三
A棟校舎の角からのっそり現れた、二足立ちの狼の影。
その側頭部に、有紗の放った矢が直撃して炸裂音がこだました。
人獣型は頭から吹き飛び、右隣に並んでいた仲間と共に倒れ込んだ。
途端に校舎の角から、同じような姿形をした影がわらわらと飛び出してくる。
人獣型たちは獰猛に牙を剥き、得物を振りかざし、荒波のごとく押し寄せてきた。
続々と現れる影は二十、三十と数を増す。
もはやクラス一つ分。
多すぎだろ、と湊輔は思わず顔を引きつらせた。
泰樹は先陣を切り、躊躇なく灰黒色の群集に突撃する。
――【霞躱撃】
超速の踏み込みに合わせて白銅の剣を振り払う。
それを何度も繰り返し、瞬く間に群れの背後に抜け出た。
「どこ見てる! こっちだ!」
泰樹の怒号に、多数の人獣型が振り返った。
――【潜駆】【刹戮刃】
美結が静寂をまとい、泰樹同様群集の中へ突撃し、抜けていく。
通過するたびに、最低一つは狼の頭が宙を舞う。
長い黒髪がなびき、鉛色の刃が閃く様は、あたかも死神。
気づけば隣の仲間の頭がない。
そんな異変にうろたえてか、人獣型たちはせわしなく頭を振るものの、美結の姿をまるで捉えていない。
――【顎砕】
「やぁッ!」
悠奈が混乱する敵の一体に詰め寄り、狼の下あごに右の拳を突き上げるように打ち込んだ。
ドゴッと鳴る、鈍い打撃音。
人獣型は小さく浮き上がり、地面に背中を打ちつけてはぐったりと脱力した。
泰樹が注意を引き、美結、悠奈、有紗が遊撃する。
四人の猛攻に、人獣型の群れは呆気なく半壊した。
もう半分を切れば……と、湊輔は深呼吸して構え直した。
さっきは、いきなり目の前が真っ赤になりかけて焦った。
でも、今度は慌てない。
敵の間合いから離れれば、赤い筋は薄まるか消える。
落ち着け。
冷静に動け。
ついに人獣型の数が残り十を切った。
行くぞ、と湊輔が足を踏み出した瞬間――
「なっ……」
視界の右上が赤く染まった。
「敵です!」
同時、有紗が叫んだ。
咄嗟に流転避で、飛び込むように左に転がる。
直後右から、ガアンッと弾ける重厚な金属音。
飛び散るアスファルトの破片。
「人狼型……?」
湊輔は目を見張り、心当たりのある敵の名前を口にした。
二メートルを超す、二足立ちの巨狼。
隆々たる肉体。
後頭部まで反り立つ、膨大な毛量を誇る尾。
それはこれまで何度か見た敵の姿。
ただ一つ、異なる点があった。
人狼型のもう一つの特徴が、徒手空拳による肉弾戦。
鋭い爪牙、拳打、蹴撃、そしてその肉厚な巨体を用いた体当たり、のしかかりと戦法は幅広い。
時折狼のごとく四足で激しく動き回り、敵を翻弄しては陣形をかき乱す。
そんなその身一つで戦う巨狼が、身の丈ほどもある大剣を両手で握り締めている。
幅広で分厚い片刃の刀身。
それを軽々と肩にかけると、虚ろな瞳で湊輔を睨みつけた。
狼の頭が牙を剥き、右脚を浮かせた瞬間、視界を赤い光跡が縦断した。
すかさず後転して間合いから逃れる。
振り下ろされた大剣により、半瞬前の湊輔が叩き斬られた。
――【長遠射】
巨影の背中からパァン! と炸裂音がこだました。
人狼型は湊輔から視線をそらし、有紗へと肩越しに振り向く。
「やらせるか……!」
湊輔は弾かれたように巨影へと詰め寄った。
――【渾撃】
「だあッ!」
右手首を狙って月白の剣を振り下ろす。
鋭い金属音がこだまし、湊輔は思わず顔をゆがめた。
刀身がすんでのところで、幅広な刃に阻まれたから。
「くそっ……」
離れようとしたそのとき、視界の下側が赤く染まった。
「ごほぉ……」
湊輔は人狼型の横蹴りをもろに受け、体をくの字に曲げられた。
たまらずひざから崩れ落ち、鳩尾を押さえてうずくまる。
「はっ――はっ――」
起き上がろうにも、呼吸がままならない。
一瞬、時が緩やかに流れ出し、しかしすぐに平常に戻った。
――【弾攻構】
ガアン! と響く硬質な音。
ふと顔を上げると、左腕を盾のようにかざした泰樹の背中があった。
大剣は明後日の方向に流れている。
――【刹開刃】
美結が二本の短剣を、巨影の右ももに食い込ませた。
瞬時に、傷口を切り開くように引き抜く。
巨体が右半身側に浅く沈んだ。
人狼型は体勢を持ち直すと、素早く跳び退いて大きく距離を取った。
「遠山、立てるか?」
泰樹が肩越しに問いかけた。
湊輔の返事がままならないことに気づくと、
「佐伯、遠山を看てろ」
と言い捨て、遠のいた敵を追いかけようと踏み出した。
「まだ来ますッ」
「なに……?」
有紗の張り上げた声に、泰樹は足を止めて周囲をうかがった。
同時、弦音が鳴り、駐車場に向けて風切り音が吹いた。
「泰樹くん、後ろお願い……!」
美結は返事も待たずに泰樹を追い越し、後退した人狼型めがけて肉迫する。
「ちいッ……」
泰樹は湊輔と悠奈とすれ違って駐車場に躍り出ると、矢を弾いた巨影の前に立ちはだかった。
南西から猛然と走り寄ってきた二体目の人狼型が、泰樹めがけて大剣を薙ぐ。
――【霞脚】【疾破撃】【終一閃】
泰樹は超速を発揮して長大な太刀筋に潜り込むと、その勢いに乗せて袈裟斬りを叩き込んだ。
立て続けに、左腰に据わった白銅の剣を抜き放つ。
飛沫のごとく爆ぜる一閃。
人狼型は泰樹の一撃に押し流され、数歩後ずさると一回転した。
そのまま倒れ伏すわけでもなく、大剣を肩にかつぎ、左腕を支えにひざ立ちした。
泰樹に向け、吠え猛るようにあごを開いて牙を剥く。
『ぴーんぽーんぱーんぽーん。えー、人狼型のー、狂戦種が三体、堅牢種が一体、現れましたぁ。繰り返しまぁす。人狼型のー、狂戦種が三体、堅牢種が一体、現れましたぁ。みんなぁ、がぁーんばってねぇー。……ふふっ。以上ッ。……ぴーんぽーんぱーんぽーん』
「狂戦種が……三体……?」
身を屈めて威嚇する人狼型を見据えながら、泰樹は白銅の剣を構え直した。
「遠山、起きろ、立て。のんびり寝転がってる暇はねえ。急げッ」
「くっ……」
湊輔は歯を食いしばりながら、覚束ない動きで起きて、よろよろ立ち上がった。
「佐伯さん……ありがと。もう、大丈夫……」
なわけがない。
あの蹴り、普通の人狼型よりずっと威力があった。
てことは、ただでかい剣を持ってるだけの人狼型じゃないってことだ。
人狼型が肩から刀身を離した。
泰樹を見据えながら、四つん這いのように、より深く体を沈み込ませる。
そして弓を引くように胴を引くや、矢のように目の前に跳んだ。




