14話 地獄の業火に焼かれ
ムカデ型魔物の大量描写あります。
がんばってください。
俺がよかれと思って照らした暗闇。
案外天井は高いんだなーなんてのんきに考えていると、壁がもぞりと動いた。よく見ると壁じゃなかった。アレだ。岩ムカデに似た大きな虫型魔物がびっちり壁を覆っていたのだ。
「ひぃぃいいいいいっ!!!!」
「いや、いや、いやああ、シュルスさぁん!」
なんかごめん。
しかも明るくしたのがいけなかったのか、騒がしくしたのがいけなかったのか、そいつらがいっせいに動き始めた。
「戻るぞ! 階段を上がれっ!!」
アベルの一喝と同時に、びたびたびたっと嫌な音がした。行く手を阻むようフローラたちの目の前にやつらが落ちてきたのだ。
体長1メートルってところか。足の数がきもちわるい。岩ムカデとは少し違って装甲部分には苔のようなものが生えているようだ。てことは苔ムカデか。
そんなことを考えながらも体は今すべき行動をとっていた。固まっているフローラとセルフィナの手を引き、うごめく苔ムカデの背中を容赦なく踏みつけて階段を上らせる。ムカデさえ越えたらふたりは大丈夫だと信じて手を離し「行け!」と叫んで後ろを振り向く。案の定怒ったムカデがその上半身を起こして俺に狙いを定めていた。
よーしいい子だ、このまま俺を見とけよ。
「——この馬鹿がッ!!」
背後からきたアベルの斬撃がムカデの頭部をふき飛ばす。
「盾もねえのに無茶すんなこのクソ馬鹿ッ!!」
「うまくいったからいいだろ。チャロアイトさん、ココポ、先行け!」
びたびたびたびたっ。また天井から苔ムカデが落ちてきた。今度は背後だ。またたくさん来てくれて。完全に俺らを敵対視しているようだ。こんなのいたらそりゃブタ男もフタするわ。
「アベルもムカデ嫌いだろ。剣貸せ。俺がやる」
「マジでふざけんなよおまえ」
「いいから」
しかしアベルは言うことを聞いてくれず、俺を無理やり小脇に抱えるとすごい勢いで階段を登り始めた。それを逃すまいとムカデたちは追ってくる。あいつらは俊敏ではないけど足は早い。波のようにうごめく苔ムカデの群れが迫ってきた。
ダメだ、追いつかれる。
このままだとアベルもやられる。
そう思った時にはもう手が出ていた。
「砂ツバメ!」
俺から放たれたツバメたちが先頭にいるムカデめがけて飛んでいく。ひとつひとつは弱くて小さいけれど、ちりも積もればなんとやら。何体出したかもわからないままムカデの足元を土まみれにしていった。そして。
「硬化!」
これは形状変化からコツを掴んだ。砂を手の中でぎゅっと握りしめるイメージで、足元に散らばった土のかたまりをより強固にかためていく。さすがに岩レベルとまではいかなくてもかなり固まっていく感触が手に伝わってくる。
ギチギチギチとムカデが悲鳴をあげ、ぎしりと動きを止める。しかし先頭のムカデを止めたところで後から次々にやってくた。俺も次々固めていく。些細な抵抗だけど、眼前まで迫ろうかとする奴らから逃げきるには十分な時間稼ぎだった。
ところで、ダンジョンでは火の魔術は不向きという話を覚えているだろうか。せまい場所で火が次々に燃え移りパーティーが火だるまとかそんな恐ろしい話を以前セルフィナとしていたと思うが、俺は今それを心底実感している。
火ってこわい。
俺がよかれと思って放った明かり用の小さな火が、いつのまにか苔ムカデに燃え移っていた。乾燥していたのか油分を多く含んでいたのか、壁を埋めつくす勢いでいた大量の苔ムカデに次々と引火した。そして洞窟の中を赤々と照らしながら灼熱地獄さながらの熱気をふりまき始めている。
ごうごうと燃え盛る苔ムカデ。苦しそうにのたうち回り、ギチギチギチと気味の悪い鳴き声をそこかしこで上げていた。壁に張り付いていられなくなると地面に落ちて暴れ狂う。怒りの矛先を見つけた奴は俺ら目がけて死に物狂いで追いかける。
まさに地獄絵図である。
「だああああーーくそっ!!!」
10階につながる扉のところまで来るとアベルは俺を乱暴に放り投げた。受け身をとるひまなく転げたなかで見たのは、火の手が迫りつつも石の扉を閉めるアベルの姿。
俺と剣と荷物を抱えて階段駆け上がって、かなり体力を消耗しているはずだ。俺はすぐにアベルの所まで行って肩を貸すとその場から離れた。
しばらく離れた所から様子を見ていたが、苔ムカデが扉を破って出てくる様子はなかった。たぶん、地獄の業火で焼かれてると思う。
誰かが緊張感が抜けたような大きくため息を吐くと、全員の肩の力が抜けていった。
なんとかなったみたいだ。
「ごめん、みんな」
俺はみんなを見回しながらあやまった。あいつらが大量にいたことは回避できない現実だけど、やぶ蛇というか、余計なことをしてしまった感。やつらを刺激せずそっと逃げ出す選択もあったはずなのに。
「おまえなあ! ほんっと、おまえ……!!」
激昂しているのかアベルが怖い顔つきで俺の服をつかんだ。まるで猫をつまむかのように首根っこつままれて足が浮く。
アベルの目線の高さまでひょいっと持ち上げられると鼻先がくっつくかという距離でにらまれた。怖い怖い。俺が悪かったよ。イケメンからにらまれるって怖いよ。
「まじでおまえのやることなすこと!!」
泣いていい? 泣いていい?
俺の涙腺スタンバイOKってとこで視界が変わった。目の前にはアベルの頭があって、強く抱きしめられている。それも苦しいくらいに。
「……ほんと、サイコーだよ」
「ア、アベル?」
怒ってないのかな。
あ、ちょ、ちょっと、胸のとこでしゃべらないでほしいな。なんかくすぐったくて。
「やっぱおまえシュルスだ」
「……そうだって、言ってんだろ」
「おまえが裸で踊ってたって余裕で爆睡できるわ」
「いや意味わかんねえ。そこは眠れぬ夜を過ごせよ俺かわいいだろ」
いやだから胸んとこで顔ぐりぐりすんなって。胸当てとかしてないんだから。ううっ。
「いやいやお手柄だよシュルスくん、うまくいけばあの大量のムカデたちを一掃できているぞ! もう少ししたら中を確認してみよう!!」
チャロアイトさんはすごいポジティブに捉えてくれている。そう思ってくれると俺もほっとする。
そして気がつく。悪鬼のような形相でセルフィナからにらまれていると。
この状態がお気に召さないんですかね。あの、別にアベルとはそういう意味での抱擁ではないのでありまして。ピンチ直後で感極まったやつっていうか。深い意味とかはぜんぜんないんですよ。
「アベルから離れなさいこの小娘が!!」
あ、はい、ごめんなさい。
でもどっちかって言ったら悪いのはアベル……
「早くッ!!」
「はい!」
俺は先生には逆らえませんのです。
やれやれとセルフィナたちから離れると、フローラとココポがそろって半泣き顔で脇にいた。このふたりは特にムカデ系が苦手なので本当に悪いことをした。
「シュルスさあん……」
「ごめんな、怖かったよな」
「うう」
よしよしと二人の頭を撫でる。
「なんであんな気持ち悪いの平気なんですか」
「なんでかなあ」
ココポが鼻をすんすん鳴らしながら俺を見上げる。これが上目使いってやつだな。かわいいぞ。俺もマスターせねば。
「守らなきゃって思う人たちがいると、強くなれるんだよ。たぶん自分ひとりだったらあそこまでやってない。よかった二人が無事で。怖かったな」
この子たちがいるから俺は俺でいられるよ。情けない姿は見せられないからな。しかし彼らの恐怖は思った以上のようで、とんでもないことを言い出した。
「今夜ゆめに出てきそうです。シュルスさん、怖いから一緒に寝てください」
「え」
「だ、ダメですよココポさん、シュルスさんは私と寝るんです。私もうなされそうです」
「え」
ふたりともマジの目で言ってる。
えーっとこれは。どうしよう。