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 勢いよく突き出された大剣。切っ先は虚空を穿(うが)って止まった。


 泰樹はその上に、しなやかな身のこなしで飛び乗っていた。

 すかさず狼の頭を踏み台にして跳び上がると、軽やかな前方宙返りを魅せ、


――【墜兜割(ヘルダイブ)


「そこおッ!」

 両手で握り締めた白銅の剣を垂直に振り下ろした。


 人狼型(ワーウルフ)は全身が押し潰されるように、下あごと胸元から大地に叩きつけられた。

 ズンッと肉厚な音が上がり、ガァンッと重厚な金属音が鳴き喚く。


「すご……」


「う、うん……」


 目を丸くして感嘆した悠奈に、湊輔は思わず相槌(あいづち)を打った。

 身体が震えた。

 泰樹の見せた身のこなし、そして、二メートルを超す巨体を一撃で沈めた威力に。


 泰樹は切っ先を巨影に差し向けたまま後ずさる。

「泉! でけえ敵の音はねえか! これとッ、阿久津が相手してんのとッ、あともう二つだ!」

 目の前の敵は倒れ伏しているものの、依然として警戒を解かない。


「あと、二つ……?」

 湊輔は泰樹の放った言葉を復唱した。


「そういえば、人狼型(ワーウルフ)のばさーく? が三体と、ろばすと? が一体って、放送で言ってたよね……?」


 悠奈が不審げに尋ねてきたものの、放送が流れたとき、湊輔はちょうど痛みに(もだ)えていたため、よく聞こえていなかった。


「います!」

 有紗が湊輔と悠奈の後ろに近づきながら、泰樹の背中に叫んだ。

「北東と南東に一つずつッ……近づいてきています!」


「うそだろ……」


 湊輔が引きつった声を漏らすのと、泰樹が舌を鳴らすのは同時だった。


 地面に突っ伏していた人狼型(ワーウルフ)が動いた。

 寝起きのように、気だるそうにむくりと立ち上がる。

 首を左右に動かし、回し、まるで笑っているように牙をぎらつかせた。


 美結さんは……と湊輔は北、昇降口方面に横目を向けた。

 美結は人狼型(ワーウルフ)が振り回す大剣を(かわ)して応戦している。

 ただ、どこかぎこちなくて危なっかしい。


「佐伯ッ、阿久津んとこ行って、憑依(デスエンチャント)を使えって言え! あとはそのまま一緒に戦え! 行け!」


 泰樹の口早な怒号に打たれ、悠奈はただ頷いて駆け出した。


 人狼型(ワーウルフ)が大きく踏み込んで大剣を薙いだ。

 泰樹はまたも霞脚(ヘイズステップ)で懐に潜り込み、


――【烈破突(ガネットレイト)】【抉牙(バイト)


 巨影の右脚に刃を突き刺し、傷口を(えぐ)り、ねじ込み、引き抜いた。

 股下をくぐり抜け、敵の背後に回り込む。


 人狼型(ワーウルフ)は一瞬右半身側に沈み込み、しかしまた持ち直した。


「なんで……立てるんだよ……」

 湊輔は声を震わせた。

 しぶとい、しぶとすぎる。

 全部で何発くらった?

 いや、数なんてどうでもいい。

 どれも強力な一撃だったのに、なんでそんな、普通に動いてられるんだよ。


「遠山! 俺は向こうのヤツらをやる! コイツを引きつけとけ!」


「え……」

 ソイツを?

 おれが……?


「早くしろ!」

 泰樹は降りかかった刃を弾いた。

「動け!」


――【長遠射(ナガエウチ)


 人狼型(ワーウルフ)の右肩で炸裂音がこだまし、振りかざした大剣が右に揺らいだ。

 しかし巨影は左腕だけで得物を振り払うと、素早く翻った。


「遠山ッ、おめえがやらねえと泉が追われるぞ!」


――【長遠射(ナガエウチ)


 また弓がうなり、弦音が鳴った。

 放たれた矢が命中したのは巨影の胸元。

 人狼型(ワーウルフ)がわずかに(ひる)んでのけ反る。


 湊輔はふと有紗を一瞥(いちべつ)した。

 ほんの一瞬見えたのは、凄んだ切れ長の目。

 それに睨まれたような気がした。


 人狼型(ワーウルフ)が獰猛に、あらん限りに目を見開いて牙を剥く。

 両手で持った大剣を、左肩にかつぐように構えた。

 そして緩慢な走りで詰め寄ってくる。


「遠山! ……頼むぞ」

 泰樹は言い捨て、裏門のある東に向かって駆け出した。


 湊輔は迫る巨影と、走り去る泰樹の姿を交互に見てから、

「くそぉ……」

 とかすれた声を漏らし、踏み出した。


 視界に赤い光跡が横断する。

 流転避(ロールシフト)で敵の左半身側に転がり込み、


――【破突(ペネトレイト)


「このおッ……」

 月白の剣を左脚に突き刺した。

 すぐに引き抜いて後転する。

 まもなく、ブゥンッと空を薙いだ長大な刃。

 全身に伝い始めた、燃え上がるような感覚。


 速い。

 次の攻撃までの、敵の動きが。

 それに硬い。

 防具とか外骨格なんてないのに。


 湊輔が突き刺した刀身は半分、さらにその半分にも満たなかった。


 また視界に光跡が走る。

 垂直に、叩き斬ってくる。


「くうっ……」

 流転避(ロールシフト)で躱した直後、硬質な音が弾け、アスファルトの地面にひび割れが生じて、細かい破片が舞った。


 人狼型(ワーウルフ)が大剣を持ち上げようとする。

 そこに有紗が射かけた。

 矢は丸みを帯びた右肩に直撃して音を立てる。

 巨影は押し込まれたように右半身を下げ、少しばかりうな垂れた。


――【渾撃(ホールブロウ)


「脚がダメなら……!」

 湊輔は急迫するなり、狼の首筋に月白の剣を叩き込んだ。

 右手から(ほとばし)る、衝撃の感覚。

 手ごたえは十分。

 だが、刃は灰黒色の体の表面を滑るように斬り抜けた。


 隆々とした上半身が動くのと同時、すぐさま跳び退いて転がった。

 剛腕が半瞬前の湊輔を振り払う。

 ただ払いのけようとしたのではない。

 確実な一撃を打ち込もうと、体にひねりを加えていた。


「はあ……はあ……」


 湊輔が肩で息をしながら見据えていると、人狼型(ワーウルフ)はゆらりと灰色の空を仰ぎ見た。

 有紗の矢を受けながらも、まるで気にも留めていないような佇まい。


 やがて牙を食いしばり、大きく息を吸った。

 大胸筋が膨れ上がる。

 さらに肩が、腕が、背中が、尻が、ももが、一回り、二回り肥大した。


 湊輔は戦慄した。

 そう、人狼型(ワーウルフ)との戦いは、ここからが本番。

 全身の筋肉が肥大し、より狂暴さを増す。

 こんなヤツがもっと狂暴になるとか、やめてくれ。


 巨影は頭を下げると、左手で大剣を持ち上げた。

 ナイフでも振るかのように軽々と、右に、左にと払う。

 それからおもむろに湊輔に向いた。


 来る。

 視界に赤い光跡が走る。

 二本、斜めに交差して。

 すかさず後退するのと、元いた場所に人狼型(ワーウルフ)が急迫するのはほぼ同時だった。

 わずかに湊輔が速い程度。


 重厚な刃が空を斜め十字に斬り裂き、アスファルトに二本の爪痕を深々と刻み込んだ。

 間髪入れず、また一歩踏み込んで上段から打ち下ろす。


 さらに繰り返される、素早く、激しい猛襲。

 湊輔は反撃の隙を見出せず、ただただ斬撃を躱し続けるだけ。


 やがていつの間にか、駐車場の南端まで追い込まれていた。

 ほんのわずかな余裕の中、肩越しに背後を見る。

 並木まで十歩かそこら。

 また襲いかかってきた刃を右に転がって避ける。

 今度は左に避け、さらに後ろに転がった。


 ついに壁際もとい並木際に。

 明らかに狙っている。

 人狼型(ワーウルフ)はむやみやたらに暴れ狂っているように見えて、狡猾(こうかつ)に追い詰めてきている。


 狼の頭が口を開いた。

 あたかも、とどめを宣告する卑しい微笑。


「うぅっ……!」


 突如体を襲った、締め上げるような圧迫感と強烈な吐き気。

 湊輔はたまらず左手の甲を口元に当てた。

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