」
マギカードっていうのはここ五年でダンジョン界隈で浸透してきた便利な決済カードだ。ダンジョンからとれる素材を使用していてその製造方法は完全に秘匿。持ち帰ったダンジョン資源の買取が高価になりがちなため、カードでの決済をダンジョン連盟が推奨していた。換金したい時は最寄りの冒険者ギルドへ。最近は冒険者向けの店でもカード決済ができるところが増えてきたようだ。
基本的にパーティーにつき一枚はマギカードを持たされる。これは俺が個人で持っているやつだ。
「しかし、お嬢さんみたいな子が武器持ってダンジョンで戦うってなかなか見ないよ。理由を聞いても?」
「強くありたいから。それだけ。魔術も使えるけど嫌がらせするのが精いっぱいな威力だし、だったら武器も持っておきたい」
目つぶし、足止め、使える魔術はその程度。
俺はパーティーのみんなを守れる力がほしい。
「いいね。強くなろうとする子は好きだよ。ボクの名前はローレンス。君さえよければまた来るといい。槍のことをいろいろ教えてあげよう」
「いいの?」
「お買い上げいただいたお客さんへのアフターサービスだ」
わーいやったー。
すると、今まで静かに見守っていたフローラが険しい表情でローレンスに詰めよる。
「あの、シュルスさんが可愛いらしくて素直なのをいい事に丸め込んで手を出そうとか思ってないですよね。ダメですよ」
「心外だなあ。ボクが好きなタイプは強くたくましく毅然としたカッコいい女性さ」
困ったようにぽりぽりと首すじをかくローレンスはウソをついている様子もなかった。フローラは疑わしそうに見ていたけど、おっちゃんの言い分をしぶしぶ飲み込んだようだ。男同士だとなんの問題もないことが男女ってだけで世間の風当たりが強くなるんだな。まあローレンスが俺に興味がないなら変なことも起こるまい。
しかしそれはそれで悔しいと思う俺がいる。
「俺ってかわいくない?」
「かわいいけどボクにはぐっとこない」
くそ。ここでも俺は負けたのか。
……いやかわいいって言ってるから良しだ!!
◇
「気をつけて帰ってねえ」とのんきな声を背中に受けながら、俺とフローラは露天から離れた。とことこふたり並んで歩くが、俺の背中にくくりつけた槍がとても目立つ。
「もう他の店には行けそうにないな」
「欲しいものはだいたい買えました?」
「うん、たぶん大丈夫」
着替えや下着、靴。あと思いつくかぎりの雑貨は買って宿へと送ってもらった。帰ったら荷解きをしないといけないな。
「あとはダンジョンまんじゅう買って帰ろうか。教会まで送るよ」
「送ってくれるんですか?」
「フローラになにかあったら心配だから」
ダンジョンまんじゅうは今日あんまり売れていなかったらしく、呼び込みのおじさんが悲壮な顔をしていた。
「おじさん、残ってるの全部ちょうだい」
店のおじさんも隣にいるフローラもぎょっとした顔をする。
「あの、そんなに買って食べきれるでしょうか」
「教会の人たちへ差し入れしようかと思って。いつもフローラにお世話なってるし」
うれし泣きしそうなおじさん。まんじゅうを箱に詰めるのを待っているあいだに、試作中だというダンジョン肉まんをサービスでもらった。何を入れているのか、まんじゅうのガワは真っ黒だ。名前もあいまってなんか怖い。しかし蒸したてのそれはおいしそうに湯気をだし、いい匂いを漂わせていた。
せっかくなのでフローラと一緒にその場で食べる。店先でおいしいおいしいとほお張る俺たちを通行人が興味深そうに見ていたので、明日は誰かが買ってくれるかもしれない。明日は売れるといいね、おじさん。
「ありがとうございましたー!」
「さよならー」
折り箱に入れられた三十個のダンジョンまんじゅうを持って教会への道を歩く。だいぶ日が傾いてきて、ふたつ並んだ影がながく伸びる。そのあいだもフローラと他愛のない話をしていると、あっという間に教会へ到着してしまった。
「今日は付き合ってくれてありがとうフローラ。助かったよ。思ったより遅くなってごめんな」
「いいえ、わたしもシュルスさんと一緒にいられてとても楽しかったですから」
まんじゅうを手渡して「じゃあまた明日」と踵をかえそうした時、どこからかばたばたばたっと小さく足音が聞こえてきた。
音の方向を探るとどうやら教会の二階で、開いた窓に数人のシスターが集まっている。
「もしかして朝のあの方?」
「しっ。しずかに」
「わわわ、押さないでくださぃ」
「可愛らしい方」
「槍をお持ちよ」
「お強いのかしら」
「ステキだわ」
「わたしも見たいですぅ」
あわわ。注目されている。
女の子たちからたくさん好奇の目を向けられている。男だった時、こんなことかつて一度でもあっただろうか。いやない! ちょっと嬉しい!
内心舞い上がっていると、フローラが俺の右腕に抱きつき二階のシスターたちに向かって声をあげる。
「わ、わたしのお姉さまです!」
あら。これはもしかして牽制ってやつかしら。
途端に二階から「きゃー」と色めきだつ声が聞こえてくる。なるほど、例の姉妹ってやつか。ふふ、これはフローラの自慢のお姉ちゃんになるべく精進を重ねないといけないな。
フローラと別れて俺も宿への帰路につく。
暫定だけど武器も買えたし、フローラと一緒にいれたし、ほんといい一日だった。
槍の重みを肩に感じながら、ひとりで町を歩いていく。噛みしめるようにゆっくりと歩けば考えごともはかどった。
明日はまたみんなでダンジョンへもぐるので、その準備をしないといけない。一泊二日の探索のあと休みをはさんでもう一泊二日。それでチャロアイトさんからの新規発見ダンジョン初期調査依頼は終了。途中で俺がいなくなったせいでみんなにはだいぶ迷惑をかけてしまった。残りの探索は精いっぱい挑むつもりだ。
そして今夜アベルが宿にいれば話しておきたいことがある。
冒険者パーティー《イーグルアイ》。そのメンバー編成の再考だ。
理由は言わずもがな、俺である。