16話 女になって初めての外
翌朝、お世話になったブタ男宅を掃除してから俺たちは地上へ戻るため出発した。
俺の荷物はできるだけ持って帰るけれど、どうしたって盾と斧は置いていかなきゃいけない。重量がありすぎて持てないのだ。みんなもそれぞれ荷物があるし、くそ重い盾と斧なんて持つ余裕はない。
「……シュルスさん」
「大丈夫だよ、フローラ。ちょっと寂しいだけ。また取りにくればいいし」
フローラは俺の手をきゅっと握りしめた。つながった手の先からじんわりと温かくなる。
「わたし、シュルスさんが女の子でも大切な人には変わりないです。本当にまた会えてよかった」
「……俺も、生きててよかったと思うよ」
「帰りましょう、わたしたちの世界へ」
「そうだな」
手をつないだまま俺たちは歩き出した。
女の子同士で手をつないでるところを街でたまに見かけるけど、いったいどんな関係なのか謎だと思ってた。友だち同士でもそんなことしないだろって男のときは思ってたんだよ。
でも今ならなんとなくわかる。
友情の延長っていうか、親愛っていうか、すごく優しくてあったかいものだ。あとは少しのドキドキ。女同士だけに許された甘いひとときなんだな。
大穴に置いてきたという気球は問題なく動き、俺たちを乗せてぐんぐん上へとのぼっていった。気球技師もこなすなんてチャロアイトさんは有能だなあなんて思っているうちに到着してしまった。
見覚えのある茶色い土壁は確かにダンジョンの表層だ。このまま十五分も歩いていけばダンジョンの入口に着くだろう。
ところで俺には今気になることがひとつある。
「ねえチャロアイトさん。魔物って地上に連れ出したらどうなるんだっけ」
「徐々に活動を停止して死亡するね。ダンジョンにある魔力が生命維持に関わると言われている」
ですよね。生け捕りしてもすぐに死んじゃうから研究が進まないって聞いたことある。俺が気になっているのもそこだ。
「俺ってダンジョンのなかで体いじられたけど、魔物認定されてないよね。外、出られるよね」
魔力を糧にしてとかそんなこと言わんよな。
俺のつぶやきに全員がなんとも答えづらそうな表情をした。当たり前だ。答えを知っている人なんていない。しかしこういう時はだいたいアベルがばっさり切って捨ててくれる。
「誰かが付き添って見てれば大丈夫だろ。なんかあったらダンジョンに放り込めばいいわけだし」
なるほど。
「たしかに、宿で様子見てたらいいか」
「男が女になったのが十分衝撃的だったんだ。この際魔物かどうかなんて些細なことだろう」
「さすがに魔物扱いはいやだよ」
「かわんねーよ」
「なんでだよ」
ダンジョンから戻れば休みがある。今日帰ってからと明日だ。その間だれかが俺のこと観察しておけばいいっていうことらしいが、別に俺ひとりでもいい気がしてきた。
「申し訳ありません、わたくし用事がありますからシュルスさんの付き添いはできませんわ。できる限り協力はいたしますけれど」
「わたしも教会に戻らなくちゃいけなくて」
「ごめんなさい、ぼくも弟が」
みんなが申し訳なさそうに頭を下げる。
「いいよいいよ、ひとりで大丈夫だから。しんどいなって思ったらひとまずダンジョンに行くことにする」
それなりにみんな事情があるのは知ってるし、個人的な理由に付き合わせるのも悪い。とってある宿はダンジョンからそれなりに近いし、なんとかなるだろう。
◇
「じゃあみんなお疲れさまでした!! 次はあさってのこの時間に集合だよ、よろしくね!」
「お疲れさまでしたー」
はあー、外の空気はうまい。
全員で一度宿に戻り、荷物を整理する。
ここはパーティー名義で借りている宿で、この町でダンジョンを探索する上での拠点となっている。ひとつ大きな部屋を借りていて、宿で寝る時はその都度部屋を借りたりしていた。
セルフィナ、フローラ、ココポはそれぞれ目的の場所へ向かった。
セルフィナはいつも休みの日はなにかやっている。どうも家族が関係あるようなんだけど、詳しくはわからない。彼女はとても家族を大事にする人だ。あの口調や立ち振る舞いからしていいところのお嬢さんで、家族仲がいいんだろうなと思っている。
フローラはそもそもルイスリー教に所属するシスターなので、帰ったら基本的に最寄りの教会で過ごすことが決まりだと聞いたことがある。おつとめご苦労さまだ。
あとココポに関しては面倒を見ている弟がいるらしく、ダンジョン探索の遠征があっても近くで宿をとって時間があえば一緒に過ごすようにしているらしい。ここも仲が良さそうで何よりだ。
だから宿でとっている部屋を使うのはだいたい俺とアベル。しかもアベルは夜の町にふらっと消えて朝帰りすることも少なくないので、俺が荷物番もかねて部屋でゆっくり過ごしていた。
買いものは明日にして今日は細々したことをしつつゆっくり体を休めよう。着るもの履くもの、全部そろえなきゃいけない。明日はフローラが買いものに付き合ってくれるからその好意に甘えるつもりだ。
「まずは洗濯だなあ」
今いまで着ていた服をぜんぶ脱いで下履き一枚になる。あー下着も買わないといけないのか。億劫だ。
「着がえはどこやったかなーっと」
自分の荷物をあさっても出てくるのは大きな服ばかり。さっきまで着てたのも大きくて無理やりワンピースみたいにしていたけど、あれは女になりたてという特殊な状況だったから許されたのであって、普通に着るのはおかしい。あれ、明日なに着よう。買いものへ行くための服がないぞ。
「いつまで裸でいるんだよ。さっさと服着ろ」
「だって着るのがないんだよ」
「さっきのと似たようなのでいいだろ」
さっきまで静かだったアベルがついに口を出してきた。
「だってコレはごわごわしてて痛そうだし、コッチは裾ほつれてるし穴あいてるし」
「じゃあこれは」
「胸もと開きすぎてておっぱい見えちゃう」
「今まる出しなのはいいのかよ……」
あきれ気味のアベルが自分の荷物から一枚の服を渡してきた。白い襟つきのボタンシャツだった。
「それなら首もとまでボタンで留められるし袖もまくれるだろ。丈も長いからその小せえ尻も隠れる。気に入ってるやつだから汚すんじゃねえぞ。あと下にタンクトップ着ろ」
タンクトップがでかいのは切って縫って多少形が変でもサイズ合わせろと言われた。それくらいなら俺でもできる。時間もあるし、ひとまずアベルの服を着てから針仕事をした。出来上がったので改めて着替えるとアベルに見てもらう。
「どう、俺かわいい?」
「へえへえ」
「なんだそのテキトーな返事は」
え、俺ほんとにかわいいんだよね。
こんなにも相手にされないとなんか不安になってくるんだけど。
途中アベルがふらりといなくなり、昼食を持ってすぐ帰ってきた。俺の分もある。ありがたい。二人で食べて、また各々の時間を過ごす。お昼寝もはさみつつ贅沢な午後の時間だった。
さすがに夕食も持ってきてくれて二人で食べる頃にはおかしいと感じていた。普段ならアベルは外に食べ行くのに。いや俺の分まで持ってきてくれるのは非常に助かっているんだが。
「アベルは今夜どこも行かないのか」
「まあな」
「キレイなお姉さんのとこは?」
「目の前のかわいい女で手いっぱい」
「……え」
なななななに言ってるの。
きゅ、急になんなんだコイツは……!
「なに一丁前に照れてんだよ。おまえがしつこいから乗ってやったんだろうが」
「あ、いや、それは、」
「あとおまえが魔物仕様だったらダンジョンへぶち込まなきゃいけねえし今夜はどこもいかない」
俺のためにずっと付き添ってたってこと?
まじめな顔をするアベルに吸い込まれるよう見つめてしまった。おかしい。心臓がうるさいくらい鳴ってる。
「なんなら一緒に寝るか? おまえがサービスしてくれるんなら今日の貸し借りはナシでいいぜ」