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 もはや反射的に、流転避(ロールシフト)で後転する。

 湊輔が起き上がるのと、半瞬前の湊輔が真一文字に両断されるのは同時だった。


 対刃種(ブレイド)は右の舶刀(カットラス)がはね返されたあと、もう一度それを薙ぎ払った。

 右足を思い切り踏み込んで得物を振ったせいか、重心が前に傾いている。

 わずかに動きが固まった。


――【矢継射(ヤツギウチ)


 ほんの少しずれて重なった、三つの風切り音。

 対刃種(ブレイド)の左ふくらはぎに、三本の矢が立て続けに命中した。


 有紗が連射を放った数瞬後。

 湊輔は駆け出し、


――【流脚(ステップシフト)】【渾撃(ホールブロウ)


 高速の踏み込みで対刃種(ブレイド)の左足に詰め寄る。

「らあッ!」

 袈裟斬りを見舞い、すかさず流脚(ステップシフト)で跳び退いた。


 瞬間、視界に赤い光跡が走り、さらに後ろに跳びのく。

 体の勢いが止まったところにもう一撃、真上から降りかかってきた。


――【打流(パリイ)


「くそっ……」

 振り払った月白の剣は、湾曲した刃を見事に捉えた。

 甲高い音を凄烈に響かせ、凶刃を視界の左側に流した。

 とはいえ、また体がよろめく。


 対刃種(ブレイド)は再び、はねのけられた舶刀(カットラス)を無理やり薙ぎ払ってきた。


「湊輔ッ」

 有紗の悲痛な声。


 流脚(ステップシフト)も、流転避(ロールシフト)も間に合わない。

 湊輔は迫りくる刃に向け、すかさず得物を叩きつけた。

 戦技(スキル)ではない、純粋な力のぶつかり合い。

「くぅっ……」

 体格と力の差は歴然。

 競り合うこともなく、呆気なく吹き飛ばされてしまった。


 なかなかうまくいかない。

 打流(パリイ)は成功するのに、体がふらつく。

 勢いに押されて、次の行動に移れない。

 これならもう、流脚(ステップシフト)で避けて――いや、二撃目が避けきれない。

 じゃあどうしろっていうんだよ。


 湊輔はすかさず立ち上がり、目の前に跳び込んで転がる。

 一瞬後、背後から重厚な着地音が上がった。


――【長遠射(ナガエウチ)


――【流脚(ステップシフト)】【破突(ペネトレイト)


 湊輔を踏みつぶそうと跳んだ対刃種(ブレイド)が着地した途端、左ふくらはぎから炸裂音がこだました。


 直後、湊輔が三歩分の距離を勢いよく詰める。

 狙うは左足。

 切っ先を思い切り突き込むと、刀身の三分の一以上が食い込んだ。

 こんなに深く刺さったっけ? と呆気に取られるものの、すぐに我に返る。

 そこから追撃で得物を揺さぶろうとして、しかし余裕がないと分かって引き抜いた。


 素早く跳びのくと、目の前を肉厚な腕が吹き抜け、背中に冷たいものが走った。

 もう少し長く呆けていたら、確実に殴られていた。

 今は旗の援護がない。

 直撃すれば失神どころではすまない。


 でも、今の感じ……と、湊輔は手元で鋭く光る月白の刃を一瞥した。


 対刃種(ブレイド)が右の舶刀(カットラス)を大きく振りかざし、先見(ゼロサイト)が予測を示す。


「なっ――」

 湊輔はなにを考えるでもなく、咄嗟に右に跳んで、転がった。


 最初に右からまっすぐ、次に左からまっすぐ、さらに右上から、左上からと光跡が立て続けに現れたから。


 起き上がって肩越しに見れば、対刃種(ブレイド)が乱れ斬りを繰り出しながら前進していた。

 踏み込みと共に、二振りの舶刀(カットラス)が舞い踊る。


 湊輔は深く吸い込んだ息を、震わせながら吐き出した。

 こんな動きを見たのは、これが初めて。

 流脚(ステップシフト)で、後退しないで横に跳んで正解だった。

 回避は間に合わなくなり、二撃目を打流(パリイ)でしのいだところで、すぐさま三撃目が振るわれただろうから。


「まずい……」

 対刃種(ブレイド)が今やった連撃をアイツがやったら、確実に斬り裂かれる。

 いや、今は――

「集中しろ」


 対刃種(ブレイド)が振り向きざま、左足を伸ばして踏み込んだ。

 左の舶刀(カットラス)を勢いよく振り払ったものの、湊輔はすでに太刀筋から逃れている。


――【長遠射(ナガエウチ)


 凶刃が勢いをなくした途端、巨影の左足でパアンッ! と炸裂音がこだました。


 湊輔は目をまばたかせた。

 矢が直撃した瞬間、その周りの空気が爆ぜたように見えて。


 左足から力が抜けたように、対刃種(ブレイド)がよろめいて尻餅をついた。

 あたりに広がる、重々しい音と小さい震動。


――【縮地(シュリンク)


 湊輔は驚異的な瞬発力を発揮して、流脚(ステップシフト)一度では詰め切れない距離を駆ける。


 三メートルともなると、湊輔の身長と武器で狙える部位は下半身に限られる。

 それが座り込んだとなると、どうにか届くとすれば胸元か首筋あたりまで。


――【破突(ペネトレイト)】【抉牙(バイト)


 縮地(シュリンク)の勢いに乗せ、月白の剣を突き出す。

 腹が膨らんでいなければ、あごの下を狙えたかもしれない。

 切っ先は右の胸筋の下部へと入り込んだ。

 先ほどより浅い。

 胴のほうが硬いのか。


「だあああッ!」

 湊輔はしかし構わず、得物を揺さぶって傷口を抉り、引き抜く。

 後退しようとしたところで、炸裂音がこだました。


 対刃種(ブレイド)の頭がのけ反り、そのまま仰向けに転倒した。

 有紗の一射がもたらした、これ以上ない好機。

 起き上がるまでに、頭にもう一撃叩き込みたい。


 湊輔は顔をしかめた。

 この体型、なんかむかつくな。

 腹が出てなかったら、上に乗って頭まで行けたかもしれないのに。


 湊輔が迂回しようと体を横向けたとき、回り込み始めた有紗が見えた。

 おれも急がないと。


 伸びきった左足のすねをまたぐ。

 太ももをまたごうにも、高さも太さもある。

 かっこよく飛び越えたりできればいいけど、そんな芸当できっこないし。


 舶刀(カットラス)の間合いの外側をなぞり出した、そのとき――


「うぅっ――」


 急に催した吐き気に口を押さえ、はやる足を不意に緩めた。

 まさか、うそだろ?

 こんなときに……!


「あ……有紗……!」

 振り絞った声は、のどが潰れたようにかすれていた。


 敵が目の前で横たわっているのに。

 倒さないといけないのに。

 そんな場合じゃないと、本能に制されているように体の動きが鈍る。


 引きずるように足を動かし、どうにか有紗を視界に収めた。

 息を止めているように口を引き結んでいる。

 わなわなと体を震わせながら、どこか気丈に振る舞うように、弓弦(ゆづる)を引き始めている。


 巨影がおもむろに起き上がり出した。

 せっかくの好機が消え去る。

 寒風に吹かれてほこりや(ちり)が舞うように、むなしく。


 湊輔は覚束ない動きで後ずさった。

 間合いからはずれるというよりも、対刃種(ブレイド)自体から遠ざかるように、大きく。


 どうしても今すぐ確かめないといけない。

 アイツが現れる瞬間を。

 前みたく、背後を取られるなんて、絶対ダメだ。

 もう、対刃種(ブレイド)なんてどうでもいい。


 せわしなく一帯を見回す。

 東にある体育館の前、その屋根。

 南にあるB棟校舎の前、その屋上。


 そして西に視界を映したとき、ついに捉えた。

 遠目からでも分かる。

 グラウンドの西端に、それが広がっている。

 混沌(こんとん)を模した沼のような、黒い(いびつ)な円が。

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