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 世界が横転していた。

 いや、湊輔の体がうつ伏せに倒れて、顔だけ横を向いていた。

 なにが、どうなってる?


 体を起こそうと、伸びた右腕を折り畳む。

 右手で床を押した瞬間、

「うぁぁぁ……!」

 背中の左側、肩甲骨あたりに鋭い痛みを覚えた。

 たまらず脱力し、また突っ伏す。

 おそるおそる首を回すと、剣が見えた。

 月白色に染まった自分の剣が。

 それは背中から胸、そして床まで貫通している。

 いわば(はりつけ)状態。


 ふと顔を前に向けた。

 いた。

 二人が見えた。


 タダマサが泰樹に馬乗りになっている。

 右手で鬼の形相を殴って、殴って、ひたすら殴り続ける。

 直撃のたび、ゴッと鳴る鈍い音。

 兜のせいで、表情はまったく見えない。

 だからか、振り下ろされる拳がことごとく無慈悲に思える。


 泰樹は最初、タダマサの拳に抵抗していた。

 しかし立て続く猛攻に戦意を削がれたか、徐々に弱まっていった。

 やがて、ただただ殴られるだけになる。


 タダマサはそこで殴るのをやめ、立ち上がった。

 すぐそばに横たわらせていた得物を持ち上げて。


「せ、先輩……」

 湊輔はかすれた声を漏らし、右手を伸ばす。


「柴山先輩……」

 いつも険しい表情をしている、頼もしく感じていた存在の名を呼ぶ。


「やめろ……」

 振り上げられた刃に懇願する。


「やめろおおおおおおおおおッ!」

 仁王立ちする白騎士に、悲愴な絶叫を吐きつけた。


(わり)いな、シバ。これが一番、手っ取り(ばえ)えんだ」


「ゴチャゴチャ……言ってねえで……とっとと、終わらせろ……御堂ッ……」


 泰樹が息も絶え絶えにうなった直後、反りのある刃が断頭台と化した。

 冷酷に微笑み、無情に首筋へと降りかかる。


「うあああああああああッ!」


 湊輔の叫喚が、聞くも無惨な音をかき消した。


 途端に揺らめく視界。

 現実へ、日常へと引き戻される。

 その最中(さなか)に見た。

 忽然(こつぜん)と現れ、白騎士に歩み寄る、あどけない少年の姿を。


 * * *


「お兄ちゃんっ?」


「おい湊輔っ」


 不思議そうな面持ちの理桜が泰樹を、不穏な面持ちの雅久が湊輔を(のぞ)き込むように見つめた。


「ん……」

 泰樹は一瞬戸惑った様子を見せて、

「ああ、どうした、理桜?」

 平然を繕ったように表情をほころばせ、理桜を見下ろした。

 首筋に右手を当てながら。


「どうしたって、それお兄ちゃんのほうだよ?」

 理桜は面持ちをより険しくして、首を傾げた。

「急にボーっとしちゃってさ」


「いや……なんでもねえよ」

 泰樹はわずかに視線をそらしながら、理桜の頭を()でた。


「湊輔、お前まさか――」


「我妻」

 怪訝(けげん)に声を落とした雅久を、泰樹が呼んだ。

 雅久が顔を向けるなり続ける。

「もう一回、投げていいか?」


「え……?」

 雅久は目を丸くした。

「あ、ああ、いいッスよ、全然。あ、先輩あれッスか? 高校生活最後の学校祭だから、二連続パーフェクトなんて伝説作っちゃおうってやつッスか?」


 泰樹は表情が見えなくなるくらい俯き、小さく息を吐いた。

「ああ、せっかくの高校生活最後の学校祭だからな――」


 泰樹が顔を上げた途端、湊輔は唖然(あぜん)と固まった。


「遠慮なくやらせてもらうぜ」


 泰樹が自然と、にこやかに笑ったから。


 それから泰樹はまたも豪速球を放ち、九枚のパネルを精密に撃ち抜いていった。

 二連続パーフェクト、なんてものではない。

 さらに三度パーフェクトを重ねて、五連続という伝説を築き上げた。


 いつの間にか分厚い壁となった人だかり。

 泰樹がパーフェクトを成すたびに、これでもかとばかりに歓声を湧き上がらせる。

 そんな中、湊輔は淡々と仕事をこなしながら、投球する先輩の背を寂しげに見つめていた。


 やがて泰樹と理桜は、ストラックアウトの出店をあとにした。


 湊輔は担当の時間を終えると、泰樹を探そうと思った。

 しかし、雅久と有紗の三人で校内を回る先約があったために断念。

 泰樹のクラスに赴く機会があったものの、姿はなかった。

 そしてそのまま、学校祭を終えて休日を迎えることになる。


 * * *


 休み明け、一人の高校生の死が伝えられた。


 尾仁角高校、三年A組、柴山泰樹。


 校長、教頭、学年主任、クラス担任から追悼の辞が送られた全校集会。

 最後、泰樹の死に黙祷(もくとう)(ささ)げ、解散となった。


 * * *


「うっし、今日もひと暴れするぜえッ」

 雅久の声がモノトーンに染まる図書館にこだました。

「湊輔、今日も見せてくれよ、あれ」


「え……? あ、ああ……うん」

 湊輔は雅久を横目で見て、生返事するなり手元の成績表に目を落とした。


【筋力50、耐久力30、持久力60、精神力90、判断力60、戦闘センス35、リーダーシップ20、総合345】


素質(アビリティ)……前虎後狼(ヴァンガード)

動的戦技(アクティブスキル)……破甲撃(ブレイクブロウ)破突(ペネトレイト)抉牙(バイト)打流(パリイ)終一閃(エクストラ)流転避(ロールシフト)流脚(ステップシフト)縮地(シュリンク)

静的戦技(パッシブスキル)……先見(ゼロサイト)死逃視眼(デッドサイト)

創技(イマジン・スキル)……断死戟(デスディナイアル)


 ようやく総合が三百を超えた。

 二枚目には、創技(イマジン・スキル)という項目が加わり、断死戟(デスディナイアル)という名称が記してある。


 泰樹の死のあとも、当然のごとく異空間に招かれた。

 時折、あの言葉を思い出す。


『どんなことが起きても、おめえはいつも通りに日常を過ごせ』


 この非現実めいた刹那を、はたして日常と呼べるかはさておき。

 湊輔は泰樹に言われた通り、いつも通りの日常を過ごすように努めた。

 そして、これまで通り月白の剣を振るって戦った。


 泰樹の死後、初めて異空間に招かれたとき、湊輔は思った。

 きっと、分かってたんだ。

 だからあのとき、あんなことを言ったんだろ。

 ……でも、なんで、なにも言わなかったんだろ。

 いや、言わないか。

 言わないよな。

 みんなを不安がらせたくなかった。

 たぶん、そういうこと、なんだろうな。


 泰樹の死への執着が薄れる時間は、人それぞれだった。

 いや、内心引きずりながらも、外面に出し続ける時間が長いか短いか、そんな違いなのかもしれない。

 そうしていつの間にか、一年の節目を迎えた。


『――以上ッ。……ぴーんぽーんぱーんぽーん。』


 少年声の放送が、戦いの始まりを告げた。

 相変わらず純情無垢そうな声音で。


「よし、では行こうか」

 カウンターのそばにいた剣佑(けんすけ)が声を上げた。

「大型一体だが、増援が来たときは湊輔、前を任せたい。行けそうか?」


 暑苦しい面立ちには、明らかに信頼の色が浮かんでいる。湊輔は脇目も降らず、

「行けます」

 と強く(うなず)いた。


「ま、湊輔が斬りかかったらどのみち、俺たちなんてガン無視だからね」

 巧聖(こうせい)が肩をすくめながら微笑んだ。


「湊くん」

 二菜(にな)が湊輔を横から覗き込んだ。

「危なくなったら、無理しちゃダメだよ?」


「はい、気をつけます」

 湊輔は苦笑しながら答えた。


 初めて異空間に招かれたときに比べれば、それなりに戦えるようになったと思う。

 それなり。

 そう、それなりに。


 先見(ゼロサイト)断死戟(デスディナイアル)があったところで、必ずしもうまく行くわけじゃないってことを、あの日思い知った。


 もしまた、あの人が出てきたら?

 今度は、負けたくない。

 それに、もう誰も――


 ――「テメエナンカガ勝テルワケネエダロ」


 湊輔は思わず振り返った。

 反響するような低い声が、右後ろから聞こえてきて。


「湊くん?」


「どーした?」


「え? あ、いや、なんでも……」

 二菜と雅久の不思議そうな声に、すぐさま向き直る。

 すると、剣佑と巧聖も同様の面持ちをしているのが目に映った。

「あ、早く、終わらせないと……」


「だねぇ。今日は特製クリームメロンパンゲットしたいし、ぱぱっと終わらせよっか」


「あと一年しかないからな。今年はがっつり取りに行くぞ」


「剣くんはいつもじゃん」


 先に歩き出した巧聖に、剣佑と二菜が続く。


「ほら、俺たちも行こうぜ」


 雅久に促され、湊輔もまた表口へと向かう。

 一度背後を振り返ってから。


 さっき確かに、はっきり聞こえた。

 気のせいなんかじゃない。

 死逃視眼(デッドサイト)が発動するときに出てくる誰かの声が、このなんでもないときに聞こえた。

 あの声は、あいつは……誰なんだよ、いったい。


 言い知れない不穏な気配を背中に感じながら、少年は今日もまた灰色の戦場へと赴く。

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