四
勢いよく突き出された大剣。切っ先は虚空を穿って止まった。
泰樹はその上に、しなやかな身のこなしで飛び乗っていた。
すかさず狼の頭を踏み台にして跳び上がると、軽やかな前方宙返りを魅せ、
――【墜兜割】
「そこおッ!」
両手で握り締めた白銅の剣を垂直に振り下ろした。
人狼型は全身が押し潰されるように、下あごと胸元から大地に叩きつけられた。
ズンッと肉厚な音が上がり、ガァンッと重厚な金属音が鳴き喚く。
「すご……」
「う、うん……」
目を丸くして感嘆した悠奈に、湊輔は思わず相槌を打った。
身体が震えた。
泰樹の見せた身のこなし、そして、二メートルを超す巨体を一撃で沈めた威力に。
泰樹は切っ先を巨影に差し向けたまま後ずさる。
「泉! でけえ敵の音はねえか! これとッ、阿久津が相手してんのとッ、あともう二つだ!」
目の前の敵は倒れ伏しているものの、依然として警戒を解かない。
「あと、二つ……?」
湊輔は泰樹の放った言葉を復唱した。
「そういえば、人狼型のばさーく? が三体と、ろばすと? が一体って、放送で言ってたよね……?」
悠奈が不審げに尋ねてきたものの、放送が流れたとき、湊輔はちょうど痛みに悶えていたため、よく聞こえていなかった。
「います!」
有紗が湊輔と悠奈の後ろに近づきながら、泰樹の背中に叫んだ。
「北東と南東に一つずつッ……近づいてきています!」
「うそだろ……」
湊輔が引きつった声を漏らすのと、泰樹が舌を鳴らすのは同時だった。
地面に突っ伏していた人狼型が動いた。
寝起きのように、気だるそうにむくりと立ち上がる。
首を左右に動かし、回し、まるで笑っているように牙をぎらつかせた。
美結さんは……と湊輔は北、昇降口方面に横目を向けた。
美結は人狼型が振り回す大剣を躱して応戦している。
ただ、どこかぎこちなくて危なっかしい。
「佐伯ッ、阿久津んとこ行って、憑依を使えって言え! あとはそのまま一緒に戦え! 行け!」
泰樹の口早な怒号に打たれ、悠奈はただ頷いて駆け出した。
人狼型が大きく踏み込んで大剣を薙いだ。
泰樹はまたも霞脚で懐に潜り込み、
――【烈破突】【抉牙】
巨影の右脚に刃を突き刺し、傷口を抉り、ねじ込み、引き抜いた。
股下をくぐり抜け、敵の背後に回り込む。
人狼型は一瞬右半身側に沈み込み、しかしまた持ち直した。
「なんで……立てるんだよ……」
湊輔は声を震わせた。
しぶとい、しぶとすぎる。
全部で何発くらった?
いや、数なんてどうでもいい。
どれも強力な一撃だったのに、なんでそんな、普通に動いてられるんだよ。
「遠山! 俺は向こうのヤツらをやる! コイツを引きつけとけ!」
「え……」
ソイツを?
おれが……?
「早くしろ!」
泰樹は降りかかった刃を弾いた。
「動け!」
――【長遠射】
人狼型の右肩で炸裂音がこだまし、振りかざした大剣が右に揺らいだ。
しかし巨影は左腕だけで得物を振り払うと、素早く翻った。
「遠山ッ、おめえがやらねえと泉が追われるぞ!」
――【長遠射】
また弓がうなり、弦音が鳴った。
放たれた矢が命中したのは巨影の胸元。
人狼型がわずかに怯んでのけ反る。
湊輔はふと有紗を一瞥した。
ほんの一瞬見えたのは、凄んだ切れ長の目。
それに睨まれたような気がした。
人狼型が獰猛に、あらん限りに目を見開いて牙を剥く。
両手で持った大剣を、左肩にかつぐように構えた。
そして緩慢な走りで詰め寄ってくる。
「遠山! ……頼むぞ」
泰樹は言い捨て、裏門のある東に向かって駆け出した。
湊輔は迫る巨影と、走り去る泰樹の姿を交互に見てから、
「くそぉ……」
とかすれた声を漏らし、踏み出した。
視界に赤い光跡が横断する。
流転避で敵の左半身側に転がり込み、
――【破突】
「このおッ……」
月白の剣を左脚に突き刺した。
すぐに引き抜いて後転する。
まもなく、ブゥンッと空を薙いだ長大な刃。
全身に伝い始めた、燃え上がるような感覚。
速い。
次の攻撃までの、敵の動きが。
それに硬い。
防具とか外骨格なんてないのに。
湊輔が突き刺した刀身は半分、さらにその半分にも満たなかった。
また視界に光跡が走る。
垂直に、叩き斬ってくる。
「くうっ……」
流転避で躱した直後、硬質な音が弾け、アスファルトの地面にひび割れが生じて、細かい破片が舞った。
人狼型が大剣を持ち上げようとする。
そこに有紗が射かけた。
矢は丸みを帯びた右肩に直撃して音を立てる。
巨影は押し込まれたように右半身を下げ、少しばかりうな垂れた。
――【渾撃】
「脚がダメなら……!」
湊輔は急迫するなり、狼の首筋に月白の剣を叩き込んだ。
右手から迸る、衝撃の感覚。
手ごたえは十分。
だが、刃は灰黒色の体の表面を滑るように斬り抜けた。
隆々とした上半身が動くのと同時、すぐさま跳び退いて転がった。
剛腕が半瞬前の湊輔を振り払う。
ただ払いのけようとしたのではない。
確実な一撃を打ち込もうと、体にひねりを加えていた。
「はあ……はあ……」
湊輔が肩で息をしながら見据えていると、人狼型はゆらりと灰色の空を仰ぎ見た。
有紗の矢を受けながらも、まるで気にも留めていないような佇まい。
やがて牙を食いしばり、大きく息を吸った。
大胸筋が膨れ上がる。
さらに肩が、腕が、背中が、尻が、ももが、一回り、二回り肥大した。
湊輔は戦慄した。
そう、人狼型との戦いは、ここからが本番。
全身の筋肉が肥大し、より狂暴さを増す。
こんなヤツがもっと狂暴になるとか、やめてくれ。
巨影は頭を下げると、左手で大剣を持ち上げた。
ナイフでも振るかのように軽々と、右に、左にと払う。
それからおもむろに湊輔に向いた。
来る。
視界に赤い光跡が走る。
二本、斜めに交差して。
すかさず後退するのと、元いた場所に人狼型が急迫するのはほぼ同時だった。
わずかに湊輔が速い程度。
重厚な刃が空を斜め十字に斬り裂き、アスファルトに二本の爪痕を深々と刻み込んだ。
間髪入れず、また一歩踏み込んで上段から打ち下ろす。
さらに繰り返される、素早く、激しい猛襲。
湊輔は反撃の隙を見出せず、ただただ斬撃を躱し続けるだけ。
やがていつの間にか、駐車場の南端まで追い込まれていた。
ほんのわずかな余裕の中、肩越しに背後を見る。
並木まで十歩かそこら。
また襲いかかってきた刃を右に転がって避ける。
今度は左に避け、さらに後ろに転がった。
ついに壁際もとい並木際に。
明らかに狙っている。
人狼型はむやみやたらに暴れ狂っているように見えて、狡猾に追い詰めてきている。
狼の頭が口を開いた。
あたかも、とどめを宣告する卑しい微笑。
「うぅっ……!」
突如体を襲った、締め上げるような圧迫感と強烈な吐き気。
湊輔はたまらず左手の甲を口元に当てた。




