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 湊輔は泰樹の問いかけを理解するのに、少々時間がかかった。

 その間、誰もが答えを待つようになにも言わず、ただただ視線を注いでいた。


 答えるのは至って簡単だ。

「はい」か「いいえ」。

 たったそれだけ。

 それでも、迷った。

 戸惑った。

 一瞬で色々な考えが浮かんできて。


「あ、あの、おれ……」

 時間をかけるな。

 そのうち放送が流れるから。

 それより早く答えないと。

「や、やれますっ、やります……!」


「そうか」

 泰樹は小さく頷き、そして全員に目を向けた。

「よし、敵がなんなのかはまだ分からねえが、前は俺と遠山がやる。阿久津(あくつ)と佐伯は横から叩け。泉はいつも通り後ろからだ」


 泰樹の指示に、湊輔以外の三人が頷いた。


『ぴーんぽーんぱーんぽーん。えー、そこらじゅうに人獣型(コボルド)徘徊(はいかい)してまぁーす。繰り返しまぁす。そこらじゅうに人獣型が徘徊してまぁーす。全滅目指して、みんなー、がぁーんばってねぇー。以上ッ。……ぴーんぽーんぱーんぽーん』


「うわぁ……」

 純情無垢(むく)を覚える少年声の放送に、美結が(ほう)けたような声を漏らした。

「すごく曖昧、だったね……」


「ああ、まったくな」

 泰樹が答えながら、逆立てたショートヘアを()で上げた。

「とりあえず正門から回るか」

 表口に歩み寄ったところで、振り返った。

「阿久津、音がしたらすぐに教えろよ」


 美結は頷き、肩越しに振り向いた。

「有紗ちゃんも順風耳(レシーバー)、持ってたよね……? 時々、放送が流れないのに、敵が増えたりするから……変な音が聞こえたら、教えてね……?」


「はい」

 有紗は小さく頷いた。


 ――順風耳(レシーバー)

 特定範囲内の敵が発する音を聴き取る静的戦技(パッシブスキル)

 湊輔は以前、美結と一緒に戦ったときに教えてもらった。

 一ヶ月前に二体の魔郷の眷属(ドォンケルハイト)が現れたとき、場所を()いたら有紗がすぐに答えたのはこれを持っていたからだろう。


 その流れで、敵が攻撃する直前、視界に映る赤い筋のことを話してみた。

 すると、もしかしたらそれも静的(パッシブ)じゃないかと言われた。

 これでようやく、いわゆる未来予測が先見(ゼロサイト)であると確信できた。


「阿久津、向こうにいそうか?」


「……うん、いるね」

 泰樹の問いかけに、少しばかり間を開けてから美結が答えた。

「十、ううん、もう少し……二十いるか、いないか」


 扉の先に、すでに敵の存在がある。

 湊輔と悠奈は身構え、有紗は矢をつがえた。


「たいした数じゃねえ。それでも気ぃ抜くなよ」

 泰樹は言い捨てるなり、扉を勢いよく開け放った。

 そして外に出るや、


――【霞躱撃(ヘイズレイド)


 (かすみ)がかる体。

 超速の踏み込みに合わせ、白銅の刃が(ひらめ)いた。


 全身灰黒色(かいこくしょく)に染まる、二足立ちの(おおかみ)のような影――人獣型(コボルド)

 その頭が三つ、立て続けに宙を舞う。


 途端にたじろぐような素振りを見せる、他の影たち。

 どうやら待ち伏せていたわけではなく、偶然居合わせただけに見える。


――【急迫拳(バレットレイド)】【叩潰(ハンマーボム)


「よぉーしッ」

 奇襲を受けてざわつく群集の一角に、悠奈が突っ込む。

「やぁッ!」

 手甲による重い拳打を腹部に叩き込み、人獣型(コボルド)の体を折り曲げた。

 さらに耳をつかんで地面に引きずり倒すと、合わせた両手を高々と掲げ、

「それッ!」

 思い切り振り下ろした。

 頭蓋をゆがめられた影はぴくりとも動かなくなる。


――【潜駆(サブマリン)】【闇刹刃(グリムウィスパー)


 悠奈の背後を狙う敵めがけ、美結が走り出した。

 存在感のない、静寂をまとった疾駆。

 瞬く間に詰め寄ると、内反りの刃を持つ短剣(グルカナイフ)で必殺の一撃を突き込んだ。


「え……?」

 悠奈が後ろの物音に気づいて振り返った。

「うわ! ありがとうございます、美結さん!」


 美結は柔らかく微笑んで頷いた。

「気にしなくていいよ……これが普通、だからね」


 泰樹に続き、悠奈と美結が動き出した直後。


「待って」


 踏み出しかけた湊輔を、有紗が呼び止めた。


「どうしたの?」


「左――裏門のほうから足音が近づいてるわ」


 低い声音で告げながら、有紗は弓を引き、二度、三度とうならせた。


――【長遠射(ナガエウチ)


 やがて放たれた矢が、人獣型(コボルド)の頭を捉え、パァン! と炸裂(さくれつ)音を響かせて、体もろとも吹き飛ばした。

 影が地面を転がると同時、有紗は残心をやめ、次の矢をつがえて、標的を見据えた。


「距離は? どのくらいの速さで?」

 湊輔は眉をひそめて訊いた。


 有紗は二射目を放ち、影を吹き飛ばして、次の矢をつがえた。

「まだ少し遠くて、歩いてる感じ。今出るなら、気をつけて」


 不意に胸が高鳴った。

 有紗に心配されて、嬉しくて、気持ちが浮ついた。


「大丈夫、おれなら――」


 みなまで言わず、湊輔は駆け出した。


――【縮地(シュリンク)】【渾撃(ホールブロウ)


 群集の端にいる人獣型(コボルド)へと、吹き荒ぶ勢いで迫る。

「らあッ!」

 放った袈裟(けさ)斬りは影の体を深々と斬り裂き、絶命させた。


 図書館を出てまもなく、二十近い人獣型(コボルド)を仕留めた。

 だがすぐに、有紗の言った通り、裏門側から接近してきた影たちが合流して、二十以上に増えた。


 泰樹が影の増援に突っ込み、白銅の剣を閃かせる。

 その横で、美結と悠奈が得物を振るう。


 大丈夫。

 おれなら、おれには――


 先見(ゼロサイト)がある。

 どれだけ敵が多かろうと、無茶をしなければ、無駄に調子に乗って突っ込まなければ、そう簡単にはやられないはず。


 どこかうろたえているような人獣型(コボルド)に狙いを定め、斬り倒す。

 途端に浴びせるように突きつけられる、数多の眼差し。

 体が火照るように熱くなる。

 ここまでは、いつも通りだ。


 獰猛(どうもう)に牙を()いた人獣型(コボルド)の群れ。

 手斧(おの)や長柄斧、短槍(たんそう)といったそれぞれの武器を振りかざし、雪崩(なだれ)のごとく押し寄せてくる。


 途端に激しくなる動悸(どうき)。荒ぶり出す呼吸を無理やり整えながら、湊輔は身構えた。

 大丈夫、おれには、先見(ゼロサイト)が――


「なッ……」


 湊輔はしかし絶句した。

 視界に走った赤い光跡が、一本、二本……それだけではない。

 何本も折り重なる。

 目の前が真っ赤に染まりかけ、

「うわあッ……」

 たまらず反転して逃げ出した。



「遠山!? ――おめえら、一気に片付けるぞ!」

 異変を感じてか、泰樹が号令を放った。


 湊輔へと流れる多数の人獣型(コボルド)を、泰樹と美結が斬り、悠奈が殴り、有紗が射ち、徐々に数を減らしていく。

 敵を全滅させたころ、五人はA棟校舎の昇降口前に辿(たど)り着いていた。


「すみません……目の前が、急に……」

 湊輔は息を荒げながら、泰樹に頭を下げた。


「落ち着け」

 泰樹が穏やかな声音で言った。

「おめえを責めるつもりはねえからよ」

 湊輔の息が落ち着くのを見てから、肩越しに振り向いた。

「阿久津、こっちに来そうなヤツらはいるか?」


「ちょっと待ってね……」

 美結は俯いてまもなく、顔を上げた。

「うん、いるよ……。でも私たちに気づいてるような足音じゃ、ないかな……」


「そうか」

 泰樹は湊輔に向き直った。

「時間はねえが、なにがあったか聞かせな」


「お、おれの目に映る赤い筋みたいなのが、急に、たくさん……」


 たどたどしい説明を聞き、泰樹はショートヘアを撫で上げた。

先見(ゼロサイト)、だな」

 湊輔が俯いたまま頷くのを見てから続ける。

「減らしてからのほうがいいかもしれねえ。十、いや五体くらいになってからやるか」


 湊輔は上目遣いに泰樹を見た。

 見るからに剣呑(けんのん)なしかめ面はいつも通り。

 ただ、今はまるで別の表情に見えた。

「は、はい……」


「来ます……!」

 有紗が矢をつがえ、A棟校舎の角に狙いを定めた。

 二度、三度と弓がギリギリうなる。


「どのくらいいる?」

 泰樹が前に進み出た。


「さっきと同じくらい……ううん、少し、多いよ……」

 美結が泰樹の左後ろに着いた。


「とりあえず五体くらいまで減らすぞ」

 泰樹が肩越しに振り向いた。

「遠山、そっからおめえの出番だが、いつでも動けるようにしておけ」


 湊輔は月白の剣を強く握り締めた。

「はいっ……」


 悠奈が手甲をガンガン打ち鳴らした。

「でも、遠山くんが(おとり)になればあたしたちが攻め放題なんだよね」

 至って真面目顔で言ったから、ふざけているふうではない。

 けどなぁ……囮って。


 湊輔が悲愴(ひそう)感に打ちひしがれてまもなく、

「来たぞッ」

 とハスキーな声が()え、


――【長遠射(ナガエウチ)


 弦音(つるね)が軽快に鳴った。

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