二
「うっし、やっとお出ましだぜ」
雅久が意気揚々と、壁に立てかけていた大盾を持ち上げた。
「ははは……」
陽向が乾いた笑いをこぼしながら立ち上がった。
「まだ五人揃ってないのにねぇ……。これさぁ……五人目ってもしかすると――」
「はっ、巨鬼型一体だけだろ? 俺たちでも倒せるっつーの。なんせ――」
雅久は大盾の裏から短剣を引き抜くと、まっすぐ高々と掲げた。
「この守護神様がいるからなッ」
――守護神、それは雅久の自称。
ここ最近言い出した二つ名。
まあ、盾持ちとしての役割が板についてきたから、名前負けはしてない。
むしろ頼もしかったりする。
雅久は短剣をしまい込み、
「っしゃあ! 行くぜ!」
と勇ましい足取りで歩き出した。
「おい雅久」
湊輔が呼び止めた。
表口に向かおうとする雅久が「あ?」と振り返ったところで、図書館の奥を指さす。
「テニスコートだぞ? 裏口のほうが早いだろ?」
雅久は一瞬呆けて目をまばたかせた。
「あ、そっちか」
「聞いてなかったのかよ、そこ……」
雅久を先頭に、四人は裏口から外に出る。
そして目の前にある武道館を回り込み、北東へと進んだ。
テニスコートといえば、その周囲にはフェンスが、中にはネットを張るためのポールがある。
しかし異空間では、それらがまったくない。
机や椅子といった備品は残るくせに、そういったものは残らないことを湊輔は不思議に思った。
でも、周りを囲まれて狭苦しいよりずっとマシか。
武道館の角を曲がったところで、すぐに見えた。
灰黒色の巨影が。
三メートルほどの巨漢体型。
人型ではあるものの、下半身が短め。
割と極端な胴長短足だ。
頭から短くて太い角が二本伸びている。
――巨鬼型。
「っしゃあ! 守護神、我妻雅久、行っくぜえッ!」
雅久は大盾を構えて突撃し始めた。
巨影との距離が中ほどまで詰まったところで、大きく息を吸い込む。
――【猛嚇咆】
『ウオオオオオオオオオッ!』
人間離れした重低音の咆哮に大気が震える。
巨鬼型が、咆えて接近する雅久に振り返った。
そして右手に持つ棘棍棒を振りかぶる。
――【反衝】
雅久は降りかかった重塊に大盾を突き出した。
ガアン! と一帯に響き渡る野太い金属音。
はね返された得物に引っ張られた巨影はよろめき、体勢を崩した。
瞬間――
――【矢継射】
連続する三つの風切り音。
有紗の三連射が、太く丸まった右の肩口へと食らいついた。
「チャーンス!」
陽向が両手剣の切っ先を引きずるように、巨鬼型の右足に走り寄る。
――【旋嵐】
「そぉーれいッ!」
|踏み込むなり重心を下げ、体を横に一回転させる。
その勢いに乗せ、横薙ぎの一撃を叩き込んだ。
ダアン! と巨鬼型の右足でこだまする鋭い炸裂音。
右に傾く巨影。
しかしすかさず、右足を踏み出して持ちこたえた。
今度はそれをまっすぐ振り上げる。
落下地点にはまだ陽向が。
――【不動構】【払停頓】
陽向は両腕を十字に交差させ、頭の上にかざす。
同時に腰を落とし、身を屈めた。
やがて陽向の全身がすっぽり収まる足裏が落下する。
「うぅぅ――」
重量感あふれる踏みつけを受けながらも、陽向はどうにか持ちこたえる。
そこからさらに小さく腰を落とし、
「だあああッ!」
跳ね上げるように体を起こした。
巨鬼型は右足をはね返され、重々しい足音を立てながら二、三歩後ずさる。
「おらおらあッ! どうしたデカブツゥッ!」
雅久が巨鬼型との距離を詰めながら、大盾をガンガン打ち鳴らした。
押し上げられた前線に、陽向、湊輔、有紗が追随する。
巨鬼型は体勢を立て直すと、棘棍棒を両手で握り締めた。
そして体が反り返るほど、大きく振りかぶる。
来る。
重々しい、凄烈な猛打が。
ほぼ同時、湊輔の背後で、弓がギリギリと三度うなった。
雅久が大盾を掲げると同時、振り下ろされる重塊。
轟く野太い金属音。
そのまま押し潰すつもりか、棘棍棒がいっそう沈み込んだ。
――【長遠射】
そこで弦音が叫ぶように鳴った。
直後、巨鬼型が怯み、雅久を拘束していた重圧を解いた。
後ろに下がった右肩に矢が突き刺さっている。
「サンキュー有紗! ――うっしゃあッ!」
――【噴犀角】
雅久は大盾を構え、巨鬼型の左足めがけて大きく踏み込む。
そして得物を勢いよく突き出した。
強打を受けた巨影の左ひざが、わずかに後ろに下がった。
「俺はー……右ぃッ!」
雅久にやや遅れ、陽向が右足に走り寄った。
――【旋嵐】
一回転させた体の勢いに乗せ、両手剣の横薙ぎを叩き込む。
再びこだまする、斬撃とは思えない炸裂音。
「よし……」
「待てッ、湊輔!」
湊輔が踏み出した途端、背後を一瞥した雅久が制した。
凄烈な一撃を両足に受けてもなお、巨鬼型は数歩後ずさっただけ。
転倒にはまだ及ばないらしい。
湊輔が今に一撃でも斬り込めば、巨鬼型の注目は雅久から剥がれる。
そして、それを引き戻すのは容易ではない。
それを解っているから、雅久は湊輔を止めたのだろう。
「おらおらおらおらあッ! 来いやあッ!」
雅久は後退して離れた巨鬼型に、大股気味な足取りで近づいていく。
巨鬼型が再び棘棍棒を両手で握り締める。
今度は野球のバッティングのように構え、左足を踏み込んで振り抜いた。
――【絶壁】
「やべッ――」
雅久は咄嗟に重心を下げて身構える。
瞬間、重厚な一撃が大盾を打ち据えた。
「雅久!」
湊輔は思わず声を荒げた。
雅久の体が右後ろに大きく押しのけられて。
「大丈夫だ! 問題ねえ!」
雅久が声を張り上げてまもなく、次の殴打が吹き荒れた。
雅久は構え続けたまま再び、今度は左後ろに押しのけられた。
巨鬼型は雅久を押し込みながら、立て続けに棘棍棒を振り回す。
一歩ずつ、大地につかみかかるように踏みしめながら。
「隙ありだよぉ……」
陽向が大きく迂回して巨鬼型の背後を取った。
巨影の右足が踏み込んだ瞬間を狙って接近すると、
――【破突】【抉牙】
「もらったぁッ!」
両手剣の切っ先を太ももに突き刺し、揺さぶって傷口を抉り、引き抜いた。
巨影の体が棍棒を振るう動きを止め、右によろめいた。
――【長遠射】
巨鬼型の右肩で炸裂音が弾けた。
巨影が大きく揺らぎ、右手から得物がこぼれ落ちる。
――【旋嵐】
「もぉ一丁っ!」
大きく隙を見せた巨影の背後、陽向が右足へと横薙ぎを打ち込んだ。
その一撃に巨鬼型はひざを折り曲げ、ついにひざまずいた。




