11話 折り合いの付け方
夜番のはじめ。俺とココポはふたりで火を囲んでいた。
「もう少し威力が上がらないかなあ」
俺は手の上のツバメを見て肩を落とす。めいっぱい羽を広げた姿でもそんなに大きくはない。相手の目つぶしだけならこれくらいで十分なんだけど、もっと硬くできたらもっと大きくできたらと、ないものねだりがすごい。
「魔術で作り上げるエレメントの量は基本的に初期と変わらないって聞いたことあります」
「あるものでやりくりするしかないか」
ココポが俺の代わりにしゅんとしてくれた。俺が内心がっかりしたのに気付いたんだろうな。人の気持ちに気づける聡い子だ。
「あ、あの時、シュルスさんすごかったですよ。見たことない魔術がしゅばっと出てきて、あっという間に決着つきました!」
「はは、アベルがすごいからな。でもありがとう。ココポの言葉にはほんと救われるよ」
俺が笑ったのを見てココポも笑ってくれた。それから地面を見つめ、先ほどとはまたちがう憂いのある表情をうかべる。
「ボクも戦わなきゃいけなかったんです。男だからみんなを守らなきゃいけないのに……ゴメンなさい」
悲しそうにスンスンと鼻を鳴らす。
「みんな役割があるんだよ。ココポはちゃんとやってる」
俺からしたらココポが不安に思うようなことは何もないけど、やっぱりみんな大なり小なり悩みはあるよな。
「ココポの索敵能力は大したものだよ。今日だってオークが来る前にきちんと教えてくれた。俺らにはできないことだ。それに運動能力が高くて、瞬発力はパーティーでいちばん。ココポがいたら道に迷って帰れないってことがないし」
獣人はあらゆる種族のなかでいちばん性差がはっきりしている。見た目や性格、立場なんかが男女でバッキバキに分かれるそうだ。そして強い者が正義の脳筋思考、さらに家族や仲間を作って守っていくことが目指すべき姿というのが共通認識らしい。一部では群れを形成できない男やハーレムに入れてもらえない女を『ひとりオオカミ』と揶揄する文化もあり、ココポはそれでいうひとりオオカミだったそうだ。幼いころから見た目や性格で苦労して、逃げるようにこの国へ来たと聞いている。
ココポは俺の本心に嬉しそうに笑った。けれど、やはりまだ影が残る。ココポ自身は確かに逸材なのに、自分のなかにある価値観と照らし合わせて不甲斐ない存在だと思っている気がする。
「……まあ焦るもんは焦るよな。俺も人から『よくやってるよ』とか言われても、自分が納得できてないから不安は完全になくならないもん。言われたことは嬉しいしちゃんと自分の糧になるけど」
こればっかりは仕方ない。
「どうにかしなきゃっていう焦りは持ってていいんだよ。言い換えればそれは向上心だから。重要なのは『じゃあ具体的にどうしたら』ってのを突き詰めていくことだと俺は思ってる」
そうしたら必要以上に焦ったり不安になることはない。自分に問いかければ自然と答えがすぐ出てくるし、やるべきことが分かっていればあとは行動すればいいだけだ。自分で解決できないことは悩んでいても仕方がないしな。あくまで俺の考え方だけど。
「みんなココポのこと頼りにしてる。焦りすぎずにゆっくりいこう」
「……シュルスさん」
あわわ、ココポが泣き出してしまった。どうしよう。俺はあわあわしながらココポが泣き止むのを待つことしかできない。でもなんだろう。泣いてる子を見てるとどうしても気持ちがムズムズしてきて……
「大丈夫か?」
俺は気付けばココポの背中を撫でていた。庇護欲はもちろん刺激されてると思うんだけど、なんか男の時とはちょっと違うような。寄り添いたいっていうか、ほっとけないというか。
「……大丈夫、です。シュルスさんが優しいから、僕、うれしくて」
涙を浮かべたココポの笑顔はかわいかった。男の子につかう言葉じゃないかもしれないけど実際かわいいから仕方ない。獣人の世界じゃこれが受け入れられないんだろうな。かわいいのに。あ、女の子がやたらかわいいって連呼する気持ちがわかったわ。かわいいもんはかわいいな。
それから俺たちはどうやったら強くなれるかなんて話をしながら夜の時間を過ごしていった。ちょっとずつでも筋トレをしようとか、自分たちでも扱える武器はなんだろうとかをだし話し合ってとても充実した時間を過ごすことができた。
◇
アベルとの夜番はあまりに穏やかで途中から寝ていた。昼間の疲れもあったと思う。
「おい、もうすぐチャロアイトが来るからそろそろ起きてテントへ行け」
頭を小突かれて体を起こし、眠たい目をこする。
「女子テント行きにくい……」
「また男テントで寝たらセルフィナがうるさいぞ」
「はあ、たしかに。おまえが俺の女体にドキドキして寝れなかったら悪いしな」
ぐうっと伸びをするとあきれ顔のアベルが目に入った。
「爆睡する自信はあるが?」
「ふっ、強がるなよ。俺はこんなにもスタイルいいし顔かわいいんだぞ」
「中身がおまえの時点でナシだろ」
そんなもんか。
アベルは心底あきれたような目で俺を見下ろす。そして小さく吐息をこぼした。
「……意外と女を受け入れてんだな」
なんだなんだ、おまえがそんな顔するなよ。そんな捨てられた仔犬みたいな。尊敬する兄貴分がこうなってしまったショックはわかるが。
「拒否して男に戻れるわけじゃないだろ。男に戻れる方法がわからんのなら、現状女の体でやるしかない。それに男の時だって、おまえみたいな男前だったらとか運動神経がよかったらとか考えてたけど、俺は俺の体でやってくしかなかったし。女でも一緒だよ。おまえもかわいい俺を受け入れろ」
そして崇めたてまつれ。
決してブタ男のためのかわいいじゃないやい。
「……女ものの服着るか?」
「さあ。でも前の服はもう着れないし」
「下着は」
「それしかないなら」
「さっぱりしてんだな」
「気持ちが追いつくか不安だよ」
「男に惚れられたら?」
「お断りだろそんなの」
「じゃあ女に惚れられたら」
「あるわけないじゃん。やめろよ悲しくなる」
突っかかてくるのはきっと寂しいからだろう。だいぶ心労かけてしまったようだし、ちょっと拗らせてんだろなあ。俺は立ち上がってアベルの頭をくしゃくしゃとかき混ぜた。
「色々心配してくれたんだな。ありがとよ」
「やめろ」
「遠慮なすんなって。年上の余裕を受けとれ」
「……」
「おまえはよくやってるよ。さすがだ」
「……まあな」
そんなことをしているとチャロアイトさんが来たので俺は二人に声をかけてからテントへ引っ込むことにした。
背徳感満載で足を踏み入れる。静かに寝息を立てているフローラとセルフィナがいた。そのまんなかにぽっかりスペースがあって、ここに寝ろと言うことらしい。
「お、おじゃまします……」
おそるおそる体を横にする。どっち向いても犯罪をおかしている気になるので体は正面を向けたままさっさと目を閉じた。心臓がどくどく早鐘をうってるけどもはたしてこれは眠れるんだろうか。ちょっと腕が触れてしまって「シュルスさんのスケベ! ヘンタイ!」と罵られる事態にでもなったら俺は生きていけない。
ふぅーと細い息を吐きながら気持ちを落ち着かせる。その時にふと思った。なんか、女の子っていい匂いするって言うけど、男テントとはやっぱり違うな。心地いいっていうのかな。
そう考えているうちにとろとろと眠気が襲ってきて、気付けば朝までぐっすり寝ていた。
朝起きたら目の前にフローラの寝顔があった。
寝ている間に向かい合わせになっていたようだ。かわいいなあとしばらく魅入っていたのは内緒である。