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19話 シスターたちのお遊び

 去っていく男たちの後ろ姿を見つめる。

 なんて小さい背中なんだ。遠巻きに俺たちを見守っていた人たちも安心したようだった。いや、見ていたんなら助けてほしかったけど。


「シュルスさん大丈夫ですか、ケガとかは」

「平気だよ。まったく、嫌なやつらだったな」


 もう大丈夫かなとフローラのほうを振り返る。すると彼女とばちんと目が合って、ほとんど身長差がないことに改めて気付かされた。だいぶ慣れたつもりだったのに、まだ男の時の感覚が抜け切れてないみたい。


「……小さくなっちゃったな、俺。フローラのことは妹みたいに思ってたのに、これじゃあんまり変わんないね」


 俺は27歳だけど見た目はそれより若いらしいから同じか、下手したら俺の方が下に見えるかもしれない。年上の威厳が損なわれて悲しい。


 フローラは頬を染めて視線を伏せていた。アベルを見上げるのも慣れないけど、フローラと視線が近いのも不思議な感じだ。前よりも親近感がわくのは女になったからかな。


「……妹みたいって、今でも思ってくれますか?」

「もちろん。かわいいかわいい妹分だよ」


 あ、厚かましいかな。

 うっかりそうこぼすとフローラはぶんぶんと首を横に振った。


「じゃあ、わたし、シュルスさんのこと、お姉さまって……思っていてもいいですか……?」

「俺なんかでよければいくらでも甘えていいけど」


 なんとなくフローラの歯切れがわるい。

 ちょうどいい機会なので俺は質問してみた。聞いてみたいことがあったんだ。実は少し前から思っていて、今日一緒にいて確信に変わったというか。


「もしかしてフローラって、俺が女になって嬉しかったりする?」

「えええっ! ああああの、それは、」


 うんうん、その焦って言葉につまる姿が答えだよ。責めてるとかそういうのじゃないから安心してほしい。


「聞いて。俺って男から女になっちゃっただろ。俺もだけど、アベルもけっこうショック受けてるんだ。ほんとに今まで築き上げたもの全部壊されたみたいな気分。男に戻れるなら戻りたい。でも、じゃあ女の俺って無価値で誰からも必要とされてないのかなって、そう思ったら切なくなってさ。自分がかわいいって分かって嬉しかったのは少しでも今の自分に価値を見出せたからだよ」


 今日だってとっても楽しかった。

 おしゃれして笑っておしゃべりしてお買い物して。ひとりじゃきっと途方にくれていた。そばにフローラがいてくれたから充実した一日になった。


「フローラが女になった俺をあったかく受け入れてくれてすごく嬉しいよ。ありがとう」


「シュルスさん……」




 なぜか場所をうつして話がしたいと言われて、俺たちは噴水のある広場まできた。人気の多い大通りでするにはちょっとためらわれる話らしい。広場にはあちこちにベンチが備え付けてあってまばらに人がくつろいでいた。


 街路樹が風でさらさら揺れる様子をながめながらフローラとふたり、ベンチへ腰かけた。いったい改まってなんの話をするんだろうと思っていたら、わりと想像のななめ上だった。


「わたしはシスターなので、結婚をしたり男性と深い関係になることはできません」

「え、そうなの?」

「はい。シスターとして教会に身を置くかぎりはそうなります。……どんなに好きな男性ができても、結ばれることはないんです」


 フローラの表情にふっと影がさす。

 そうか。たとえアベルとフローラが両想いになっても結ばれることはできないんだな。ふたりの結婚式で友人代表の挨拶をする未来を想像していたのに、せつない話だ。


「だから教会では、その、シスターの間で特に仲のいい子とふたり……『姉妹』になるっていう、遊びみたいなのがありまして」


 なんだそれ。


「姉妹?」

「はい」


 なぜかフローラの顔がまっかに染まっていく。


「ぜんぜんっ、はしたないとかありませんよ! その……姉と妹っていう役割みたいなのを演じながら、お互いに親愛、を交わすっていうか……ほんとに、ごっこ遊びみたいなもので。やっぱりシスターとは言え多感な少女もいるわけですし、青春に憧れる時期があってしかるべきだしそういうのを受け止める秘密の場も必要というか」


 涙目でしどろもどろに話すフローラ。これはこれでいいものがある。いつものしっかりした雰囲気がちょびっとだけ崩れて、なんともかわいらしい。しかし教会というのは意外に遊び心がある場所だったんだな。やはりいくら聖職者といえど多少の気晴らしは必要なのだ。


「だからじゃないですけど、シュルスさんが女の人になって……わたしのお姉さまだって、思っちゃったんです。すごく自分勝手ですよね……本当にごめんなさい」

「あやまることなんてないよ」


 むしろそんなに慕ってくれていたなんてお兄さんうれしい。いやもうお姉さんか。


「そっか。フローラはお姉ちゃんがほしかったんだな。正直、教会での姉妹っていうのがいまいち分からないけど、俺のことはそう思ってていいよ」

「シュルスさん……」


 さわさわと葉っぱがこすれる音を聞こえる。

 おだやかな空気が流れるこの広場で、俺を姉と慕ってくれる女の子が頬を赤らめてほほ笑んでいる。


 かーわーいいーなあー。


 撫でくりまわしたいけどやめとこう。「調子に乗らないでもらえますか気持ち悪いです」とか言われたら一生立ち直れない。




 複雑な気持ちをちょっぴり含みつつもこの満ち足りた気分にひたっていたところ、気になるものを見つけてしまった。


「……あの露店って武器商かな」


 怪しげな男が露天スペースでごそごそと荷出しをしている。商売をはじめようと準備しているようだ。


「ちょっと行ってみていい」

「もちろんです」


 ダンジョンが見つかったって情報が入るとこうやって流れの商人がいつのまにか店を開いている。まだ正式に発表もされていないのにどこから聞きつけてくるのか不思議だ。


「こんにちは」

「おう、いらっしゃいお嬢さんたち。ボクんとこの商品はダンジョン連盟のお墨付きだよ。ライセンスもちゃんと持ってるからね」

「自分で使う武器を探してるんだけど、なんかおすすめない?」


 もじゃもじゃの黒髪に帽子を目深にかぶった怪しげなおっちゃんは俺の頭から足先までざっと見下ろすと、ふむふむと口を曲げた。おっちゃんは長身痩躯の三十代なかばってとこだろうか。意外と若いそうだけど無精髭もあいまってくたびれてる印象は拭えない。


「以前に得物はなにか使ってたかい」

「盾と斧をちょっと。でももう重たい武器は振り回せそうにないから軽くて扱いやすいのがいい」

「うーん……」


 おっちゃんは敷物の上にある小さくて軽そうなナイフを指差した。


「投げナイフはどうかな。十本一組、急所に当てれば一撃必殺」

「悪くないけど、すぐ使い切りそうだし増やすと荷物がかさばりそう。メインにするにはちょっとって感じかも」

「ふむ」


 投げたあと回収できたらいいけど毎回そうもいかなさそうだし。そんで使い捨てにするには値段が張るんだよな。


「しっかり戦いたい感じか。お嬢さんは貧弱そうだしちょっとばかしリーチをとっとかんとすぐやられそうだ。となれば……ふむ、長柄物か」


 ぶつぶつと小声でつぶやきながら、おっちゃんは荷物をあさり、俺に一本の槍を見せた。深くかぶった帽子のなかからおっちゃんの細い目がきらりと光る。


「ボクのいちおし。どうだい、これ」


 穂先は布でぐるぐるに巻かれていたが、おっちゃんが手際よく剥いで見せてくれる。乳白色という見たことのない色の金属だった。もしかしてダンジョン産のなにかかな。最近は便利な素材があちこち出回ってるから可能性は高そうだ。


「穂先はラス鉱石っていうダンジョン産の鉱石を主に使った金属でね、耐久性がバツグンだ。比較的軽くて扱いやすいぶん総合的な攻撃力は斧や長剣には敵わない。しかし槍のもつ間合いの広さと突きの一点威力、ボクは好きだね。うまく使えば最強無双、なんてのはどの武器でも言えるこった。あとは自分の使い方しだいよ」


 おっちゃんは槍をもつと軽々扱って白く輝く穂先でヒュンと風を切る。心得があるのだろうか。その槍さばきについ見惚れてしまう。


「ためしに触ってみるかい?」

「……うん」


 受け取った槍の柄は、少し重いがしっとりと手に馴染む気がした。

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