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 A棟校舎の角からのっそり現れた、二足立ちの狼の影。

 その側頭部に、有紗の放った矢が直撃して炸裂音がこだました。

 人獣型(コボルド)は頭から吹き飛び、右隣に並んでいた仲間と共に倒れ込んだ。


 途端に校舎の角から、同じような姿形をした影がわらわらと飛び出してくる。

 人獣型(コボルド)たちは獰猛に牙を剥き、得物を振りかざし、荒波のごとく押し寄せてきた。

 続々と現れる影は二十、三十と数を増す。

 もはやクラス一つ分。

 多すぎだろ、と湊輔は思わず顔を引きつらせた。


 泰樹は先陣を切り、躊躇(ちゅうちょ)なく灰黒色の群集に突撃する。


――【霞躱撃(ヘイズレイド)


 超速の踏み込みに合わせて白銅の剣を振り払う。

 それを何度も繰り返し、瞬く間に群れの背後に抜け出た。

「どこ見てる! こっちだ!」


 泰樹の怒号に、多数の人獣型(コボルド)が振り返った。


――【潜駆(サブマリン)】【刹戮刃(グリムスクリーム)


 美結が静寂をまとい、泰樹同様群集の中へ突撃し、抜けていく。

 通過するたびに、最低一つは狼の頭が宙を舞う。

 長い黒髪がなびき、鉛色の刃が閃く様は、あたかも死神。


 気づけば隣の仲間の頭がない。

 そんな異変にうろたえてか、人獣型(コボルド)たちはせわしなく頭を振るものの、美結の姿をまるで捉えていない。


――【顎砕(アッパーカット)


「やぁッ!」

 悠奈が混乱する敵の一体に詰め寄り、狼の下あごに右の拳を突き上げるように打ち込んだ。

 ドゴッと鳴る、鈍い打撃音。

 人獣型(コボルド)は小さく浮き上がり、地面に背中を打ちつけてはぐったりと脱力した。


 泰樹が注意を引き、美結、悠奈、有紗が遊撃する。

 四人の猛攻に、人獣型(コボルド)の群れは呆気(あっけ)なく半壊した。


 もう半分を切れば……と、湊輔は深呼吸して構え直した。

 さっきは、いきなり目の前が真っ赤になりかけて焦った。

 でも、今度は慌てない。

 敵の間合いから離れれば、赤い筋は薄まるか消える。

 落ち着け。

 冷静に動け。


 ついに人獣型(コボルド)の数が残り十を切った。


 行くぞ、と湊輔が足を踏み出した瞬間――


「なっ……」


 視界の右上が赤く染まった。


「敵です!」

 同時、有紗が叫んだ。


 咄嗟(とっさ)流転避(ロールシフト)で、飛び込むように左に転がる。

 直後右から、ガアンッと弾ける重厚な金属音。

 飛び散るアスファルトの破片。


人狼型(ワーウルフ)……?」

 湊輔は目を見張り、心当たりのある敵の名前を口にした。


 二メートルを超す、二足立ちの巨狼(きょろう)

 隆々たる肉体。

 後頭部まで反り立つ、膨大な毛量を誇る尾。

 それはこれまで何度か見た敵の姿。


 ただ一つ、異なる点があった。


 人狼型(ワーウルフ)のもう一つの特徴が、徒手空拳による肉弾戦。

 鋭い爪牙、拳打、蹴撃(しゅうげき)、そしてその肉厚な巨体を用いた体当たり、のしかかりと戦法は幅広い。

 時折狼のごとく四足で激しく動き回り、敵を翻弄しては陣形をかき乱す。


 そんなその身一つで戦う巨狼が、身の丈ほどもある大剣を両手で握り締めている。

 幅広で分厚い片刃の刀身。

 それを軽々と肩にかけると、虚ろな瞳で湊輔を(にら)みつけた。


 狼の頭が牙を剥き、右脚を浮かせた瞬間、視界を赤い光跡が縦断した。

 すかさず後転して間合いから逃れる。

 振り下ろされた大剣により、半瞬前の湊輔が叩き斬られた。


――【長遠射(ナガエウチ)


 巨影の背中からパァン! と炸裂音がこだました。

 人狼型(ワーウルフ)は湊輔から視線をそらし、有紗へと肩越しに振り向く。


「やらせるか……!」

 湊輔は弾かれたように巨影へと詰め寄った。


――【渾撃(ホールブロウ)


「だあッ!」

 右手首を狙って月白の剣を振り下ろす。

 鋭い金属音がこだまし、湊輔は思わず顔をゆがめた。

 刀身がすんでのところで、幅広な刃に阻まれたから。

「くそっ……」


 離れようとしたそのとき、視界の下側が赤く染まった。

「ごほぉ……」

 湊輔は人狼型(ワーウルフ)の横蹴りをもろに受け、体をくの字に曲げられた。

 たまらずひざから崩れ落ち、鳩尾(みぞおち)を押さえてうずくまる。

「はっ――はっ――」

 起き上がろうにも、呼吸がままならない。


 一瞬、時が緩やかに流れ出し、しかしすぐに平常に戻った。


――【弾攻構(スーパーアーマー)


 ガアン! と響く硬質な音。

 ふと顔を上げると、左腕を盾のようにかざした泰樹の背中があった。

 大剣は明後日の方向に流れている。


――【刹開刃(グリムグロウン)


 美結が二本の短剣(グルカナイフ)を、巨影の右ももに食い込ませた。

 瞬時に、傷口を切り開くように引き抜く。

 巨体が右半身側に浅く沈んだ。


 人狼型(ワーウルフ)は体勢を持ち直すと、素早く跳び退いて大きく距離を取った。


「遠山、立てるか?」

 泰樹が肩越しに問いかけた。

 湊輔の返事がままならないことに気づくと、

「佐伯、遠山を看てろ」

 と言い捨て、遠のいた敵を追いかけようと踏み出した。


「まだ来ますッ」


「なに……?」

 有紗の張り上げた声に、泰樹は足を止めて周囲をうかがった。


 同時、弦音が鳴り、駐車場に向けて風切り音が吹いた。


「泰樹くん、後ろお願い……!」

 美結は返事も待たずに泰樹を追い越し、後退した人狼型(ワーウルフ)めがけて肉迫する。


「ちいッ……」

 泰樹は湊輔と悠奈とすれ違って駐車場に躍り出ると、矢を弾いた巨影の前に立ちはだかった。


 南西から猛然と走り寄ってきた二体目の人狼型(ワーウルフ)が、泰樹めがけて大剣を()ぐ。


――【霞脚(ヘイズステップ)】【疾破撃(アサルトクラッシュ)】【終一閃(エクストラ)


 泰樹は超速を発揮して長大な太刀筋に潜り込むと、その勢いに乗せて袈裟斬りを叩き込んだ。

 立て続けに、左腰に据わった白銅の剣を抜き放つ。

 飛沫(しぶき)のごとく爆ぜる一閃(いっせん)


 人狼型(ワーウルフ)は泰樹の一撃に押し流され、数歩後ずさると一回転した。

 そのまま倒れ伏すわけでもなく、大剣を肩にかつぎ、左腕を支えにひざ立ちした。

 泰樹に向け、吠え猛るようにあごを開いて牙を剥く。


『ぴーんぽーんぱーんぽーん。えー、人狼型(ワーウルフ)のー、狂戦種(バサーク)が三体、堅牢種(ロバスト)が一体、現れましたぁ。繰り返しまぁす。人狼型のー、狂戦種が三体、堅牢種が一体、現れましたぁ。みんなぁ、がぁーんばってねぇー。……ふふっ。以上ッ。……ぴーんぽーんぱーんぽーん』


狂戦種(バサーク)が……三体……?」

 身を屈めて威嚇する人狼型(ワーウルフ)を見据えながら、泰樹は白銅の剣を構え直した。

「遠山、起きろ、立て。のんびり寝転がってる暇はねえ。急げッ」


「くっ……」

 湊輔は歯を食いしばりながら、覚束ない動きで起きて、よろよろ立ち上がった。

「佐伯さん……ありがと。もう、大丈夫……」

 なわけがない。

 あの蹴り、普通の人狼型(ワーウルフ)よりずっと威力があった。

 てことは、ただでかい剣を持ってるだけの人狼型じゃないってことだ。


 人狼型(ワーウルフ)が肩から刀身を離した。

 泰樹を見据えながら、四つん這いのように、より深く体を沈み込ませる。

 そして弓を引くように胴を引くや、矢のように目の前に跳んだ。

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