五
「おめえは後ろに回りなッ。――一年ッ、俺がいいって言うまで下がってろ!」
泰樹は口早に指示を飛ばし、敵の眼下に詰め寄る。
牛頭型が両手斧を左の肩越しに振りかぶった。
――【弾攻構】
吹き荒れた重大な刃。
泰樹はその太刀筋に、盾のように構えた右腕を突き出した。
ガアン! と鳴り響く、耳をつんざくような金属音。
泰樹の体は微動だにしない。
代わりに斧が、握られたまま明後日の方向に弾かれた。
「なんだ今の……!」
雅久が見開いた目をまばたかせ、
「さっきのヘイゾウステップとか今のとか」
湊輔に顔を向けた。
かなり真面目そうな表情を。
「あの柴山先輩、人工人間だったりするんじゃねーの?」
湊輔はため息をついて肩を落とした。
「ヘイズステップと人造人間、だろ」
「はっ、わざとだよ、わざと」
だよな。
てかボケすぎだろ。
「ねぇ」
湊輔はどきりとした。
後ろにいた有紗が声をかけてきたから。
雅久と一緒に振り向く。
「下がってろって、前に出なければいいのよね?」
「え……」
湊輔は言葉に詰まった。
切れ長の目が、確かに自分に向けられていて。
途端に体が熱くなる。
そんな状況ではないはずなのに、心拍が跳ね上がって、早く、なにか答えなきゃ、と焦り出す。
「ま、まあ、そういう捉え方も、できなくはないけど――」
「それなら――」
有紗はおもむろに矢をつがえ、狙いを定めた。
「え、いや、でも……」
「援護射撃よ。早く終わらせたいから」
――【槍高跳】
有紗が最初の質問をしたとき。
牛頭型の背後で、巧聖が長槍の石突を地面に突き立て、高々と跳び上がった。
わずかばかり体勢の崩れた巨影の頭よりさらに高く。
「泰樹さーん! 左に押しますよお!」
宙に舞う巧聖の声が降ってきて、湊輔が「大丈夫」と答えたと同時、弦音が鳴った。
有紗の放った矢は牛頭の右の頬に突き刺さり、牛頭型が怯んで頭をのけ反らせた。
「おおおッ!?」
巧聖が驚きつつ、間近に迫ってきた巨影の後頭部めがけて長槍を払った。
鈍い打撃音と共に、牛頭が左半身側に弾ける。
それに引っ張られ、巨体が左に揺らいだ。
――【霞脚】【疾破撃】
泰樹がすかさず超速を発揮し、巨影の左脚に肉迫する。
体の輪郭が露わになると、刀身を肩にかつぐような構えを取っていた。
左腕を引き、ひねられた体の勢いに乗せるように得物を握る右腕を振り下ろす。
放たれた袈裟斬りは、標的に深々と爪痕を刻み込んだ。
そして矢継ぎ早に――
――【終一閃】
左腰に据わった白銅の剣を抜き放つ。
真一文字の一閃が、飛沫のように爆ぜた。
牛頭型の体が左に沈み込む。
「ひゅーッ、さっすが泰樹さんッ」
と巧聖が着地しながら感嘆するのと同時、巨影の左の蹄が大地を踏みしめた。
「うっそーん……あ、泰樹さん手加減したっしょ!?」
「るせえ。たりめえだろ」
巨影が傾いた時点で後退していた泰樹は、背後に控える三人を肩越しに見る。
なにか言いたげに口を薄く開くものの、牛頭型に向き直りながら、
「いや、よくやった」
とつぶやいた。
「おい湊輔、荒井先輩もなんかすげーぞ!」
雅久が前線と湊輔を交互に見ながらはしゃいだ。
「普通あの長さであんだけ跳べるわけねえって」
「うん……まあ、確かに?」
湊輔は生返事した。
正直よく分からない。
陸上競技とか見ないから。
「荒井ッ、潜り込んで炸火砲だッ」
「はいよッ。合図お願いしますねぇ……!」
巧聖は牛頭型の死角に移動し始めた。
泰樹は次々と降りかかる重大な刃を、超速でくぐり抜ける。
腕を盾のように構えて打ち払う。
攻撃の合間に隙を見せた巨影の足下に潜り込み、白銅の剣を閃かせた。
「なあ湊輔、俺らの出番まだか?」
雅久がカンカン、と短剣で大盾を打ち鳴らした。
「たぶんあれ、ヘイト稼ぎみたいな感じだろ」
湊輔は眉をひそめながら答えた。
敵の前に立ち、敵の注目を集める。
実際、今一番牛頭型に攻撃しているのは泰樹だ。
このまま倒してくれたらいいのに。
湊輔と雅久が話している間、有紗は立て続けに弦音を鳴らしていた。
牛頭型の動きが止まる瞬間を狙いすまし、矢を射る。
巨影にはすでに六本もの矢が刺さっている。
牛頭型が両手斧をめいっぱい振りかぶった。
「荒井ッ、今だ!」
泰樹の号令と共に、巧聖が走り出す。
同時、牛頭型の体がわずかばかり伸び上がった。
巧聖が左の足下に着いて構えた瞬間――
「あれぇ!?」
左に大きくよろめく巨影。
見据えた左脚が大きく離れたせいか、巧聖は素頓狂な声を上げた。
「なッ」
泰樹も呆気に取られて絶句した。
「マジかよっ。クリーンヒットじゃねえか」
驚嘆する雅久と一緒に、湊輔は肩越しに背後を見た。
渾身の一撃を叩きつけようとした牛頭型の右目に命中した、有紗の矢。
痛恨の一射により、巨影の体は左に大きくよろめいた。
「泉! やめろッ、もう射つなッ!」
泰樹が荒々しく声を張り上げると同時、牛頭型は大きく後ずさり距離を取った。
有紗は顔色一つ変えず、すでに引き絞っていた弓弦を緩めた。
牛頭型は右脚を踏み込み、体を深く前傾させた。
咆哮を放つように、あらん限りに開口する。
咆えているのか、それにしてはなにも響かない。
直後、両手斧が吹き荒れ始めた。
蹄が重厚な音を立てて地面を踏みしめるたびに、ブゥン! と野太い風切り音が一度にとどまらず、二度三度とうなりを上げる。
「おめえらッ、離れろ! ひたすら離れろッ!」
轟いた泰樹の怒号に、全身が激しく震えた。
湊輔は灰黒色の竜巻から遠ざかろうと振り返る。
雅久も有紗も同様で、一緒になって走り出した。
こっちに来る……!
って、まさか――
とはいえ、巨影の進行速度が速すぎる。
いや、踏み込む歩幅が、湊輔たちからすれば大きすぎる。
一歩ごとにに二メートル近く進む竜巻は、あっという間に泰樹を通り越した。
「荒井ッ、止めろおッ!」
「はいはーい!」
巧聖は得物を中段に構え、
――【迅風突】
凄まじい勢いで駆け出した。
砂ぼこりを巻き上げる姿は、まるで一陣の風。
灰黒色の左脚に急迫すると、
「そこぉ!」
長槍をまっすぐ突き出した。
「やっば……!」
直撃の瞬間、巨影の脚がちょうど持ち上がった。
穂先はその勢いに流され、本来与えるはずの威力を大きく削がれてしまったらしい。
牛頭型はなおも猛進を続ける。
「へへっ、だったら俺がッ……」
雅久が不敵に笑い、足を止めて反転した。
短剣をしまい込み、大盾の持ち手を両手で握り締める。
腰を落とすと、
「おら来いよ牛ヤロウッ!」
と叫んで挑発した。




