一
紅葉萌ゆる世界へと季節が歩み始めたころ。
尾仁角高校では学校祭が開催されていた。
クラスや部活、委員会といった枠組みで様々な出し物が連なる中、湊輔のクラスが催すのはストラックアウト。
グラウンドの体育館付近にパネルや受付などを設け、三つのグループで時間別に交代することとなっている。
湊輔の担当は昼時。
やたらごった返す参加者の受付やゲームの進行に勤しんでいた。
時間帯のせいもあるが、景品の中にある、なかなかお目にかかれない一品が客足を引き寄せているのだろう。
誰だよ、景品にこれ入れたの。
「よお、おめえら」
ある程度落ち着いてきたころ、低いハスキーな声の男子生徒――泰樹がやってきた。
その隣には妹の理桜が。
「お、柴山先輩、うッス! それに理桜ちゃんも!」
雅久の応対に、泰樹は目を細めた。
「うッス、じゃねえよ。いらっしゃいませ、だろ?」
「お兄ちゃん、学校祭なんだし、そのくらいいいじゃん」
理桜にたしなめられると、泰樹は途端にバツの悪そうな顔をした。
「ああ、そうだな」
「あの! 景品の中にモコネコのレアなやつがあるって聞いたんですけど、ホントなんですか!?」
モコネコというのは、丸っこいもこもこした手触りのネコのガチャガチャシリーズだ。
理桜はそれの大ファン――どころかもはや信仰者と言ってもいい。
すでに百以上を集め、レアなものを三つも持っている、と湊輔はいつぞや『喫茶イチゴ』で耳にしていた。
「あー、確かまだ残ってたっけな」
雅久の目配せを受け、湊輔は景品を入れた箱を持ち出す。
「これ、だよね?」
中には銀色のような明るい灰色のモコネコが。
それを見た途端、理桜の瞳が澄んだ輝きを見せた。
「それで、可愛い妹さんのために頑張っちゃうんスか、先輩?」
雅久がやんちゃな笑みを浮かべて尋ねた。
「ああ……それでもいいが――」
泰樹はパネルボードを一瞥した。
「マウンドの位置は、男子も女子も変わらねえのか?」
「いや、男子は十メートルで、女子は七メートルッスね」
「そうか。――理桜、投げてみないか?」
理桜はパネルボードを見て、泰樹に向き直った。
「じゃあ、投げてみよっかな」
「ああ、頑張りな」
泰樹のしかめ面がわずかにほころんだ。
湊輔が二人にゲームのルールを説明してから、理桜の挑戦が始まった。
撃ち抜いたパネルは『三』、『七』、『八』、『二』、『五』の五枚。
スコアは七点。
近隣地域で使える、百円分の金券が贈呈された。
「えへへ、全然だなぁ」
「いや、上々だ」
苦笑いを浮かべた理桜の肩をぽんと軽く叩き、泰樹はマウンドに立った。
ボールを取り上げ、投球する。
野球部顔負けの速球を披露し、まずはど真ん中の『五』に穴を開けた。
放たれたボールの速さに、湊輔と雅久、そして記録係をしていた悠奈が目を丸くした。
「おい、次は一、二、三だ」
泰樹の宣言。
『一』から『三』の連番。
直後放たれた三度の速球は、見事宣言通りにパネルを撃ち抜く。
「次、四、八、六」
より勢いづいた剛速球はレーザービームのごとく。
今度もまた宣言通りのパネルを弾き飛ばす。
人が人を呼んだように――いや、マウンドに立っているのが泰樹だからか、いつの間にか出店の周りに人だかりができていた。
「七、九。――終いだ」
湊輔にとって、聞き馴染んだ言葉。
そしてそれを聞くたび、そのときの戦いがまもなく終わるのだと安心できた。
こんなお遊びでも、泰樹が見事終わらせる光景が目に浮かんでくる。
「おおっ!」
「さっすがシバ!」
「ひゅーッ!」
人だかりから湧き上がった歓声。
泰樹は残り二枚のパネルも見事撃ち抜いた。
「佐伯さん、これ何点になりそう?」
湊輔が尋ねると、悠奈は我に返ったように記録用紙にペンを走らせた。
「えっと……宣言ありのヒットだから、五点が八つで四十点。全部ヒットだからビンゴ点よりパーフェクト点優先でプラス三十点。あと、残ったボールが三つだからプラス三点。スコアは――七十三点です!」
泰樹のスコアが高らかに告げられると、グラウンドが震撼した。
特大の打ち上げ花火が咲き誇ったような歓声によって。
「まずはパーフェクト賞ということで――これ、どうぞ」
湊輔は黒いポーチから封筒を取り出し、泰樹に差し出す。
泰樹は受け取るなり、中身を引き抜いた。
金券に記された『壱萬円』の文字に、片眉を上げて、さっとしまい込んだ。
「それから高得点獲得なので――お好きなのを」
続いて高得点用の景品が入った箱を泰樹に見せる。
それは先ほどのレアなモコネコが入ったもの。
「ははっ、やっぱそれ選ぶんスね」
泰樹が選んだものは、言うまでもなく銀色のモコネコ。
横で目を輝かせていた理桜にそれを差し出す。
「理桜、これでいいか?」
「うん! ありがと、お兄ちゃん!」
妹のご満悦な表情に、泰樹のしかめ面がまたほころぶ。
しかし急に鬼の形相へと移り変わった。
「こんなときに、か」
世界が一瞬で彩りを失った。
賑わいを見せていた喧騒も消え失せ、瞬く間に殺風景と化した。
モノトーンに染まる学校――異空間。
「先輩……」
湊輔もまた招かれていた。
浮かない顔で、泰樹に歩み寄った。
「遠山か。まったくついてねえな、おめえも」
「あはは、確かに」
湊輔は一度苦笑して、すぐに不穏な面持ちに戻った。
「でも、なんか変ですよね……?」
「……ああ。いつもは教室にいるときに限って呼び出すくせに。とにかく、図書館に行くぞ」