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 夜、湊輔は自室で、机に置いているスマートフォンを凝視していた。

 約束の時間まであと一分。

 今か今かと画面を眺めていると、リレイトにメッセージが入った。


『今大丈夫ですか?』


『大丈夫です』


 待ちわびたメッセージに、即座に返信した。

 たった数文字打つだけなのにどうしてか、指先がかすかに震えた。


 ふぅ、と息をついたところで着信が入った。

 一瞬びくついてから、慌ただしくスマートフォンを持ち上げ、おそるおそる応答ボタンに触れた。


「はッ、はい」

 声が上ずった。


『遠山くん? ごめんなさい、急にお願いして』


 湊輔は途端に放心した。

 いつもは少し離れた位置から聞こえていた艶のあるソプラノ。

 それが鼓膜のすぐ近くで聞こえて。


『遠山くん?』


「え、あ、うん、だ、大丈夫……」

 全然大丈夫じゃない。

 まともに話できるのか、これ?


『それで……その……』


 有紗が口をつぐんだのか、耳元が静かになった。


「う、うん……?」


 聞き返してから、妙に長い時間が流れたように思えた。

 壁掛けのデジタル時計を見てみれば、まだ二分とも経っていない。


『今日、授業が始まる前に教室に来たのって……わたしのこと、心配した、から?』


 湊輔は息を吸ってから、「うん」と頷いた。


『そう……ありがとう』


 どうしてか、通話を始めてから高鳴っていた胸が、いっそう激しさを増した。

 もう何度か聞いた一言なのに、今のは、不思議と特別な感じに聞こえて。


「い、いやほら、一緒に戦ってるんだし、それに、き、気づいたら泉さん、倒れてたし、だから、その、も、もし、なにかあったら、い、嫌だ、な、って……」


『うん、ありがとう』


 微笑んでいる有紗の顔が目に浮かんだ。

 湊輔はいてもたってもいられず、机から離れるとベッドに上がって座り込んだ。

 枕を抱え、壁に寄りかかる。


『それで、アレは――至極の山羊(バフォメット)はどうなったの? 異空間(あそこ)から戻ってこれたなら、倒したか、自分からいなくなったかのどっちかのはずだけど』


 途端に浮かれていた気分が静まった。

 別に悪いことじゃない。

 それはしっかり伝えるべきだから。


「実は、よく分かってないんだ。柴山先輩と美結さんが追い込んだんだけど、そのあと、いきなり黒い煙に覆われて、煙がなくなったら、アイツの姿がなくなってた」


『煙……? そういえばアレが出てきたとき、放送が流れなかったわ。終わったあとも流れなかったの?』


「うん。すぐに戻された」


『そう……』


 漂い出す静寂。


「あのさ」

 先に湊輔が切り出した。

「おれの後ろにアイツが出てきてからのこと、教えてほしいんだけど」


『……やっぱり、憶えてないのね』


「うん、ごめん。だから、お願い」


『謝らなくても……。そうね、アレが遠山くんの後ろに現れて、人狼型(ワーウルフ)を斬ったあと、もう一本の鉈を遠山くんに振り下ろしたの』


 たぶん、その瞬間発動したんだろうな。

 ――死逃視眼(デッドサイト)が。


『遠山くんは振り返って……鉈を弾き返したわ』


 湊輔は目を見開いて呆けた。

「弾き返した……? どうやって?」

 あんな、バカでかい鉈を?


『どうって、言葉通りよ。剣を両手で持って、アレが動くのに合わせて、ずっと』


「ずっと?」

 一度だけじゃないのか?


『そう、ずっと。わたしがアレの頭に()てるまで、ね』


「え……じゃあ、泉さんが倒れてたのって――」


 それ以上の言葉を、続けるべきではない。

 じゃあ、の時点で止めるべきだった。

 思わず口をついてしまったとはいえ、満ち始めた沈黙に湊輔は後悔した。

 言い繕うべきか戸惑っていると、有紗の声が聞こえてきた。


『えぇ。あのとき、遠山くんに任せていれば、余計な心配をかけること、なかったと思うの。もしかしたら、先輩たちが合流して、あわよくば倒せていたかもしれないわね』


「そう、だね。……泉さん、思い出してつらくなるとか、ないの? なんか割と、落ち着いてない?」


『……つらくない、って言ったら、うそになるわね』

 言葉の割に、先ほど同様口調は淡々としている。


『正直言えば、これでもう戦わなくて済むなら、もう戦いたくないの。今までが優しかったのよ、きっと。いつもみんな一緒に固まって動いて、順調に敵を倒して。でも、もし今日みたいにみんなが散り散りになったら、自分の身は、自分で守るしか、ないもの。そんな自信、ないから』


「だったら……」

 湊輔は声を一段強く張り、抱えていた枕を強く握り締めた。


「おれ、ずっと泉さんの近くにいる。だって、おれが一回でも剣を振れば、敵はみんなおれに向くし。囮……そう、おれが囮になれば、泉さんは、ぜ、絶対、安全、だから……」


 勢いのままに言い放ったものの、急に不安が込み上げてきた。

 言葉の選び方をまちがったとか、自分が聞く側だったら恥ずかしくなるような言い方をしたとか、そんなことが思い浮かんで。


 ただそれ以上に、今言ったことを一度でも守れなかったら、最悪だよな、と思えて。


『ありがとう』

 湊輔が言い繕おうとするより、有紗が早かった。

『でも、無茶だけはしないで。お願い』


「うん、大丈夫。おれ、無茶とかしないから」

 ……なんて言ったけど、説得力ないよな。

 だってもう、アイツの鉈を弾くとか、とんでもないことやってるし。


 けど、試してみるべき、なのかもしれない。

 アイツの鉈を弾き返すことができたのは、死逃視眼(デッドサイト)の力あってこそだけど。

 それでも、いつか躱し切れなくなるくらいなら……。


『ずっと気になってたんだけど、今まで遠山くんが助けてくれたのって、先見(ゼロサイト)っていう戦技(スキル)の力なの?』

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