二
湊輔は泰樹の問いかけを理解するのに、少々時間がかかった。
その間、誰もが答えを待つようになにも言わず、ただただ視線を注いでいた。
答えるのは至って簡単だ。
「はい」か「いいえ」。
たったそれだけ。
それでも、迷った。
戸惑った。
一瞬で色々な考えが浮かんできて。
「あ、あの、おれ……」
時間をかけるな。
そのうち放送が流れるから。
それより早く答えないと。
「や、やれますっ、やります……!」
「そうか」
泰樹は小さく頷き、そして全員に目を向けた。
「よし、敵がなんなのかはまだ分からねえが、前は俺と遠山がやる。阿久津と佐伯は横から叩け。泉はいつも通り後ろからだ」
泰樹の指示に、湊輔以外の三人が頷いた。
『ぴーんぽーんぱーんぽーん。えー、そこらじゅうに人獣型が徘徊してまぁーす。繰り返しまぁす。そこらじゅうに人獣型が徘徊してまぁーす。全滅目指して、みんなー、がぁーんばってねぇー。以上ッ。……ぴーんぽーんぱーんぽーん』
「うわぁ……」
純情無垢を覚える少年声の放送に、美結が呆けたような声を漏らした。
「すごく曖昧、だったね……」
「ああ、まったくな」
泰樹が答えながら、逆立てたショートヘアを撫で上げた。
「とりあえず正門から回るか」
表口に歩み寄ったところで、振り返った。
「阿久津、音がしたらすぐに教えろよ」
美結は頷き、肩越しに振り向いた。
「有紗ちゃんも順風耳、持ってたよね……? 時々、放送が流れないのに、敵が増えたりするから……変な音が聞こえたら、教えてね……?」
「はい」
有紗は小さく頷いた。
――順風耳。
特定範囲内の敵が発する音を聴き取る静的戦技。
湊輔は以前、美結と一緒に戦ったときに教えてもらった。
一ヶ月前に二体の魔郷の眷属が現れたとき、場所を訊いたら有紗がすぐに答えたのはこれを持っていたからだろう。
その流れで、敵が攻撃する直前、視界に映る赤い筋のことを話してみた。
すると、もしかしたらそれも静的じゃないかと言われた。
これでようやく、いわゆる未来予測が先見であると確信できた。
「阿久津、向こうにいそうか?」
「……うん、いるね」
泰樹の問いかけに、少しばかり間を開けてから美結が答えた。
「十、ううん、もう少し……二十いるか、いないか」
扉の先に、すでに敵の存在がある。
湊輔と悠奈は身構え、有紗は矢をつがえた。
「たいした数じゃねえ。それでも気ぃ抜くなよ」
泰樹は言い捨てるなり、扉を勢いよく開け放った。
そして外に出るや、
――【霞躱撃】
霞がかる体。
超速の踏み込みに合わせ、白銅の刃が閃いた。
全身灰黒色に染まる、二足立ちの狼のような影――人獣型。
その頭が三つ、立て続けに宙を舞う。
途端にたじろぐような素振りを見せる、他の影たち。
どうやら待ち伏せていたわけではなく、偶然居合わせただけに見える。
――【急迫拳】【叩潰】
「よぉーしッ」
奇襲を受けてざわつく群集の一角に、悠奈が突っ込む。
「やぁッ!」
手甲による重い拳打を腹部に叩き込み、人獣型の体を折り曲げた。
さらに耳をつかんで地面に引きずり倒すと、合わせた両手を高々と掲げ、
「それッ!」
思い切り振り下ろした。
頭蓋をゆがめられた影はぴくりとも動かなくなる。
――【潜駆】【闇刹刃】
悠奈の背後を狙う敵めがけ、美結が走り出した。
存在感のない、静寂をまとった疾駆。
瞬く間に詰め寄ると、内反りの刃を持つ短剣で必殺の一撃を突き込んだ。
「え……?」
悠奈が後ろの物音に気づいて振り返った。
「うわ! ありがとうございます、美結さん!」
美結は柔らかく微笑んで頷いた。
「気にしなくていいよ……これが普通、だからね」
泰樹に続き、悠奈と美結が動き出した直後。
「待って」
踏み出しかけた湊輔を、有紗が呼び止めた。
「どうしたの?」
「左――裏門のほうから足音が近づいてるわ」
低い声音で告げながら、有紗は弓を引き、二度、三度とうならせた。
――【長遠射】
やがて放たれた矢が、人獣型の頭を捉え、パァン! と炸裂音を響かせて、体もろとも吹き飛ばした。
影が地面を転がると同時、有紗は残心をやめ、次の矢をつがえて、標的を見据えた。
「距離は? どのくらいの速さで?」
湊輔は眉をひそめて訊いた。
有紗は二射目を放ち、影を吹き飛ばして、次の矢をつがえた。
「まだ少し遠くて、歩いてる感じ。今出るなら、気をつけて」
不意に胸が高鳴った。
有紗に心配されて、嬉しくて、気持ちが浮ついた。
「大丈夫、おれなら――」
みなまで言わず、湊輔は駆け出した。
――【縮地】【渾撃】
群集の端にいる人獣型へと、吹き荒ぶ勢いで迫る。
「らあッ!」
放った袈裟斬りは影の体を深々と斬り裂き、絶命させた。
図書館を出てまもなく、二十近い人獣型を仕留めた。
だがすぐに、有紗の言った通り、裏門側から接近してきた影たちが合流して、二十以上に増えた。
泰樹が影の増援に突っ込み、白銅の剣を閃かせる。
その横で、美結と悠奈が得物を振るう。
大丈夫。
おれなら、おれには――
先見がある。
どれだけ敵が多かろうと、無茶をしなければ、無駄に調子に乗って突っ込まなければ、そう簡単にはやられないはず。
どこかうろたえているような人獣型に狙いを定め、斬り倒す。
途端に浴びせるように突きつけられる、数多の眼差し。
体が火照るように熱くなる。
ここまでは、いつも通りだ。
獰猛に牙を剥いた人獣型の群れ。
手斧や長柄斧、短槍といったそれぞれの武器を振りかざし、雪崩のごとく押し寄せてくる。
途端に激しくなる動悸。荒ぶり出す呼吸を無理やり整えながら、湊輔は身構えた。
大丈夫、おれには、先見が――
「なッ……」
湊輔はしかし絶句した。
視界に走った赤い光跡が、一本、二本……それだけではない。
何本も折り重なる。
目の前が真っ赤に染まりかけ、
「うわあッ……」
たまらず反転して逃げ出した。
「遠山!? ――おめえら、一気に片付けるぞ!」
異変を感じてか、泰樹が号令を放った。
湊輔へと流れる多数の人獣型を、泰樹と美結が斬り、悠奈が殴り、有紗が射ち、徐々に数を減らしていく。
敵を全滅させたころ、五人はA棟校舎の昇降口前に辿り着いていた。
「すみません……目の前が、急に……」
湊輔は息を荒げながら、泰樹に頭を下げた。
「落ち着け」
泰樹が穏やかな声音で言った。
「おめえを責めるつもりはねえからよ」
湊輔の息が落ち着くのを見てから、肩越しに振り向いた。
「阿久津、こっちに来そうなヤツらはいるか?」
「ちょっと待ってね……」
美結は俯いてまもなく、顔を上げた。
「うん、いるよ……。でも私たちに気づいてるような足音じゃ、ないかな……」
「そうか」
泰樹は湊輔に向き直った。
「時間はねえが、なにがあったか聞かせな」
「お、おれの目に映る赤い筋みたいなのが、急に、たくさん……」
たどたどしい説明を聞き、泰樹はショートヘアを撫で上げた。
「先見、だな」
湊輔が俯いたまま頷くのを見てから続ける。
「減らしてからのほうがいいかもしれねえ。十、いや五体くらいになってからやるか」
湊輔は上目遣いに泰樹を見た。
見るからに剣呑なしかめ面はいつも通り。
ただ、今はまるで別の表情に見えた。
「は、はい……」
「来ます……!」
有紗が矢をつがえ、A棟校舎の角に狙いを定めた。
二度、三度と弓がギリギリうなる。
「どのくらいいる?」
泰樹が前に進み出た。
「さっきと同じくらい……ううん、少し、多いよ……」
美結が泰樹の左後ろに着いた。
「とりあえず五体くらいまで減らすぞ」
泰樹が肩越しに振り向いた。
「遠山、そっからおめえの出番だが、いつでも動けるようにしておけ」
湊輔は月白の剣を強く握り締めた。
「はいっ……」
悠奈が手甲をガンガン打ち鳴らした。
「でも、遠山くんが囮になればあたしたちが攻め放題なんだよね」
至って真面目顔で言ったから、ふざけているふうではない。
けどなぁ……囮って。
湊輔が悲愴感に打ちひしがれてまもなく、
「来たぞッ」
とハスキーな声が吠え、
――【長遠射】
弦音が軽快に鳴った。




