13話 封印は解かれた
いざ探索出発。
全員が適度にかたまって移動を始める。その時にごろごろ転がるハーピーの死体を見てチャロアイトさんがつぶやいた。
「おそらくだが、ハーピーはあの大穴の側壁に巣を作っていたんじゃないかな。そして大穴へ近づいたやつに襲いかかる。今こうして安全に動けるのはブタ男くんが一掃してくれたおかげだと思うよ。本格的にこのダンジョンが解放された時は大きな脅威になるだろう。まずはその対策からだね」
空を飛ぶ大型魔物っていったらまず攻撃当てるのが難しそうだ。盾と斧スタイルだった俺には相性悪いやつ。もしうちで討伐をするなら攻撃の主格はセルフィナだな。そして近づいてきた奴らは俺とアベルで蹴ちらす。一気に相手するんじゃなく通路におびき寄せて一体ずつ。時間はかかるだろうが確実に仕留めていく感じになるだろうなあ。
「リスポーンは?」
「大型魔物と見ていいから、死体がダンジョンにのみ込まれてから十日前後といったところだね」
「じゃあまだ大丈夫ですね」
「ああ、死体が転がっているうちは安全だ。とは言え油断は禁物。他の魔物に十分注意しよう」
「了解です」
ダンジョン七不思議のひとつ、リスポーン。ダンジョンの中に生息している魔物はなんと倒しても復活する。と言っても同じ個体ではないらしく、同じ種類の魔物がダンジョンにより生み出される。一体の魔物を倒してその死体がダンジョンにのまれるまで平均で五日。そこからさらに日が経つとどんなにバカでかい魔物でも復活してしまうのだ。傾向としては小型であるほどリスポーンが早いらしい。生命の営みをおそろしいほど無視している。まったくもって不思議である。
「ところでシュルスくん」
「はい」
「頭や肩に止まっているのはなんだね」
「あ、砂ツバメたちです。魔術の練習がてら」
頭に一匹、両肩にも一匹ずつの合計三匹を出している。
「動いているように見えるんだが」
「ええ。それっぽく動かしています」
「ほう!」
「生きてるように見えます?」
「やはり本物のようにとはいかないが、それでもすごいと思うよ。きみは器用だなあ」
頭の上にいるツバメの羽をぱさぱさ動かす。
俺があれこれ試した結果、無造作の土玉よりもツバメの姿をさせたほうが飛距離も速度も出せることがわかった。体感としてどちらも二倍だ。意識せずともツバメを出せるようにするのが俺の目標。動かしているのはついでみたいなものかな。あと考えてるのは他属性の付与。弱いなりにこつこつやっていこうと思う。
ただこのツバメ試験で悲しい事実にも気付いてしまった。俺、同時多発で魔術出せない。ひとつずつしか出せない。いくら頑張ってもダメだった。
いいんだ。ひとつを次々に出せばいいんだから。
別に悲しくなんてないよ! ふん!
さて広大な10階をエリアを順に探索していったら、何やらブタ男が作ったであろうモノと遭遇してしまった。それは他と同じような横穴に封をするよう石でできたドア。穴自体は縦横2メートルないぐらいで、両開きのようにふたつの石板が並んでいた。よく見ると扉の表面にはなにか文字のようなものが刻んである。なんか祭壇に描いてあったのと似てるな。
「やけに頑丈そうな扉だな。奥はなにがあるんだ」
「俺がドア付けるなら、処理がめんどくさいヤツ集めて外から見えないようにだな。デカいごみとか」
「たしかに」
アベルと俺の会話に女性陣が引き気味の視線をおくってきた。え、そんな変なこと言ってないよね。
「ブタ男くんが作ったなら無意味ではないと思うんだが……この扉はどうやって開くのかな」
「取手もなにもないですわね」
俺は持っていた手帳に文字のような図形のようなそれを書き込んでいく。実は祭壇の魔法陣みたいなのもメモってある。職業柄そういうの大事だよね。
「よくてお宝、次点で粗大ごみ。最悪なのは魔物でしょうか。地下へつながる通路の可能性もありますね」
フローラのまとめに全員がだまりこむ。厄介な魔物閉じ込めてる可能性も十分ありそうだ。
「……開けないという選択肢はないね。どうしたらいいかなアベルくん」
チャロアイトさんは俄然やる気だ。
「戦えそうなら倒す、無理そうなら逃げる。手強い魔物が出てきてもひとまずブタ男の家まで逃げられたら籠城戦に持ち込めるだろう。ココポ、扉のなかの気配は探れるか」
「うーん……ちょっと難しい。でも、殺気立った巨大な魔物が目の前に控えているってことはないかも。すごく静かなんだ」
大きな耳を壁につけて探っているが、あまり手ごたえはないらしい。
「つーか、そもそもこれ開くのか?」
アベルが扉に手を添える。軽く押していたがびくりとも動かない。剣の鞘で叩くと軽い音が返ってくる。この扉、厚みはなさそうだ。だとしたら押すなりなんなりで動かせそう。そう判断したアベルはひとりで色々やっていたけれど結局扉は一ミリも動くことはなかった。
「俺が男のままなら壊すってのもアリだったろうけど、女の子になっちゃったからなあ」
重たいハンマーでガンガンやったら壊せそう。するとアベルが口をとがらせた。
「どうせ俺はそこまで力ねえよ。悪かったな」
「すねんなって。おまえはイケメンだからいいだろ」
「すねてないしべつにイケメンじゃない」
立派にすねてるぞと思いながら無意識に手を扉にやったその時だった。手のひらに魔力が吸い込まれるような感覚。ハッとして目の前を見ると扉に描かれていた文字がなくなっていた。全身の血がどくどくと沸き立つ。光の幕にさわった時と似ている感じがした。何が起こったかよくわからない。手のひらを見つめても特に変わりはなかった。
「……シュルスくんが触れて様子が変わったぞ」
アベルが再び扉を押す。するとギギギという不快な音とともに、石の扉が少しだけあいた。中はまっ暗で足元にひやりとした空気が流れてくる。
「考察はあとまわしにして今は中をあらためよう。アベルくん、たのむ」
ココポに中の気配をさぐってもらうと、離れたところに何かいるとのことだった。それも複数体。アベルは俺たちに離れるよう言い、扉の片側だけを押し込んで通路を確保する。なかは相変わらず真っ暗だ。
「……階段がある。下へ続いているようだ」
「すみません、匂いが独特で鼻があまり効きません。魔物がいてもよくわからないかも」
「わかった、慎重にいこう」
階段はブタ男お手製だろうか。基本的にダンジョンにはこういった人工物はないので誰かが作ったことには違いない。
のぞき込んでも数歩先しか見えないほどの暗闇。チャロアイトさんの眉がぐっ寄る。
「思ったより視界が悪いね」
一応ダンジョン探索の必須道具として各自ランタンは持っている。それぞれ準備が完了するのを待ち、全員で慎重に進むことにした。先頭はアベル、次にココポ。チャロアイトさんと俺がそれに続き、フローラとセルフィナが最後尾を務めている。
道幅は広くない。緊張で汗ばむ手をにぎりしめながら、俺たちはゆっくりと階段をくだっていった。
そして五十段ほど降りたとき。
「止まってください」
強張った声でココポが皆を止めた。
「……音がする。虫の魔物。かなり多いです。これは……岩ムカデと似た匂い?」
うっわあ。岩ムカデかあ。みんなイヤだろなあ。そう思ってみんなの顔色を伺うと案の定ひきつっていた。みんな超がつくほど苦手だもんな。それこそ生理的に受け付けないってやつ。
人って大人になると昔平気だったものが受け付けなくなることがあるんだけど、その筆頭が虫じゃないかと俺は思う。
俺だって別に好きじゃないけど、他のみんなほどじゃない。だから今までこういうシーンは俺が率先して倒してたんだけど……うーん、今回はどうしよう。アベルから剣借りてもうまく使えなかったら危ないしな。
「シュ、シュルスさん……!」
あ、フローラが今にも泣きそう。
どうにかしてやりたいのは山々なんだけど。ここが暗いのもダメだな。余計に不安を煽ってる気がする。
そう考えた俺は手に上にぽぽぽぽんと火の玉を十個ほど出して辺りに放った。ローソクくらい小さな火だから、周りが明るくなればなって良心からだった。
それが地獄の始まりだとつゆ知らず。