『覚の結晶』と、その代償
お試し投稿part7です。
唐突なシリアス回。
応接室を出た私は、取りあえずトイレに駆け込みました。熱でも出たかのように体が熱いのですが、何故か怠さなどは一切無く、むしろ心地よく感じました。しかしトイレにつき鏡を見ても、顔は紅くなっていませんでした。どうやらスティング様にはバレていないようでした。
「(よかった…)」
と言おうとした時、体の異変に気付きました。声が出なくなってしまったのです。喉が枯れているわけでもないのにです。でも、異変の原因はなんとなく分かっていました。明暗さんから貰った、『覚の結晶』です。体が熱くなったのも、恐らくこれを食べたからでしょう。しかし、こんなことを考えていても現状は変わりません。解決策がない以上、諦めて応接室に戻るしかありません。風邪で喉が枯れてしまったとでも言い訳しておけば大丈
「レンジア様、大丈夫ですか?」
……想定し得る中で一番最悪の事態が起きてしまいました。メイドたちの誰かならまだしも、スティング様が私を呼びに来てくださるとは。スティング様が来てしまったのならもう手詰まりです。喉が風邪で枯れてしまったと言って、今日の顔合わせは終了しましょう。扉の前に行くと、ふいに頭のなかにスティング様の声と一緒に文字が浮かんできました。
『俺に挨拶しただけでトイレ行くとか舐めてんだろ!』
『せっかく俺専用の牢屋に閉じ込めて遊んでやろうと思ったのに』
『すぐに風邪引くくらい体が弱いんなら食べ物与えないで放置した方が閉じ込めるよりも面白そうだな』
………………何ですかこれ。私、せっかくいい方と婚約出来ると思っていたのに。これじゃあ、死にに行くようなものじゃないですか。嘘だと思いたいですが、感覚で分かってしまいます。これは紛れもなく、スティング・ハイビスリアの心の中なのです。『覚の結晶』の効果は恐らく、心を読めるようになる変わりに声が出せなくなる、といった物だったのでしょう。声が出たとしても声を出したくなくなる、だから明暗さんはデメリットはないと言ったのです。
「レンジア様ー?大丈夫ですか?お医者様を呼んで来ましょうか?」
頭が真っ白になりました。いつもだったら考えないであろう、現実からの逃走を決行するくらいには。
「やっと出てき ま し た ね だ い」
もう声なんて聞こえません。聞きたくもありません。走っている最中も、メイドや執事たちの声が頭の中に入ってきます。
『この仕事、やめたいなぁ』
『せっかく玉の輿に乗れると思ってメイドになったのに、散々ですわ!』
『いっそ王家の食事に毒を盛れば、私の天下になるのでは………』
もう、人の心なんて見たくありません。
『ハイド様がまた外交関係で問題起こしたから、後処理しなきゃ……』
『レンジア様のメイドにだけはならなくてよかった……』
『また国王の野郎問題起こしてんのかよ!ふざけんなよ!』
本音なんて聞きたくありません。
『また奥さまのドレス盗んでやったわ!いい様ね!』
『レンジア様がなんか走ってんの滑稽で面白いわね!』
あたまが
おかしく
なって
しまい
そう
で
す
『皇太子と顔合わせしているレンジアは大丈夫だろうか…』
お父様です!お父様ならきっと……
『レンジアを嫁がせて隣の国と国交を広げられれば私の計画が実行出来るはずだ!』
お父様…………?私は…、お父様の、道具だったと
い う の で す か ?
次回、『「邪正明暗」という男』(予定)です。
お楽しみに。
あと、作者にスティングのような趣味は無いので悪しからず。