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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

卒業祝い

作者: たかせまこと

 卒業祝いをしよう。


 そう言ったのは僕の方。

 君はこの春に大学を卒業して、社会に出る。

 二人で並んで歩いていると、その関係はいいとこ親戚のお兄さん。

 下手したら親子と間違えられる僕たちは、ほとんどの時間を、他人に介入されない「巣の中」に籠って過ごしてきた。


 けれど、卒業だからね。


 君は「祝いなんていらない」と言い張っていたけれど、言いくるめた。

 普段は使わないような郊外のリゾートホテルを手配しての、小旅行へ行こう。

 きちんとしたテーラーで、僕の好みで、君のためにスーツを一式仕立てよう。

 もちろん靴やネクタイも、替えのシャツも一式、全部揃えようね。

 スーツはね、ここぞって時に着るといいよ。

 もったいない気がするかもしれないけれど、そういう特別なものがあるというだけで気持ちが違ってくるんだよ。

 靴は二足あるから、きちんと手入れをして交互に履きなね。

 シャツは白だけではなくて、君の顔が映える色も入れておいた。

 アイロンをかけられるなら家で洗ってもいいけれど、出来れば腕がよくて安いクリーニング店を見つけておいた方がいいよ。

 プレスされているシャツは気持ちがひきしまるし、きちんとした人に見えるから。


「ここまでしなくてもいいよ」

「何故? 新社会人になるんだよ? こういう時じゃないと、きちんと揃えないでしょう?」

「そうだけど……」

「僕が君に何かしたいと思うのは、迷惑?」

「そうじゃない。ないけど、なんかすごく、ガキっぽくてやだ」

「そうかな……」

「だって、あなたは俺の親じゃないし、俺はそれなりに自分で自分のことはできるよ」


 全て僕が賄っての贅沢は、そう言って嫌がる君だけど。

 理由があるときくらいは目一杯出資させてくれてもいいと思うんだ。




 だって、卒業祝いじゃないか。




 君は肩がこるとぼやいていたけれど「これも経験だよ」そう言って、ホテルのレストランで正式なディナーを食べた。

 ねえ、これからはこういう機会も出てくるのだから、場に慣れておくのは大切だよ。

 そこで気おくれしてしまうような相手と、ビジネスをしようとは思わないからね。

 正しいテーブルマナーを身につけているかどうかより、それなりの振る舞いができるかどうか、それを測られていると思った方がいいよ。

 僕が取引先の人間なら、そこをチェックするね。

 ナイフやフォークの使い方の正しさよりも、怖気づいていないか他人を慮れているか美味しく食事ができているか、そういうところを見るよ。


「でもなんか、緊張して味がわからない」

「そう? 上手に食べられていると思うよ」

「あなたの真似してるだけだ」

「ん?」

「使う道具とか、使い方とか。今、この場で、必死であなたのを見て真似してる」

「そうなの?」

「俺ががっついてたり、行儀が悪かったら、連れのあなたまで白い目で見られるじゃないか」

「それが大事だと思うよ」

「そうかな?」

「うん。それを繰り返しているうちに、使い方なんて覚えるものだし。マナーなんていうのもね。大層な決まり事じゃなくて、基本は快不快が基準で、一緒にいる人に対する気遣いだから」

「あなたはとても慣れているよね」

「それなりに場数を踏んだからね」

「そういうもの?」

「そういうもんだよ」


 なんだかね、最近はヒギンズ教授の気持ちがよくわかるようになってしまったよ。

 以前はイライザの気持ちがわかると思っていた。

 歳を重ねるって、こういうことかな。

 君と見たことはなかったっけ『マイ・フェア・レディ』。

 僕もリバイバル上映で見ただけだけれど、いい映画だと思うよ。

 のびのびとしていて、すがすがしい。

 君の雰囲気に触れた時と、同じような心持がした。





 それでもね。

 ホテルのランクに関わらず、部屋に入って二人きりになれば、行われる行為は同じ。

 お互いの体温を分け合って貪って、溶け合いたいと望みながら、叶わぬ夢を見る。





「好きにしていいよ」

「してるよ?」

「もっと。もっと好きにしていいよ。いつもしているような我慢なんて、しなくていいよ。君の思うようにしていいよ」


 キスの合間、触れるか触れないかの距離で、囁いた。

 君はいつもセーブしていたでしょう。

 僕には仕事があるからと。

 自分の思うがままにふるまって、僕に負担がかかってはいけないと。

 でも、今日はいいよ。

 君の心ゆくまで、僕を好きにしてくれていいよ。

 時間はたっぷりとある。




 君の卒業祝いだから、ね。




 僕の言葉に君が煽られたのは、わかっている。

 シャワーも浴びないままに、大急ぎではぎ取られた衣服。

 本当に食われるかという勢いで身体をつなげた。


 可愛い君。

 本当に可愛い、愛しい人。


 落ち着いたところで、二人で風呂に入る。

 部屋風呂といったって、マンションの風呂みたいなものじゃなくて、ジャグジーのついている二人でもゆったりと入れる浴室。

 ラブホテルのように気持ちが落ち着かなくなるようなガラスや鏡は置かれていなくて、本当にくつろげる内装の。

 半分くもりガラスの大きな窓からは、遠くの夜景が見えている。

 くすくすと笑いながらお互いを洗って、湯船で身体を温めて、のぼせそうになりながらキスをした。


 風呂上り、バスローブを使えばいいのに、君は落ち着かないからと腰にバスタオルを巻くだけに留める。

 その方がいつ落ちるかと心配で落ち着かないのは、僕だけなのかな。

 僕はふかふかのバスローブを身にまとう。

 部屋の冷蔵庫から水を出して二つのコップに注ぎ、ソファに身を収める。

 ホッと一息つく僕を見て髪にキスを一つ落とすと、君は興味津々といった様子で、部屋の中を探検しはじめる。


「ラジオ、つけていい?」

「ああ……そうだね、君が心もとないなら、つけてもいいよ」

「じゃ、つける」


 君は音がしないと落ち着かないんだという。

 どちらかの家にいる時は、テレビがつけられていることが多い。


 以前ラブホテルを使った時に何となくテレビを点けたら、男女の絡みが大画面に映し出されて居た堪れない思いをした。

 あざといまでにあげられる声と乱暴な言葉。

 お互いの気持ちがあって、柔らかなまろみを帯びた身体を持った女の子が自分の下で嬌声を上げているのは好ましいかもしれない。

 けれど。

 男の支配欲を刺激しようとしたつくりの映像にうんざりした。

 それから、自分があの立場で、君の体に組み敷かれて野太い声であられもない声を上げていたのかと思うと、やるせなくなった。


 それ以来、何となく外ではラジオをつけるようにしている。

 早口で意味の分からない横文字を使うパーソナリティの番組や、騒音かと間違えるような音楽が流れる番組にあたったとしても、居た堪れない思いはせずに済むのだから。

 君はチューナーを操作して、番組を選ぶ。

 言葉が聞き取れるかどうかの音量でかけられるラジオ。




 こんな小さい音でもいいから、音がしていないと心もとないなんて、心配になるほどに寂しがりだね、君は。




 君が選んだラジオ局は、僕にとっては慣れ親しんだ雰囲気のもの。

 ゆったりとした話し声と、ハガキの紹介と曲の紹介。

 そして時期的なものなんだろう。

 流れてくる、卒業ソング。

 それも、ホントに僕にとっては懐かしい、昭和のころのものばかり。


 あの頃は、携帯電話もスマホもなくて、パソコンは大きくて高価で、通信サービスはややこしくて。

 基本的に連絡は家の固定電話だった。

 卒業して別の道に進めば、余程お互いが望まない限り……互いに望んで努力しない限り、年単位での音信不通なんてよくある話だった。

 だから、卒業は、本当に別れで、旅立ちだった。


 机にイニシャルを刻むように、何かに自分の存在を刻んだり。

 胸のボタンを欲しがったり。

 万感の思いで握手をしたり。

 できない約束を微笑みで断ったり。

 それが僕たちの感覚での、卒業だった。


 今はどうなのかな。

 最近の曲は君と一緒の時にテレビで見るくらいだけれど、とてもさわやかだよね。

 前向きで寂しさは少しだけで、新たな生活に向かっていこうって、そういう心意気にあふれている。

 そんな気がするよ。

 今の君も、そんな卒業を終えてきたのだって、そういうすがすがしい感じがするよ。




 いざ、旅立ちの時、だね。




「変なの」

「何が?」

「そんなに寂しがらなくてもいいのにって思うんだけど……」


 ほらね。

 君は耳で拾った歌詞に不思議そうな顔をする。


「そうだね……その時はせいせいするね。けれど、卒業は寂しいものだよ」

「卒業式で泣かないでもっと大事な時って、なんだろうね」

「大事な人との決定的な別れじゃないかな」

「何で別れるの?」

「え?」

「どうして卒業すると別れにつながるのか、俺には解んないんだけど」」

「そうかな」

「この歌のころはわからないけど、今は連絡手段なんていくらでもあるし、その気になれば続けることはできると思う」

「色々と変わってしまうからね。自分一人の思いだけじゃどうしようもないことが出てくるんだよ」


 君の顔を直視できなくて、目を伏せる。

 僕は笑えているかな。

 君は僕の思惑に気が付いてしまっただろうか。


「あなたも、そう思っているの?」

「え?」

「卒業したら別れるの?」

「そういうのは致し方ないと思うよ」

「いやだ」

「ねえ」

「いやだ。俺を捨てないで」

「捨てないよ。別れないよ。そんなつもりなら、こんなに張り込んで卒業祝いなんて、するわけないじゃないか」


 僕の手から水の入ったコップを取り上げて、君は僕を抱きしめる。

 大丈夫。

 そんな縋り付くように抱きしめなくても、僕はちゃんとここにいるよ。

 それにねえ、君は気が付いていないでしょう。

 どんどんと変わっていくのは、君ひとりなんだよ。

 僕は変わらない。

 例えば昇進したり転勤になったとしたって、今までと同じように、職場と家の往復だ。


 捨てられるとしたら、僕の方。


「何処にもいかないで」

「行かないよ」

「俺のそばにいて」

「いるよ」

「抱いてもいい?」

「いいよ。君の好きにしていいよ」


 どれだけでも、君の好きにしていいよ。

 だって、ねえ、君の卒業祝いなんだよ。


 愛しい人。

 君の人生に、僕を刻みつけよう。


 君を抱きしめていくよ。

 いつまでかはわからないけれど。

 君が僕を望む限り、僕は君の手を離さないよ。





 卒業、おめでとう。




<END>

今回のお話は、BGM


斉藤由貴『卒業』

菊池桃子『卒業』

柏原芳恵『春なのに』

松田聖子『制服』

荒井由美『卒業写真』     で、お送りしましたvv(ちょっぴりラジオ風味に)


キャラのどちらに共感できたかで、年代がバレちゃうお話となりましたが、楽しんでいただけたら、幸いです。


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