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十一

「食いながらでいい。ただ、よく聞いとけ」

 泰樹はグラスの中身を一口飲んだ。

「ついこの前だ。やたら(つえ)えヤツが――前にリレイトで送ったヤツが出てきやがった」


「そんなのあったっけ?」

 陽向が悠奈に尋ねた。

 悠奈は「うーん」と小首を傾げた。


 泰樹は陽向を見た。

「塩谷と佐伯が来る前に送ったやつだから、知らねえのは無理もねえよ。(わり)いな」


「あぁー、なるほどなるほどぉ」

 陽向は爽やかな、しかしどこか軽い口調で答えた。


 泰樹は改めて全員を見渡した。

「どうにか俺と阿久津で追い込んだが、正直、倒し切ったかどうかは分からねえ。ソイツが出てきたときも、いなくなったときも、放送はまったく流れなかった。そんでソイツは、口から黒い煙を吐いていなくなった」


「もしかすると」

 剣佑が口を挟んだ。

「颯希さんが倒した、サソリのような敵と一緒に出てきた骸骨頭と同じかもしれませんね。地面に沈むように消えていったので、同じやり口で逃げたんじゃ?」


 泰樹は頷いた。

「かもしれねえ」


「なんてゆーか、悪魔だよね」

 入り口に近い六人掛けのテーブルに座る二菜が、隣にいる耀大へとつぶやいた。

「角の生えた馬の頭に、翼の生えた人間の上半身に、馬の下半身に、バフォメット、なんて名前ってさ」


「むぅ……」

 耀大は腕組みしてうなった。

「それに、至極の山羊(バフォメット)は仲間を呼び出すことができるからのぅ。もしまだ生きとるんなら、また仲間を差し向けてくるかもしれん」


「はっ……だったらまたぶった斬ってやりゃいい話だろ」


 耀大の向かいに座る海都が俯きながらぼやいた。

 その隣で明咲が呆れたように、斜め上を見ながら肩を落とした。


「ちなみに」

 店内奥側の六人掛けのテーブルに座る巧聖が、斜め向かいの美結を見た。

「美結さん、憑依(デスエンチャント)使ったんですか?」


 美結が頷くと、今度は泰樹に顔を向けた。


「もしかして泰樹さんはあれ使ったんですか?」

 静かに頷く泰樹を見て、巧聖は引きつった笑みを浮かべた。

「マジですか……。泰樹さんの奥の手っしょ、あれ……」


 巧聖が乾いた声を漏らしたあと、店内が重苦しい沈黙に包まれた。


「それでも」

 低いハスキーな声がそれを払った。

「俺が言えんのは――」


「誰も死ぬな。誰も死なせんな。誰も()られんな。誰も()らせんな、だろ?」

 美結の隣に座る颯希が、やってやったぜ、と言わんばかりに笑った。


「おめえなあ……」

 泰樹は腰に手を当ててうな垂れた。

 逆立てたショートヘアを撫で上げようとして、しかし手を止めて顔を上げた。


「ああ、そういうことだ。どんなヤツが相手でも、どのみち俺たちは異空間(あそこ)からは逃げられねえ。勝って生き延びるか、負けて死ぬかの二択だ。相手によっちゃ無茶なことかもしれねえ。現に、遠山と泉がやられかけた。俺の考えが至らなかったばかりにな」


 湊輔は俯いて奥歯を()み締めた。

 あんな状況、どう考えたって、いくら柴山先輩でも、無理だろ。

 やたら強い敵が何体も出てきて、そこにアイツが現れて。

 ……いや、そもそもおれが狂戦種(バサーク)っていう人狼型(ワーウルフ)を倒していればよかったんだ。

 避けて――逃げ回っていないで、さっさと倒していれば……。


「よし、とりあえず要件は終いだ」


 湊輔が物思いにふけっている間に、泰樹の話が終わった。


「食い足りねえ、飲み足りねえってんなら出すから言いな。……ただし、残すなよ」


「はぁーい」と間延びした返事が重なり、店内の空気が和らいだ。


 泰樹は店の奥に行くと、「理桜おっ」と妹を呼んだ。

 理桜が出てくると、奥側のテーブルから回り始めた。

 テーブルに座るメンバーと話し終えると、

「遠山、泉、ちょっといいか」

 と二人を入り口近くの席に呼んだ。


「この前はすまねえ。駆けつけるのが遅れてよ」


 湊輔は言葉を失った。

 泰樹のしかめ面が、どこか悲しげに見えて。


「いえ……あの状況だと、仕方、ないです」

 有紗が目を伏せ、力なく答えた。


「泉」

 泰樹の表情が引き締まった。

「もし長岡と一緒になるときがあったら、自分の身を守るための戦技(スキル)を教えてもらいな。戦技がどういうふうに使えるようになるかははっきりしてねえが、やり方を知って真似るだけでも身についたりするからよ。あとで俺からもあいつに言っておく」


 有紗はすぐには答えなかった。

 俯き、小さく息を吸い、改めて泰樹を見て、

「はい」

 と頷いた。


「遠山、おめえにも教えることがあるな。一気には無理だが、せめて流転避(ロールシフト)以外の避け方が必要だろ? もしまたアイツが出てきたとき、いちいち転がってたら間に合わなくなるからな」


「は、はい……」

 確かに、転がって立ち上がって、なんて、割と手間が多いと思う。

 ゲームだったら、無敵時間があったりするんだけど。


「あ、じゃあ、おれも霞脚(ヘイズステップ)が使えるようになるってことですか?」


 泰樹はショートヘアを撫で上げた。

「分からねえ。武器の種類が同じでも、どの戦技(スキル)が使えるかは、人によるみてえだからな」


「そう、ですか……」

 湊輔は肩を落として俯いた。


「試してもいねえのに落ち込むんじゃねえ」


 泰樹の穏やかな叱責に、湊輔はすかさず背筋を伸ばして顔を上げた。


「俺からは以上だ。……戻りな」


 湊輔と有紗がカウンターの席に着き、泰樹がカウンターの裏に入ったところで、

「あ、先輩」

 と雅久が泰樹を呼んだ。


「異空間で戦ってるメンバーなんスけど、御堂さんって人は来ないんスか?」


 途端に店内が静まり返った。

 まるで宴会から葬式に移り変わるように、極端に。


「え……」


 雅久は声を詰まらせ、きょろきょろとあたりを見回した。

 カウンターに座る他四人も、いきなりの出来事にテーブル席へと振り返る。


「忠正は」

 颯希の低い声が、重苦しい沈黙の中で波打った。


御堂(みどう)忠正(ただまさ)は、もう、いねえ。去年、死んだんだよ」


 噛み締めるように放たれた言葉。

 颯希が雅久に、そして四人に向ける目は、どこか鋭く獰猛。

 それでいて、なにかをこらえるように細められていた。


「す、すいません……」

 雅久は腰が抜けたような、気抜けした声音で謝った。


 湊輔はふとスマートフォンを取り出し、リレイトを開いた。

 メンバー一覧の一番下に、その名前はあった。


 ――御堂忠正。


 今になって、気づいた。

 気になった。

 泰樹たちにとって、先輩たちにとって、どんな存在だったのか。

 顔を上げると、明らかに悲愴を帯びたしかめ面と目が合った。


 泰樹は湊輔の意図を察したように、口を開いた。


「いいやつだった。バカみてえに前向きで、積極的で……うざってえくらいにな」


 湊輔以外の四人が泰樹に顔を向けた。


「俺たちがこうして戦えてんのは」

 泰樹の表情が険しくなる。

「あいつが――御堂がいてくれたからだ」

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