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 湊輔は促されるまま、泰樹の背を追って図書館に向かった。

 いつもは表口から入るものの、今回は裏口から入る。

 立ち並ぶ本棚の間を抜けるや、周囲をうかがった。


「まだ、誰も来てない、みたいですね」


「ああ……」

 泰樹は生返事のような相槌(あいづち)をして、振り返り、本棚の奥に進んだ。


「あれ」

 湊輔は、先にロッカーを開けた泰樹の手元に違和感を覚えた。

「成績表は?」


「……ねえんだよ。おめえも開けてみな」


「ホントだ」

 湊輔がロッカーを開けると、泰樹同様、成績表がない。

 あるのは月白(げっぱく)の剣だけ。

「確かに武器しかな――」


 泰樹に向き直った途端、言葉が詰まった。


 鬼の形相が極まっていて。

 それどころか、険しい面持ちに言い知れない不穏な気配が立ち込めていて。


 ふと、漠然とした嫌な予感がした。


「あ、あの……誰も、来ないですね……」


「……来ねえかもな」

 低いハスキーな声が、剣呑(けんのん)に凄んだ。


『ぴーんぽーんぱーんぽーん。えー、体育館に敵が現れましたぁ。繰り返しまぁす。体育館に敵が現れましたぁ。以上ッ。……ぴーんぽーんぱーんぽーん』


 ――敵。

 告げられたのは、それだけ。

 どんな敵が、何体いるのか。

 そしてなにより、場所が体育館。

 今まで敵が体育館に現れることはなかった。

 湊輔は純情無垢(むく)な少年声の放送に、言い知れない不安を覚えた。


「行くぞ」

 泰樹は湊輔の返事も待たず、足早に裏口へと(きびす)を返した。


 体育館に向かう道中、泰樹は足早であるものの、走り出す様子がまったくなかった。

 勇ましくも物々しい沈黙を引きずり、やがて閉ざされた扉の前に立つ。


遠山(とおやま)


 呼ばれて、湊輔は斜め前に立つ泰樹を見た。

 泰樹は目の前の鉄扉を凝視したまま、口を開いた。


「これからどんなことが起こっても……おめえはこれまで通り、いつも通りに日常を過ごせ」


「え……」


 急に泰樹が遠くなったような気がした。

 一人分もない、手を伸ばさなくても触れられる距離。

 それが果てしなく引き伸ばされたような錯覚がした。


「あ、あの、それってどういう――」


「どんなことが起こっても、おめえはいつも通りに日常を過ごせ。いいな?」


 静かに殺気立った声音。

 湊輔はたまらず(うつむ)き、扉に向いて、()に落ちない気持ちを押し殺し、

「分かり、ました」

 とか細い声を返した。


 すると泰樹が鼻を鳴らした。


「頼むぜ、湊輔」


 そして扉を開け放ち、戦場へと踏み込む。


 中にいたのは、純白に染まった甲冑(かっちゅう)姿。

 泰樹より背が高い。

 大瑚(だいご)と同じくらいの長身。

 そして屈強さを覚えるシルエット。

 右手には、これまた純白に染まる、反りのある刃を持つ大太刀。

 刀身を肩にかけ、威風堂々と(たたず)んでいる。


 白い、騎士?

 でも、西洋の甲冑に刀って、あまり見ないような。

 どうだろう?

 でも妙に釣り合ってる気がする。

 全部が真っ白いから?


 白騎士は得物を両手で握ると、大げさに振りかぶり、正眼に構えた。

 踏み出した右足でドォンッと盛大な音を立てて。

 体育館にこだましたのは、それだけではない。

 重みのある威圧感が、確かに相まっていた。


「遠山、離れな」


 湊輔は言われるがまま、泰樹から離れるように左に動く。

 泰樹もまた、湊輔とは反対方向に動いた。


 白騎士が大太刀の切っ先を向けてきた。

 瞬間、湊輔は全身が燃え上がるような熱さに襲われた。


 視界に浮かび上がる赤い影。

 大太刀を左脇に据えて駆け出すと、得物をまっすぐ突き込んでくる。

 その速さは、至極の山羊(バフォメット)――ほどでもない。


――【流脚(ステップシフト)】【破甲撃(ブレイクブロウ)


 湊輔はすかさず左に踏み込む。

 半瞬遅れて、大太刀の切っ先が虚空を貫いた。

 白騎士の右半身はがら空き。

「だあッ!」

 流脚(ステップシフト)の際に構えた得物を振り下ろす。


 同時、反りのある刃が(ひらめ)いた。

 ギィン! と鋭い金属音がこだまし、一瞬握力が消失するような痛みが手元から(ほとばし)った。


「なっ」


 湊輔は思わず顔を引きつらせた。

 振り下ろした月白が、純白に弾かれて。


 再び赤い影が浮かび上がる。

 体を湊輔とは反対側に向け、大太刀を左に()ぎ払う。

 そのまま一回転して振り抜いたあと、湊輔めがけて袈裟(けさ)斬りを叩き込む。


――【流転避(ロールシフト)


――【霞脚(ヘイズステップ)】【流転避(ロールシフト)


 湊輔は白騎士が回転斬りを見舞うより早く、左に転がって離脱した。


 湊輔が屈み込んだところで、白騎士は反転し、背後から超速で急迫してきた泰樹めがけて得物を薙ぎ払った。


 泰樹は咄嗟(とっさ)に後転して一閃(いっせん)(かわ)した。


 白騎士は回転の勢いを殺さず、半瞬前の湊輔を真一文字に両断。

 さらに袈裟斬りを叩き込んで四つに斬り分けた。


 連撃はまだ終わらない。

 またも反転しては踏み込み、泰樹めがけて左腰に据わった大太刀を抜き放った。

 しかしすんでのところで避けられ、鋭い風切り音がむなしく鳴る。


終一閃(エクストラ)……」


 湊輔は起き上がってすぐ、目を見張った。

 白騎士が放った最後の一撃。

 あれはどう見ても、動的戦技(アクティブスキル)の動きだったから。


――【霞脚(ヘイズステップ)】【烈破突(ガネットレイト)


 泰樹が超速を発揮して踏み込む。

 ほんのわずか、硬直を見せた白騎士めがけて。

 詰め寄るなり、引き絞った右腕を突き出した。

 白銅の切っ先は、白い(よろい)にかすりもしなかった。

 白騎士がすんでのところで体をひねったから。


「ちいッ」


――【霞偃月(ヘイズムーン)


 泰樹はその場で(かすみ)となる。

 超速による左薙ぎ、体を回転させてからの袈裟斬り。

 二つ交わった白銅色の円は、しかしどちらも直撃することはなかった。

 泰樹が一撃目のために左足を踏み込んだところで、白騎士は跳び退いて間合いからはずれていた。


「せ、先輩、さっきのって、終一閃(エクストラ)、ですよね……?」

 湊輔は距離を取った白騎士を見据えながら、おそるおそるといった声音で尋ねた。


 だが、泰樹はなにも答えない。


 湊輔はふと、泰樹の横に歩み寄った。

 言い知れない違和感と不安を覚えて。


 ようやく見えた横顔。

 眉間にしわを刻み、目を見開き、口元を強く引き結んだ、鬼の形相。

 もはや、殺気立っている、では済まされないほど極まっている。


 思わず、視線を白騎士へと背けてしまった。


 泰樹はおもむろに白銅の剣を掲げた。

 すぐさま振り下ろし、切っ先を白騎士に差し向けた。

 そして獣が牙を()くように大口を開く。


「おい……(かぶと)はずしな。兜はずして、(つら)見せなあッ!」


 絶叫がこだましたあと、体育館は束の間の静寂に包まれた。


 白騎士の兜が俯いた。

 しかしはずすような素振りはない。

 まもなく顔を上げるように兜が上向いた。


「ははははは!」

 野太い声の高笑いと共に、甲冑の肩が揺れた。


 途端、白銅の切っ先がわずかに震えた。

 泰樹の左足が半歩引いた。

 鬼の形相が、少しばかり悲愴(ひそう)を帯びた。


 白騎士がゆっくりと数歩詰め寄ってくる。


「ああ……久しぶりだな――シバ」


 バイザーの内側で、野太い声が朗々と話し始めた。

(わり)い。兜ははずすなって言われてんだ。でもまあ、(しゃべ)るな、なんて言われてねえからいいんだけどよ」


「御堂……!」

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