表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/58

 ――御堂(みどう)忠正(ただまさ)


 湊輔は思い出した。

『喫茶イチゴ』にメンバー全員が集まったあの日のことを。

 その名前が、もうこの世にはいない、異空間で戦っていたメンバーのものだということを。


「やっぱりか」

 泰樹はゆっくりと白銅の剣を下ろした。

 とはいえ、敵意がなくなったわけではなさそう。

 鬼の形相を崩さないまま、白騎士――タダマサを見据えている。

「敵が多くても構わず自分から突っ込む。敵が後ろから来ても余裕で(さば)く。そんなやつ、俺の知る限り一人しかいねえ。一瞬、御堂の亡霊じゃねえかって思っちまった」


「ははははは!」

 タダマサはまた、肩を揺らして笑った。

「亡霊、か。言いえて妙だな」


「なんでおめえがここにいる? なんで俺たちと、戦ってる?」


 泰樹の鋭い眼光を浴びながらも、タダマサは臆する素振りも見せず佇んでいる。


「俺はな、シバ。お前のお迎えに来たんだ」


 タダマサの声音は至って穏やか。

 しかし湊輔は、先ほどとは別の不安が込み上げてくるのを感じた。


 泰樹も似たような心境か。

 白銅の切っ先が小さく揺れるほど、右の拳を強く握り締めている。

「お迎え? なに言ってやがる? ……誰が仕向けた?」


 タダマサは兜を下向け、すぐに戻した。

「それは、これが終わったら――」

 大太刀を両手で握り直し、前傾して踏み出した――


――【流脚(ステップシフト)】【疾破撃(アサルトクラッシュ)


 ギイン! と凄烈にこだまする金属音。

 タダマサが完全に動き出すより早く、湊輔が勢いよく躍りかかった。

 振り下ろした月白(げっぱく)の刃が、純白の刃と(きし)り合う。


「やるなッ」

 鍔迫(つばぜ)り合いの中、タダマサは朗々と感嘆した。

至極の山羊(バフォメット)を斬った実力は伊達(だて)じゃねえみてえだ。確か、ソウスケ、だったな」


 湊輔は息を()んだ。

 押し返されそうになり、すぐさま力を込め直す。

「なんで、おれのこと……!」

 それに、至極の山羊(バフォメット)を斬ったことまで。


 兜の奥から、「ふっ」と小さく笑うような音が漏れ出た。

「そりゃ、あの至極の山羊(バフォメット)を倒したんだ。魔郷の眷属(ドォンケルハイト)の――いや、おめえはまだ、知らなくていい」


 湊輔は得物を両手で握り締めた。

 タダマサがいっそう力を込めてきて。

 力負けして、本当に押し切られそうで。

 この人、至極の山羊(バフォメット)のことを知ってても、あれのことは知らないんじゃないか。


「だったらッ」


 渾身(こんしん)の力を込めて半歩踏み込む。

 出ろ、あの一撃! と願いながら、意識を刃に集中する。


 思いが伝わったように、月白の刀身が(にび)色に染まった。


――【断死戟(デスディナイアル)


「らああああああッ!」

 押し出すように振り抜いた瞬間、ガラス片のような鈍色の閃光(せんこう)が衝撃と共に炸裂(さくれつ)した。


「うおッ……!」

 タダマサは勢いに流され、数歩後ずさる。


 湊輔は失望したように、月白の剣を見下ろした。

 違う。

 こんなんじゃない。

 あのときはもっと、黒くて、凄かったのに……。


「もしかしてこれが、至極の山羊(バフォメット)を斬った一撃、か」

 重々しい声音でつぶやきながら、タダマサは大太刀の刀身を眺め、甲冑の胸当をさすった。

 鈍色の一撃を受けたものの、傷一つついていない。

「悪くはねえ……が、ホントはこの程度じゃ、ねえよな?」


 湊輔は一歩下がった。

 暴風のごとく打ちひしぐような、タダマサの問いかけによって。


「まだ、発展途上、ってところか」

 タダマサは天井を仰いだ。

「もし今、マジな一撃出せてたんなら……俺は確実に、真っ二つになってたな」

 視線を下げ、また大太刀を眺める。


「羨ましいぜ。あのとき、俺にもそんな力がありゃ、こうはならなかったかもしれねえ」


 あたりに静けさが漂い出したところで、切っ先を泰樹に差し向けた。

「さあてシバ、次はおめえだ。後輩が手の内さらしたんだぞ? もったいぶってていいのか?」


 湊輔は背後を振り向き、目を見張った。


 初めて見た。鬼の形相を俯かせ、悄然(しょうぜん)と立ち尽くす泰樹を。

 右手に持つ白銅の剣が、小刻みに震えている。

 それでも切っ先は勇壮に、大太刀の切っ先と(にら)み合っている。


 やがて泰樹は肩を大きく動かして深呼吸する。

 顔を上げるなり、タダマサを見据えた。

 そしておもむろに歩き出す。

 対するタダマサもまた、おもむろに歩き出した。


 互いの距離が二メートルほどに差しかかると、泰樹が白銅の剣を突きつけた。

「構えな、御堂。これからおめえに、俺のありったけをぶち込んでやる」


「はっ」

 タダマサは反りのある刀身を肩にかつぎ、仰々しく四股(しこ)を踏む。

「いいぜ。お前がありったけをぶち込んでくるんなら、俺もありったけで受け切ってやる。……来い!」


 不動構(フォーティス)が発動した、と湊輔は直感した。

 一時的に自身の防御力、そして体勢維持の力を高める動的戦技(アクティブスキル)が。


 直後、泰樹が霞と化した。


――【霞流星(ヘイズ・メテオラ)


 至極の山羊(バフォメット)に繰り出した、あの怒涛(どとう)の連撃。

 体が(かす)むほどの神速をもって跳びかかり、斬撃を見舞い、跳びのき、また跳びかかる、泰樹の奥の手。

 タダマサの胴から、幾度も凄烈な衝撃が弾ける。

 突き、右切り上げ、左切り上げ、右薙ぎ、左薙ぎ、逆袈裟(さかげさ)、上段、切り上げ、袈裟(けさ)


――【終一閃(エクストラ)


 連撃の最後の一振りのあと、その場から跳びのくことはしなかった。

 袈裟斬りで左腰に据わった得物を抜き放つ。

 純白の鎧に襲いかかった一閃が、飛沫(しぶき)のように爆ぜた。


――【霞終閃(ヘイズ・ウルティモ)


「終いだッ!」

 泰樹がその場で霞んだ。

 終一閃(エクストラ)で振り抜いた勢いに乗せ、体を軸に白銅の剣が円を描く。

 再び純白の鎧へと躍りかかり、真一文字の軌跡を閃かせた。


 泰樹が残心して半瞬後。

 軌跡から刃のような鋭い光芒(こうぼう)が爆散し、タダマサの体を大きく押し流した。


 屈強な甲冑姿が、構えたままの姿勢で前によろめく。

 これで決着――かと思えば、右足を出して踏みとどまった。


「はははははッ!」


 野太い笑い声に、湊輔と泰樹は顔色を失った。


 タダマサはゆっくりと体を起こし、自然体に戻る。

「いいぜえ、シバ。まったく見違えたな。あれからどんだけ経ったかは知らねえが、まるで別人だ。ホント、強くなった」

 どこか恍惚(こうこつ)としたような声音。

 そして斜め上を一瞥し、泰樹にまた切っ先を差し向けた。


「だからよ、おめえにはマジで、こっちに来てほしくなっちまった!」


 泰樹は急迫してくる純白の刃を、霞脚(ヘイズステップ)で躱した。

 体が輪郭を現した途端、再び超速を発揮してでタダマサに詰め寄り、白銅の剣を振り下ろす。

「くそ……!」


 タダマサは泰樹の右腕をつかんだ。

「こうすりゃ、超速(それ)は無意味だな」

 兜を振りかぶり、鬼の形相の額に打ちつけた。

 同時につかんでいた手を離す。


「ぐうっ」

 泰樹はよろめき、後ずさり、背中から倒れ込んだ。


――【流脚(ステップシフト)】【烈破突(ガネットレイト)


「だあああッ!」

 湊輔は素早い踏み込みの勢いに乗せ、月白の剣を突き出した。


「そういや」

 タダマサは振り返るなり、迫りくる刃を左の腕当で弾き返した。

「一つ、試してえことがあったんだ」


 湊輔はよろめきながら見た。

 赤い影が繰り出す、幾重もの斬撃を。

 ――避け切れない。


『でぇええええええいッ!』


 タダマサは野太い咆哮(ほうこう)と共に、湊輔の首筋めがけ、純白の大太刀を振り払った。


 時が、ひどく緩やかに流れ始める。


 ――「勝テネエヨ、オ前ジャ」


 誰かの声がこだました。

 いつの間にか、体の自由が利かなくなっている。


 ――「引ッ込ンデロ。オレガヤル。オレガ斬ル」


 途端に目の前が真っ暗になった。

 直前、胸元を突き飛ばされたような感覚もあった。

 まただ。

 またいつぞやの闇の中に放り込まれた。


 湊輔は一瞬呆然(ぼうぜん)とする。

「お、おい! やめろッ! やめろおッ!」

 そしてあらん限りの絶叫を放った。

 しかし、まるで広大な世界にいるように、声はむなしく消え去った。


 まただ。

 また死逃視眼(デッドサイト)を発動させてしまった。

 今度は、誰かの気配を払いのける暇もなかった。

 見えるのは自分の体だけ。

 体はここにある。

 でも、本当の体はきっと、あの白騎士と戦ってる。


 もう、任せてしまおうか。

 あの一撃が通じなかった。

 いや、本当はもっとすごい威力が出るはずなのに、出なかった。

 なんで?

 それに、柴山先輩が全力を、ありったけをぶつけたのに、全然通じてなかった。

 おかしいだろ。

 あんなの、もう――至極の山羊(バフォメット)よりずっと強いだろ。


 ただひたすら歩く。

 どこまでも続くような闇の中を。

 永劫(えいごう)を覚える時の中を。

 のどが()けているように痛い。

 今にもひざから崩れ落ちそう。

 やがて足を止めた瞬間、目の前が真っ白く爆ぜた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ