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十四

「いやー、すごかったねぇ? ソースケくんのあの一撃」


 五人が異空間から戻ったあと、グラウンドに赴いたアイン。

 巨大な残骸を眺めつつ、そばにいるアハトに問いかけた。


「うむ」

 アハトは目尻にしわを寄せながら、沈黙する上半身と下半身を見つめた。


「それにしても、まさかあんな力を秘めてるなんてね。――あの剣が」


「いや……あの剣に備わっていたものではあるまい。あれはあくまでも、力を与えるだけに過ぎぬからな」


「と、いうことは?」


 瞳に好奇の色を浮かべるアインを横目で一瞥し、アハトはあごひげを()でた。


「――創技(イマジン・スキル)、か。この短期間で、凄まじい成長を遂げたものだ、かの少年は」


「んー……でもさー、総合力はまだまだなんだよねぇ。ニナちゃんは旗だから別として、下から数えてすぐ、だよ」

 アインは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。

「まぁ、それでも至極の山羊(バフォメット)を倒したんだし、文句はないけど」


「それは」

 アハトはしゃがれた声を低くした。

前虎後狼(ヴァンガード)があったゆえ、だろう」


 アインは静かに、笑みを純情無垢なそれから薄気味悪いものに変え、アハトの話に聞き入る。


「浴びせられた敵意の総量に応じて、あらゆる能力を増幅させる。その高値は、青天井」

 藍玉の瞳が(はかな)げに陰った。

「とはいえ、一度でも剣を振れば、周囲の敵すべてを引き寄せてしまうのが難点だが」


「ふふ……全然難点じゃないよ、そんなの。むしろ、それがあるからいいんじゃない」


「……かの少年が、艱難辛苦(かんなんしんく)を乗り越えんことを」

 アハトは灰色の空を仰ぎ、祈るように小さくつぶやいた。


「あ、やっと来たね」

 アインが、近づいてきた足音に気づいてそちらを見た。

「もう少し早く来れば、面白いものが見れたのに」


「面白いものってのは、それのことか?」

 長身の偉丈夫が、野太い声で尋ねた。


「うん、そうだよ」


「真っ二つ、か。……まさかシバ――いや、タイキか?」


「ううん、違うね。今回タイキくんは呼んでないよ。コレをやったのは、ソースケくん」


 偉丈夫は太い眉をひそめた。

「ソウスケ? 新米か?」


「うん。今期に見つけた期待の新人だね。えーっと、ここでは一年生、だったかな」


「一年が――」

 偉丈夫は目を伏せ、野太い声を潜めた。

「コイツを?」


「まぁそれはさておき、きみには近々、あれをお願いするから」


「あれ?」

 偉丈夫は(いぶか)しげにあごを引き、

「……そうか」

 と納得したようにつぶやいた。


 アインは首を傾げた。

「もしかして、気が乗らない? なら、別の誰かに――」


「俺がやる」

 偉丈夫は声を張って遮った。

「ただ、もし俺が負けたら――いや、失言だ。すまん。俺が負けることは絶対にない。安心してくれ」


 アインはなにも言わず、気味の悪い笑みを返した。


「ただ」

 偉丈夫は野太い声を凄ませた。

「一つ頼みがある。聞き入れてもらえるとありがてえんだが」


「ん、なんだい?」


 * * *


「でッ、でえッ! ソイツが飛びかかってきて!」


 夏休みに入ってまもなく。営業時間を終えた『喫茶イチゴ』の店内に、雅久の陽気に弾んだ声がこだました。


「そんで真っ黒いのがこう、ズッダァーンってなってッ」

 雅久は右手を小さく払った。

 まるで剣を振るうように。

至極の山羊(バフォメット)をぶった斬ったんスよ!」


「我妻」

 カウンター裏の泰樹(たいき)が背中を向けたまま、子供っぽくはしゃぐ雅久を呼んだ。

 そして肩越しに、しかめた横顔を向けた。

「るせえぞ」と、ハスキーな声を低く凄ませて。


「さ、サーセェン……」

 雅久は申し訳なさそうに笑いながら縮こまった。


「ははっ」

 颯希(さつき)が愉快げに笑った。

「いいじゃねーか、シバ? どーせあたしら以外いねぇんだしよ」


「うんうん」

 颯希の横で、美結(みゆ)が微笑みながら頷いた。

「貸し切り、だもんね……?」


 泰樹が振り返った。

「あのな、貸し切りじゃねえぞ。特別に使わせてもらってんだよ」

 ため息混じりにそう言うと、そばに置いていたグラスを口元で傾けた。


「てか、俺らだけなんスか? 他のみんなも呼べばよかったのに」

 雅久は周りにいるメンバーを眺めた。


 泰樹、颯希、美結、有紗、そして湊輔。


「この前のは特別だ。いつでも好き放題使わせてもらえるわけじゃねえんだよ」


「そ、そうッスよねー」


 (あき)れたように答えた泰樹に、雅久は苦笑いを浮かべた。


「そーいや雅久」

 颯希が自前のスティック菓子をくわえながら尋ねる。

「おめぇ大瑚に斬られたんだって?」


「あー、そうなんスよねー……」

 雅久は背中に腕を回し、手の甲でさすった。

「でも、大丈夫ッスよ。俺守護神(ガーディアン)だし――てか、社稷之守アンフォールンガーディアンがあるんで」


「あんふぉーるん、がーでぃあん?」

 美結が小首を傾げた。

「それ、雅久くんの……素質(アビリティ)? 静的戦技(パッシブスキル)?」


素質(アビリティ)ッスね。どーゆーもんか詳しいことは解ってないんスけど、まあ、俺の大盾と相性いいんじゃね? みたいに思ってるッス」


 湊輔はふと思い返す。

 あの一撃、手加減してるようには見えなかった。

 全力じゃないにしても、もしおれが受けてたら――いや、よそう。


「もう塩谷には言ったことだけどよ」

 泰樹が真面目な声音で切り出した。

 五人の不思議そうな面持ちが向くと、湊輔、雅久、有紗を見た。


「よくあのメンバーで生き延びたな。すげえぞ」


「うーわ」

 颯希が顔と声を引きつらせた。

 しかしすぐに無邪気に笑い、両手を頭の後ろで組んでふんぞり返った。

「おめぇら、明日から雨続きだぜ、こりゃ」


「あ? おい長岡、それどういう――」


「雪が降るんじゃ、ないかなぁ……?」

 美結が柔らかく笑って泰樹を遮った。

「泰樹くんが『すげえぞ』って言うの、久しぶりに聞いた気がするからね」


「おめえら……」

 泰樹は眉間にしわを寄せて俯いた。

 そしてまたグラスに一口つける。


「にしても」

 颯希が湊輔を見た。

「湊輔にでけえ手柄取られちまうなんてなぁ。初めて会ったときと大違いだぜ」


「そういえば……颯希ちゃん、色々言ってたね」


 美結の含みのある言葉に、湊輔は顔を強張らせた。

 ……え、なに?

 色々って?


「あぁ。めちゃくちゃおどおどしてたくせに――」

 颯希はテーブルに左手をつき、身を乗り出した。

 右手を伸ばし、湊輔の頭を撫でる。

「一丁前になりやがって」

 その拍子にくわえていたスティック菓子が折れて、テーブルに落下した。

 すぐさま拾って口に放り込む。


「うっし湊輔――」

 雅久が湊輔の肩を叩くようにつかんだ。


「これからお前は悪魔殺し(デーモンキラー)だ」

 浮かべた得意顔は反論を許すつもりがなさそう。


 湊輔は俯いた。

 悪魔殺し(デーモンキラー)と言われた途端、恥ずかしさといたたまれなさが込み上げてきて。

 それと、颯希から褒められたのが純粋に(うれ)しくて。


 雅久が覗き込んで茶化してきた。

 反対側に顔を背けると、有紗と目が合った。

 端麗な面立ちは、なにを言うでもなく、ほんの少しだけ、柔らかく微笑んだ。


 それがまた嬉しいというか、照れくさくなり、湊輔は雅久に向き直り、八つ当たりするように押しのけた。


 そのとき、またグラスに口をつけている泰樹が目に映った。

 いつも通りのしかめ面。

 ただ、どこか涼しげで穏やかな雰囲気。

 もしかすると、エプロンにプリントされた猫がご機嫌に笑っているせいかもしれない。


『喫茶イチゴ』をあとにすると、湊輔は雅久と有紗と並んで商店街を歩いていた。

 もう少しで尾仁坂(おにさか)駅に着くというところで、雅久が足を止めた。


「あ、ヤッベ! 先輩の店に忘れ(もん)しちまった! (わり)いけど、先行って入ってろよ」


「え?」

 湊輔は眉をひそめた。

「まあ、いいけど」


 雅久が振り返って走り出したあと、


「湊輔、時間っ」


 明らかにどこか焦れているような、あるいは気が高ぶっているような有紗に言われて、すぐに駅に向かった。


 電車に乗り、一つ隣の尾仁号津(おにごず)駅へ。

 そこから十分ほど歩き、カスミモールに到着。

 向かう先は、以前話していた『カフェ・カムリリィ』。


「え……」

 湊輔は店の壁に貼ってあるポスターを見て呆然とした。

 そして理解した。

 雅久がなぜ、わざわざ人の混む夏休みにここに誘ったか。


「どうしたの?」

 有紗が不思議そうに尋ねてきた。

 え、気づいてない?

 こんなでかでかと張り出されてるのに?


「ほら、早く入りましょう?」


 湊輔は思わず目を丸くした。

 爛々(らんらん)と輝く有紗の瞳を見て。

 不意に手をつかまれ、ぐいっと力強く引っ張られて。

 ホントに気づいてないんだ。

 いや、気づかれるのもあれだけど。


「う、うん」

 湊輔はぎこちなく頷いた。


 店内に入る直前、確かめるように改めてポスターに目をやった。


 そして、悟った。


 ――きっと雅久は来ないだろう、と。


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