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 紅葉()ゆる世界へと季節が歩み始めたころ。

 尾仁角(おにかど)高校では学校祭が開催されていた。


 クラスや部活、委員会といった枠組みで様々な出し物が連なる中、湊輔(そうすけ)のクラスが催すのはストラックアウト。


 グラウンドの体育館付近にパネルや受付などを設け、三つのグループで時間別に交代することとなっている。


 湊輔の担当は昼時。

 やたらごった返す参加者の受付やゲームの進行に勤しんでいた。

 時間帯のせいもあるが、景品の中にある、なかなかお目にかかれない一品が客足を引き寄せているのだろう。

 誰だよ、景品にこれ入れたの。


「よお、おめえら」


 ある程度落ち着いてきたころ、低いハスキーな声の男子生徒――泰樹(たいき)がやってきた。

 その隣には妹の理桜(りお)が。


「お、柴山(しばやま)先輩、うッス! それに理桜ちゃんも!」


 雅久(がく)の応対に、泰樹は目を細めた。

「うッス、じゃねえよ。いらっしゃいませ、だろ?」


「お兄ちゃん、学校祭なんだし、そのくらいいいじゃん」


 理桜にたしなめられると、泰樹は途端にバツの悪そうな顔をした。

「ああ、そうだな」


「あの! 景品の中にモコネコのレアなやつがあるって聞いたんですけど、ホントなんですか!?」


 モコネコというのは、丸っこいもこもこした手触りのネコのガチャガチャシリーズだ。

 理桜はそれの大ファン――どころかもはや信仰者と言ってもいい。

 すでに百以上を集め、レアなものを三つも持っている、と湊輔はいつぞや『喫茶イチゴ』で耳にしていた。


「あー、確かまだ残ってたっけな」


 雅久の目配せを受け、湊輔は景品を入れた箱を持ち出す。

「これ、だよね?」


 中には銀色のような明るい灰色のモコネコが。

 それを見た途端、理桜の瞳が澄んだ輝きを見せた。


「それで、可愛い妹さんのために頑張っちゃうんスか、先輩?」

 雅久がやんちゃな笑みを浮かべて尋ねた。


「ああ……それでもいいが――」

 泰樹はパネルボードを一瞥(いちべつ)した。

「マウンドの位置は、男子も女子も変わらねえのか?」


「いや、男子は十メートルで、女子は七メートルッスね」


「そうか。――理桜、投げてみないか?」


 理桜はパネルボードを見て、泰樹に向き直った。

「じゃあ、投げてみよっかな」


「ああ、頑張りな」

 泰樹のしかめ面がわずかにほころんだ。


 湊輔が二人にゲームのルールを説明してから、理桜の挑戦が始まった。

 撃ち抜いたパネルは『三』、『七』、『八』、『二』、『五』の五枚。

 スコアは七点。

 近隣地域で使える、百円分の金券が贈呈された。


「えへへ、全然だなぁ」


「いや、上々だ」


 苦笑いを浮かべた理桜の肩をぽんと軽く(たた)き、泰樹はマウンドに立った。


 ボールを取り上げ、投球する。

 野球部顔負けの速球を披露し、まずはど真ん中の『五』に穴を開けた。

 放たれたボールの速さに、湊輔と雅久、そして記録係をしていた悠奈(ゆうな)が目を丸くした。


「おい、次は一、二、三だ」

 泰樹の宣言。

『一』から『三』の連番。

 直後放たれた三度の速球は、見事宣言通りにパネルを撃ち抜く。


「次、四、八、六」

 より勢いづいた剛速球はレーザービームのごとく。

 今度もまた宣言通りのパネルを弾き飛ばす。


 人が人を呼んだように――いや、マウンドに立っているのが泰樹だからか、いつの間にか出店の周りに人だかりができていた。


「七、九。――終いだ」


 湊輔にとって、聞き馴染(なじ)んだ言葉。

 そしてそれを聞くたび、そのときの戦いがまもなく終わるのだと安心できた。

 こんなお遊びでも、泰樹が見事終わらせる光景が目に浮かんでくる。


「おおっ!」

「さっすがシバ!」

「ひゅーッ!」


 人だかりから湧き上がった歓声。

 泰樹は残り二枚のパネルも見事撃ち抜いた。


佐伯(さえき)さん、これ何点になりそう?」


 湊輔が尋ねると、悠奈は我に返ったように記録用紙にペンを走らせた。


「えっと……宣言ありのヒットだから、五点が八つで四十点。全部ヒットだからビンゴ点よりパーフェクト点優先でプラス三十点。あと、残ったボールが三つだからプラス三点。スコアは――七十三点です!」


 泰樹のスコアが高らかに告げられると、グラウンドが震撼(しんかん)した。

 特大の打ち上げ花火が咲き誇ったような歓声によって。


「まずはパーフェクト賞ということで――これ、どうぞ」

 湊輔は黒いポーチから封筒を取り出し、泰樹に差し出す。


 泰樹は受け取るなり、中身を引き抜いた。

 金券に記された『壱萬(いちまん)円』の文字に、片眉を上げて、さっとしまい込んだ。


「それから高得点獲得なので――お好きなのを」

 続いて高得点用の景品が入った箱を泰樹に見せる。

 それは先ほどのレアなモコネコが入ったもの。


「ははっ、やっぱそれ選ぶんスね」


 泰樹が選んだものは、言うまでもなく銀色のモコネコ。

 横で目を輝かせていた理桜にそれを差し出す。

「理桜、これでいいか?」


「うん! ありがと、お兄ちゃん!」


 妹のご満悦な表情に、泰樹のしかめ面がまたほころぶ。

 しかし急に鬼の形相へと移り変わった。


「こんなときに、か」


 世界が一瞬で彩りを失った。

 (にぎ)わいを見せていた喧騒(けんそう)も消え失せ、瞬く間に殺風景と化した。

 モノトーンに染まる学校――異空間。


「先輩……」


 湊輔もまた招かれていた。

 浮かない顔で、泰樹に歩み寄った。


「遠山か。まったくついてねえな、おめえも」


「あはは、確かに」

 湊輔は一度苦笑して、すぐに不穏な面持ちに戻った。

「でも、なんか変ですよね……?」


「……ああ。いつもは教室にいるときに限って呼び出すくせに。とにかく、図書館に行くぞ」

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