三
「っしゃあ! 一気に畳みかけるぜえ!」
雅久は短剣を引き抜き、大盾を持ち手側に開いて巨鬼型の左足へと駆け出した。
「さーてさらにもぉ一回……」
陽向もまた、巨鬼型の左足を狙おうと回り込む。
二人の得物の切っ先が標的を見据えるのと同時、巨鬼型は右に転がった。
「あぁーもうっ……」
「ヤロウやりやがる……」
陽向と雅久は悔しげにうなった。
巨鬼型は転がる最中に拾い上げた棘棍棒を、立ち上がりざまに振りかぶった。
左足を大きく踏み込み、一気に振り下ろす。
今度は、先に左半身側に回り込もうとしている陽向めがけて。
「うおぉ……」
陽向は自分が狙われていると気づくと、すぐさま重塊の着弾地点から離脱した。
「雅久ぅッ」と叫び、両手剣の先端を引きずるように構えて走り去る。
「うおおおおおおッ!」
雅久がめいっぱい息を吸い込み、大声を張り上げるものの、敵の注意を引きつけるには至らない。
猛嚇咆は追い回されている味方を助けるのに便利な戦技だ。
しかし、また使えるようになるのに幾分か時間がかかる。
なおかつ、人によってその長さも違う。
同じ大盾を持つ耀大は、雅久よりずっと早いらしい。
「何度も使ってりゃ、早く使えるようになるっては聞いてたけどよ」
雅久は誰に言うでもなくつぶやくと、振り向いて湊輔に目をやった。
行けってことな、と湊輔は理解した。
頷き、駆け出して雅久を追い越す。
巨鬼型は逃げる陽向を追い、テニスコートの西、体育館裏まで遠のいている。
――【縮地】
湊輔は吹き荒ぶような勢いで敵の背後に詰め寄る。
巨鬼型がまた棍棒を振り下ろし、重厚な音と共に土ぼこりを跳ね上げた。
――【渾撃】
また動き出すまでの硬直の間に、
「だあッ!」
湊輔は右足のふくらはぎに袈裟斬りを放った。
直撃し、肉を裂く刃。
得物を持ち上げようとする巨鬼型の動きが少しばかり止まった。
直後、角の生えた頭がおもむろに振り返った。
瞬間、全身が燃え上がるような感覚に包まれる。
湊輔は敵から目を離さず、跳ぶように後ずさる。
来た。
視界の右から左へ走る、赤い光跡。
――【流脚】
半身になり、前に出していた右足で地面を押すように蹴る。
目の前にいる巨影が一瞬で遠ざかった。
とはいえ、棘棍棒の間合いから多少はずれた程度。
霞脚ほどの超速は発揮できないものの、流転避よりも使い勝手がいい。
踏み込める距離は長くても四歩分ほど。
それを一気に詰めて斬りかかり、すぐさま同じくらいの距離を跳びのく。
流転避でも似たようなことはできるが、速度はこちらのほうが断然上だ。
巨鬼型が振りかぶった棘棍棒を叩きつけてきた。
湊輔はそれを流脚で左前方に踏み込んで躱す。
さらにもう一度続けて敵の右腕に近づくなり、逆袈裟を見舞って跳び退いた。
「よし……」
素早く躱して反撃、さらに離脱。
これが決まるたびに胸が高鳴った。
体が霞んで見えるほどじゃない。
それでも、今までよりずっとマシに戦えてる気がする。
これがあれば、アイツとも渡り合える――そんな気もする。
「湊輔っ、もう一体大型が――」
『ぴーんぽーんぱーんぽーん。えー、速報でーす。巨鬼型鋼甲種が一体、グラウンドに現れましたぁ。繰り返しまぁす。巨鬼型鋼甲種が一体、グラウンドに現れましたぁ。大型が二体だけど、みんなぁー、がぁーんばってねぇー。以上ッ。……ぴーんぽーんぱーんぽーん』
背後から有紗の声が聞こえてきたと同時、放送が流れた。
「グラウンドってマジかよ。――陽向!」
「いるいる! 鎧つけた巨鬼型いるよ!」
雅久が呼んで少ししたあと、再び棘棍棒を振った巨影の後ろから陽向の声が響いた。
雅久は湊輔と入れ替わり、頭上から降りかかってきた重塊を反衝で弾き返した。
「さすがに大型二体同時はきっついな」
「雅久、テニスコートに戻って一気に倒そうッ」
「おうッ」
雅久はまた巨鬼型の一撃を弾き返し、素早く反転する。
そして、先に駆け出していた湊輔に並んだ。
「コイツ倒す前にもう一体来たらどーするよ?」
湊輔は眉をひそめた。
「それは……」
最近になってようやく、敵について知ったことがあった。
異空間に現れ、戦闘状態にない影が取る行動は二種類ある。
一つは、遭遇するまでその場から動かずにいるタイプ。
もう一つは、あちこち徘徊するタイプ。
巨鬼型は後者だ。
「いや」
湊輔は走りながら、肩越しに背後の敵を一瞥した。
「今は倒すことだけ考えよう」
「だな。来たら来たで」
雅久は不敵な笑みを浮かべた。
「そんとき次第だ」
やがてテニスコートに辿り着く。
湊輔はなるべく奥、東端まで引きつけてから振り返った。
「雅久、おれが前やる」
「おう、頼むぜ」
雅久は敵の右半身側に向かった。
湊輔は棘棍棒の間合いに浅く飛び込んだ。
巨鬼型が得物を振りかざす。
視界に赤い光跡が走るのが見えてすぐ、流脚で右前方に踏み込む。
重厚な一打が地面に直撃した瞬間、
――【破突】【抉牙】【流脚】
「らあッ!」
振り下ろされた前腕めがけて月白の剣を突き刺す。
すかさず揺さぶり、ねじ込み、引き抜くなりすぐさま跳び退いた。
「おらあ!」
「そこぉ!」
雅久と陽向が、巨影の右足へと破突と抉牙を繰り出した。
巨鬼型は再び右ひざから崩れ落ち、しかし追撃の余裕を与えないほど素早く立ち上がった。
「あーもうっ、こんだけやって立つとかイカれてるって……!」
陽向が声を荒げ、苛立ちを露わにした。
「だったら立てなくなるまで追い込むんだよ!」
雅久がまた短剣を突き刺し、ねじ込んで引き抜いた。
――【長遠射】
雅久が退くのに合わせて、巨影の右足のふくらはぎで炸裂音がこだました。
巨鬼型がまた右ひざから崩れ落ちる。
今度は上半身を屈めて両手を地面につけた。
――これまでより、ずっと大きな好機。
「っしゃあッ、陽向、頭だ!」
雅久が言うより早く、陽向は巨影の前方に回り込んでいた。
――【旋嵐】
「もらったぁ!」
体を横に一回転させ、巨影の左側頭部に横薙ぎを叩きつける。
巨鬼型は両手剣の一撃に弾かれ、右半身側から倒れ込んだ。
「まだまだぁ!」
陽向は巨影の頭に近づくと、得物を上段に構え、体を反り返らせた。
「もう一体、こっちに来てるわッ」
有紗が声を張り上げた。
「マジかよ……!」
雅久が慌ただしく巨鬼型の頭部に迫る。
「大丈夫大丈夫、これで終わるか――」
――【爆噴流】
「らぁッ!」
陽向が体を勢いよく折り曲げ、両手剣を振り下ろした。
刀身が頭に直撃した瞬間、ズバアン! と響く鋭い爆裂音。
同時、巨影の全身に伝播する衝撃。
巨鬼型は体を震わせ、ぐったりと脱力した。
「ふぅー……これ決まると気持ちいいねぇー」
陽向がキザっぽく、得物を振り下ろしたときに乱れた前髪を直した。
「おい陽向、のんびりしてる暇ねーぞ」
雅久が大盾を短剣でつついて鳴らした。
「分かってる分かって――」
『ぴーんぽーんぱーんぽーん。速報でーす。巨鬼型対刃種が一体、グラウンドに現れましたぁ。繰り返しまぁす。巨鬼型対刃種が一体、グラウンドに現れましたぁ。大型の連戦で大変だろうけど、みんなぁー、がんばってねぇー。以上ッ。……ぴーんぽーんぱーんぽーん』




