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17話 大バカやろうは俺かおまえか

 

「なあ俺が悪かったって。機嫌なおせよ」


 ほっぺたに赤い手形をつけたアベルがバツ悪そうに話しかけてくる。俺は壁に向かって三角座りに顔をうずめ、会話を拒否している。


「……」

「ジョークのつもりだったんだって」



『なんなら一緒に寝るか? おまえがサービスしてくれるんなら今日の貸し借りはナシでいいぜ』



 アベルは本当にサイテーだ。

 けど、俺も悪い。俺がいまヤツを無視しているのは会話したくないんじゃなくてぼう然自失で言葉がでないだけ。


 俺はなんとか言葉を絞りだす。いい加減アベルの謝罪になにか返さなきゃ。


「……わかってる。一瞬でも間に受けた自分にショック受けてるんだよ。引っ叩いて悪かった。俺の機嫌ならひと晩寝たら治るから」


 よく考えたら冗談だってわかったのに、なぜかあの時はそんな余裕がなかった。ストレートに言葉を浴びて全身が茹だった。


 そしてほんのちょっと。ほんの一瞬。

 アベルが言ってることに好奇心がうずいちゃったんだよ。


 俺は女に染まらないとか男と関係もたないとかドヤ顔で言ったばっかでやってるんだ。自分が恥ずかしくてたまらない。はあもう自己嫌悪。相手アベルだぞ。男だぞ。なにやってんだよ俺は。きも。


 アベルと同じ空間にいるのがつらい。そう思いながら気付かれないようにため息を吐いていると、後ろでアベルが身支度する音が聞こえてきた。どこかに行くつもりなのかもしれない。正直ありがたい。向こうもめんどくさい俺なんてほっといて外に出た方が気分もラクだろう。


「ちょっと出てくるわ。そんな長い時間はかけねえから。今んとこ体は平気だよな?」

「……うん」


 俺の返事を聞くとアベルは静かに出て行った。

 とたんに寂しくなる大部屋。


 ひとりになりたい気分だったけど、実際にひとりになると見捨てられたような気分になってしまう。わかってるよ、アベルが気を利かせて出て行ったことくらい。気まずいし、俺が同じ立場でもそうしたかもだし。でも、ひとりって不安だ。おかしいな。


 寝ちゃおう。

 もうそれしかない。

 今の俺を慰めてくれるのは快適なベッドと深い睡眠だ。


 頭から毛布をかぶって無理やり目を閉じる。楽しいことだけ考えるんだ。


 そうするうちに眠って、夢をみた。

 男の俺がグラムいくらで売られる夢だ。買っているのは女の俺。かわいい顔して買い叩ている。手放したくない大事なものまでアイツは容赦なく持っていくんだよ。なんて女なんだまったく。


 好きで女になったんじゃないのに。




「おい、生きてるか」


 ささやくような掠れる声に意識が浮上する。

 アベル、戻ってきたんだ。


 俺は意思表示すべく目をあけるとすぐ目の前にアベルがいた。寝ている俺を覗き込んでたみたいだ。またたきをすると俺の目から涙がぽろりと流れる。悪夢にうなされた時のかな。


「生き、てる」

「……泣くほどショックだったのかよ」

「それなりに」


 アベルの首元から酒とタバコと、女ものの香水の匂いがする。くらくらしそうだ。あいつの指が俺の目尻をぬぐった。触れられたところが熱い。


「……なあ、いっそ無理やり抱いて女にしてくれないか。そしたら言い訳たつんだよ」

「誰にだよ意味わかんねえ。あと泣いてる女を無理やり抱く趣味ねえから」

「こんなにかわいいのに」

「タイプではないけどな」


 さてはおまえ賢者タイムだな。

 キレイなお姉さんといい事してきたな。


 っていうかなに言ってるんだよ俺。

 抱いてはないって。さすがに。

 アベルもナイス拒否。断ってくれてよかった。

 弱気にかられると何を口走るかわからんもんだな。気をつけないと。


 たぶん俺は疲れてるんだよ。

 疲れてたりするとそういうのしたくなるって聞くし。


「さっきのは忘れてくれ。どうかしてる。自分が情けない。羞恥心で死にそうだ」

「……全部忘れるついでに抱いてやろうか」

「ばか」


 そんなことされたら一生忘れられないだろ。記念すべき男人生敗北の日だよ。元男の女ゴコロが分からんやつめ。……まあ、俺もすがっちゃったし、あいつなりの優しさなのかもしれないけど。


「俺はタイプじゃないんだろ。泣いてる女も」

「幸薄そうな女をどろどろに甘やかして俺に依存させるのは好きだけどな」

「なんだそれ」


 クズやろうだな。

 俺はおまえをそんな男に育てた覚えはないぞ。そしてクズの甘言に乗ったら最後、俺はアベルの慈悲にすがる哀れな女になってしまうんだ。


「遠慮しとく。俺はシュルスのままでいたい。おまえの女とかじゃなくて」


「……そうかよ」


 そう言って、アベルはほっとしたように瞳を閉じた。




 ◇




 翌朝、アベルよりも早く起きて身支度を整える。鏡の向こう側にはダークブロンドのかわいい女の子がいた。肩口までのふわふわなボブヘア。文句なしの目鼻立ち。ほんのり色づいた唇。完璧にかわいい。


 宿の食堂へ顔を出してふたり分の朝食をもらった。


「こんなかわいいお嬢さんがお客さんにいたかな」

「アベルのとこの仲間だよ。ねえおじさん、俺やっぱりかわいいよね?」


 きゃるんと効果音がつきそうな感じで首を傾げ、上目づかいのコンボでキメる。


「お、おう、かわいいぞ。なんだい、おじさんをからかっちゃダメだぞ」


 おじさんデレデレしてる。

 ほらほらこれよ、この反応。

 こういうの待ってたんだってば。


「朝ごはんありがと!」


 上機嫌で部屋にもどってもアベルはまだぐっすり寝たままだった。いつかこいつが俺のかわいさに媚びへつらう姿が見たい。照れて慌てふためく姿でもいい。


 しかし俺は理解した。こいつは危険だ。顔がいい体がいい能力がいいと男としての格が高い上に余裕がある。今の俺がヘタにからかっても返り討ちにあうだけだ。身の安全と精神衛生のためにも必要以上に関わりを持たないよう気を付けよう。


「アベル、俺フローラと約束あるからもう行くな。朝ごはん置いとくぞ」

「んー……」


 相変わらず朝がよわい。

 血圧勝負においては俺の勝ちは揺るぎないようだ。



 軽い足どりで宿の外へでると太陽の光をたっぷり浴びる。体はすこぶる調子がいい。魔物みたいに魔力が必要な体じゃないみたいだ。よかった。


 待ち合わせ場所は町にある教会で、宿からは二十分ほど歩いたところにあった。外は本当に気分がいい。筋肉がなくなったぶん体も軽くて、小走りでどこまででも駆けていけそうだった。


 服装といえば、アベルから借りた白いシャツは腕のところを何回も折り曲げて、黒くてぴたっとした厚手のタイツを下にはいている。靴はセルフィナから借りたやつ。珍妙奇天烈な格好ではないと思うけど、すれちがう人たちが振り返って俺を見るので少々不安になってきた。


 そりゃ俺はかわいいけど、他の女の子もかわいいから特段目を惹くようなことはないと思う。フローラやセルフィナもタイプは違うかわいいがあるし、ココポにいたっては男なのにかわいい。なんてことだ。


「おや。おはよう、かわいい人」

「おはよう」


 道端で目が合ったきざったらしい男がウインクしてきた。ごきげんな俺がにっこにこの笑顔を返すと目を見開いて固まっていた。ふふ、俺の礼儀正しさに度肝を抜いたようだな。


 もうすぐフローラの待つ教会だ。


 昨日までは散々なことが多かったから、今日はいいことがあったらいいな。

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