10話 俺かわいい
「はあ、オークのとこまで届いてよかった」
砂ツバメはただの目つぶし。なんて姑息な技だ。でもいいんだよ。小さくとも勝ちの布石になったのなら。結果オーライ。魔術万歳。
「シュルス」
「あ、アベル」
俺はいつものように手を上げた。うまく連携がとれた時に浮かれてやるハイタッチだ。
アベルは一瞬目を見開いた。でもすぐにそっぽを向きつつも器用に手のひらをパンッと合わせる。横顔がちょっとだけ嬉しそうだった。もう素直じゃないんだから。
「アベルさん、お疲れさまでした。いま回復をかけますね」
「助かる」
ふたりが並ぶと絵になる。
セルフィナは美人だしチャロアイトさんも少女的なかわいさがあるけど、しっくりくるのがこのふたりっていうか。将来結婚するんだろうなって勝手に思ってる。
「うーん、シュルスくんは器用だなあ」
「アベルとタッチするだなんてどうしてそんな羨ましいことが出来るのかしら元が男だからって距離感おかしいんじゃありませんかもしアベルが——」
「あはは、セルフィナくんは愉快だなあ」
なんか怖い会話が聞こえるから離れとこーっと。
さっき俺たちを襲ってきたのはオークという魔物。見た目だけはブタ男にそっくりだった。もう動かないそいつを観察するためにチャロアイトさんが近付いていった。助手の俺もそれについていく。
「チャロアイトさん、このオークってやつは頭いいんですか」
「魔物の中ではいい部類に入る……かな? さっきも見た通り武器をもち、時に集団で人を襲う。もしかしてきみが言っていたブタ男くんはオークだったのか」
「たぶん。でも見た目は同じだけどブタ男とは全然ちがいます。あいつはもっと理知的だった」
猿と人くらい違う気がする。
「……ふむ。もしかすると特異種だったのかもな。オークはこの辺りに生息していてブタ男くんもそこで生まれたが、同種とは知的レベルが大きく異なり意思疎通も難しく、それで10階へ移動したとか。彼の家にあった家具や食器には木製のものがあった。その素材はこのフロアのものだと思われるし、行き来があった可能性はある」
口を動かしながらもチャロアイトさんの手は止まらない。外見のスケッチが完成すると注釈をあちこちに入れていく。前から思ってたけど絵がうまいなあ。
「そうだ。きみはまだ自分の姿を見てないだろう。ちょっと待っててくれ」
そういうとチャロアイトさんは次のページにさらさらと筆を走らせた。
「ほい」
「うわあ」
これが俺?
近くにいたアベルを捕まえて絵を見てもらう。
「これ俺に似てるか?」
「似てるな」
うわあああ。俺ってかわいいなあ。
ノートに描いてあったのは肩口までのふわふわした髪の少女だった。大きな瞳に控えめな鼻と口。ほっそりした女の子のカラダ。少したれぎみな目元とかは面影を微妙に感じるけど、すっかり変わってしまった。
「おまえも俺のことかわいいって思う?」
「…………まあ」
なんだよその間は。即答しろよ。それともアベルの好みじゃなかったか。ああそうか、しっとり豊満ボディが好きなんだったコイツ。なんてスケベなんだ。
でもまあ否定しないってことはいざとなったらアベルにも通用するんだろう。よくある買い物に行ったら「お嬢ちゃんカワイイからおまけしてあげるよ」なんて言われる事があるかもしれん。ふっ。勝ったな。
俺の内心を読み取ったのかアベルが小さく口を尖らせた。
「なあチャロアイト。なんでこんな男たぶらかすような姿になってるんだ。都合よすぎんだろ。納得いかねえ」
たぶらかすって人聞き悪い。でも確かに言われた通りだ。性別が変わっただけなら顔はもっとあっさりしてるはずだし、体格だって背の高い筋肉質の女子になってもよかったはずだ。
「ふーむそこは私もいろいろと仮説を立てているんだけど」
チャロアイトさんの瞳がメガネの奥でキラリと光った。
「……例えばだ。ブタ男くんは頭もよく、ものすごい魔術の使い手で、文化的な生活を送るための技能が色々あった。でもつねに孤独に苦しんでいた。仲間は暴力しかないアホばかりで他の魔物も相手にならないなら、彼は話し相手が欲しいと思うのが自然だよね。友だち以上のことができる相手ならなおいい」
「それってどういう……」
イヤな予感がする。続きを聞くのがこわい。
「つまりきみはブタ男くんの伴侶となるべく肉体を改造されたってことさ!!」
「うわーこのかわいい姿が途端イヤになってきた」
口から魂が出ていきそう。
「……ブタ男の嫁?」
おいそこ引くな。泣くぞ。
◇
オークを倒したあともしばらく調査を続け、途中で襲ってきたスライムやキバネズミなどの小型魔物はアベルひとりでなんなく倒していた。俺の砂ツバメも活躍することなく平和だった。……うん、平和なのはいいことだよな。
「よし、今日はここらで引き上げようか」
「了解」
俺たちは目印をたどりながら元きた道を戻っていく。木々を抜け、10階へ続く穴を降りていった。
拠点に戻ったらまた夜番に付き合いながら魔術の練習しようかなと考えていた。もう少し土玉の体積や強度を増すことができたら、パーティーに貢献できる気がするんだ。
しかし予想外のことは常に起きるもので、みんなが集まる夕飯の席でフローラがとんでもないことを言い出した。
「シュルスさんは女の子なんですから、女子用のテントで寝るべきです」
「えっ。で、でも俺」
焦る俺をよそにセルフィナも口を出す。
「私もそう思いますわ。アベルと間違いでも起こったら大変ですもの」
「いやそれはさすがにないだろ」
いくら外見が女でも中身は俺だぞ。だから俺は女の子と同じテントで寝たくない。手を出すわけじゃないけど、それこそ何か間違いが起こったら大変だし。あと単純に居心地悪いし。
「なあフローラ、信頼してくれるのは嬉しいけど。中身は俺だからな。ちゃんと男だから」
なぜかフローラの顔がみるみる赤くなっていった。気持ち悪いこと言っちゃったかな。でも本当のことだし。フローラへの淡い恋心なんてのは昔にキレイさっぱり昇華させたから今さらどうこうなりたいって気持ちはないけど、それも今後絶対ないとは言いきれないし。
「やっぱりやめるか?」
「……っ、いいえ……一緒に寝ますっ」
うーん意志が固い。
セルフィナは俺とアベルが別ならそれでよくてチャロアイトさんはあんまり興味なさそう。男たちからも特に異論はでないし、今日はどうあっても女子テントで寝ることになりそうだ。
今日もチャロアイトさんが夜番に出てくるまで起きてようかな。