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「ははっ、マジかよ」

 雅久が驚いたような、あるいは感心したような声を上げた。


 湊輔もまた、広大なグラウンドを徘徊(はいかい)する数多のソレに目を奪われた。


 海外のホラー映画で見るような、まさに生ける(しかばね)――屍人型(アンデッド)

 そして動く人間骨格――骨人型(スケルトン)

 そのすべてが、泰樹が言っていたように灰色。

 正確には灰黒色(かいこくしょく)――灰色がかった黒色――に染まっており、あたかも影。


 似通った姿をした亡者たちは、個々で勝手気ままに徘徊している。

 集団意識みたいなものはなさそうだ。


「うっし、アレ全部倒しゃいいんスね!」


 雅久が意気込むと、隣に立つ巧聖が小さく笑った。


「そーゆーこと。アイツらどーせとろいし、テキトーに動いてるだけだし、割と戦いやすい相手よ。――ねっ、泰樹さん?」


 巧聖の覗き込むような上目遣いに、泰樹は一瞥(いちべつ)をくれてから(うなず)いた。


「っしゃあ、だったら」

 雅久は言葉を切り、一度は亡者たちに向けた視線を巧聖と泰樹に移した。

「あー、戦うのはいいんスけど、なんか役割とかあるんスか?」

 手に持った、長方形の大盾を小さく持ち上げる。

「こんなん持ってるってことは当然、前に出て突っ込むってことになるんスよね?」


「そうだな……」

 泰樹は有紗に顔を向けた。

「泉、おめえはヤツらに近づかれねえよう気をつけながら射て」


「あと、前に立つ俺たちを射たないようにね」


 巧聖がつけ加えたあと、有紗は静かに頷いた。


 泰樹は次に雅久に向いた。

「我妻、おめえは荒井と動け。戦い方は荒井から聞きな」


「うッス、了解ッス」

 雅久は得意顔で敬礼し、巧聖と顔を見合わせて頷き合った。


「遠山」

 泰樹は湊輔の前に立った。

「おめえは俺と一緒に来い」


「あ、はい……分かりました……」


 消え入りそうな声。

 自信なさげな目。

 丸まった背。

 おどおどした様子。

「ぼく戦いたくないです」

 傍目から見れば、湊輔はそんなふうに映っているかもしれない。


「しゃきっとしなッ……やられたくねえならな」


 鋭さのあるハスキーな声に打たれ、湊輔は思わず体をびくつかせた。


「よし、始めるか」と泰樹が言ったところで、弦音(つるね)が鳴った。

 見れば、有紗が残心の姿勢になっている。


 その視線を追いかけた先で、一体の屍人型(アンデッド)がよろめき、倒れ込んだ。


「へぇー……」

 巧聖は目を見張り、髪をかいた。

「いきなりヘッドショット……やるねぇ。すごいよ、有紗?」


 感嘆する巧聖に構わず、有紗はまた弦音を鳴らす。

 放たれた矢は骨人型(スケルトン)の頭蓋を突き落とした。

 継ぎ目を失ったように崩壊する灰黒色の骨格。

 有紗はまた矢をつがえ、弓弦を引き絞り、しかしすぐに緩めて腕を下ろした。


 有紗の矢を射る姿に見惚(みと)れていた湊輔は、不思議そうに影の群集に目を向ける。

 それまで当てもなくさまよっていた亡者たちがすべて、五人に虚ろな視線を注ぎ始めた。

 やがて緩慢な足取りながらも、押し寄せてくる。


 有紗は切れ長の目を細め、改めて弓弦を引き絞り、矢を放つ。

 まもなく集団の前列中央にいた屍人型(アンデッド)が転倒した。

 足下に同族が横たわろうと、亡者たちは身じろぎ一つしない。

 ある者は避け、ある者は踏みつけ、着実に行進してくる。


 湊輔は顔を引きつらせて半歩引いた。

「いたっ」

 途端、いきなり背中を(たた)かれた。


「おい湊輔、びびってんじゃねーよ」

 雅久が浮かべる笑みは無邪気で、愉快げで、いてもたってもいられないようにうずうずしている。


「いや、でも……」

 湊輔は目を泳がせた。


「でももくそもねえだろ? 倒さねえと終わんねえなら、やるしかねえだろ。それに好きだろ? こーゆーの」

 雅久はまた湊輔の猫背を叩いた。


「いや、それはゲームの話で、こんなのわけが違――」


「じゃあVRゲームってことにしとけよ。細けえこと気にすんなって。あんなん、動くコケシじゃねーか」


「……カカシ? いった」

 また叩かれた。


「だから細けえこと気にすんなって」

 雅久は短剣を引き抜き、大盾を打ち鳴らした。

 それから、したり顔を巧聖に向ける。


「よし、じゃあ泰樹さん、俺たちは左から行きますねぇ」

 巧聖は雅久を引き連れ、灰黒色の波に向かって左側に駆けていった。


「あ、湊輔! どっちが多く倒すか勝負だ!」

 雅久が肩越しに言い捨てていった。


「遠山」

 泰樹が低い声音で静かに呼んだ。


 湊輔がおずおずと目を向けると、泰樹は迫りくる亡者たちを見据えていた。


(こえ)えか?」


 湊輔は一瞬呆け、

「え、えっと、その……はい」

 と絞り出したような声で答えた。


 怖い。

 そりゃ怖い。


 ゲームの中で戦うモンスターなんて、あくまで画面越しの、プログラムで動いてる――動かされてるだけの存在だ。


 でも、アイツらは?

 なんていうか、生々しい。

 ゲームというか、海外のパニックホラー映画の、遠くからゾンビたちが迫ってくるシーンみたいだ。

 いや、それ以上に、「迫力がある」じゃ足りないくらい、妙な圧迫感がある。


「それで構わねえ。それが普通だ。怖がるやつは怖がる……が、我妻みてえに、違う捉え方をするやつだっている」


「雅久は、まあ……昔からああです」


 泰樹はまばたきして、ぽつりとつぶやいた湊輔を横目で一瞥した。

(なげ)えのか? 付き合い」


「そう、ですね……幼馴染です」


 湊輔の視界の左側で、巧聖と雅久が暴れ始めている。

 雅久は初めてのくせに大胆に、短剣と大盾を不慣れな動きで振り回している。

 雅久の死角に敵が迫れば、巧聖が長槍を突き出して貫いていく。


 泰樹もその様子を眺めていた。

 どこか涼しげなしかめ面で。

「羨ましいか? 我妻が」


「うっしゃあ! 六う!」

 雅久が、とても戦いの渦中とは思えない、活気に満ちた声を上げた。


「そう、ですね……羨ましい、です」

 ああやって、不気味なヤツらを前にしても怖がらない度胸が。


「……まずは一発でいい。一発ぶち込め。そうすりゃあとはなんとかなる」

 泰樹は湊輔に横顔を向け、

「いつでも動けるよう、準備しときな」

 と言い捨てて、白銅の剣を払って駆け出した。


 (たかぶ)るように身体がざわついた。

 先輩が自分のために駆け出した。

 不意にそう思って。

 そしてその後ろ姿がどこか、いつか見た映画の、やがて王となる剣士の背中と重なって。


 やらなきゃ。

 おれだって、やらなきゃ……っていうか、やらなきゃあの鬼の形相に睨まれる。

 そっちのほうがなんか怖い。

 死ぬ。


 次第に高鳴る鼓動を、深く息を吸って無理やり押しとどめる。

 そして、月白の剣に目を落とし、柄を両手で握り締め、深く息を吸った。


 泰樹は群れからはぐれ気味な一体の骨人型(スケルトン)に詰め寄るや、切っ先で頭蓋を小突いた。

 二つの虚ろなくぼみが向くなり、半身で跳ぶように後退する。


「遠山、来い!」


 一瞬、身体が震え上がった。

 行け、行けッ……! と湊輔は自分を奮い立たせる。

 より強く柄を握り込み、得物を右脇に構えて走り出した。


 骨人型(スケルトン)は鋭く(とが)った五本の指を広げ、泰樹へと振り下ろす。

 泰樹はそれを避けると、前腕ごと斬り落とした。


 腕をなくし、つんのめり、完全に隙だらけな骨人型(スケルトン)

 湊輔は大きく踏み込むなり、

「うああああああッ!」

 渾身(こんしん)の力を振るい、不慣れな袈裟(けさ)斬りを打ち込んだ。


 月白の刀身が骨人型(スケルトン)の胴を斜めに、砕くように斬り裂く。

 灰黒色の骨格は見えざる接合を失ったように、呆気(あっけ)なく崩壊した。


「いいぞ、よくやった。いったん下がれ」

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