表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/58

 二体の魔郷の眷属(ドォンケルハイト)が現れた日から、ちょうど一ヶ月が経った。

 多雨の時期に入り、空模様は連日のようにぐずついている。


 尾仁角(おにかど)高校一年B組の教室にぞろぞろとなだれ込む男子生徒たち。

 体育の授業を終えて戻ってきたところだ。


湊輔(そうすけ)、顔、まだ痛むか?」

 雅久(がく)が着替えながら、申し訳なさそうに尋ねてきた。


「……あー痛い。ちょー痛い。めっちゃ痛い」

 湊輔は顔に右手を当てて天井を見上げながら、わざとらしく痛がってみた。

「慰謝料として、特製クリームメロンパン、三つな」


 げえっ、と雅久は顔を引きつらせた。

「悪かったって。……つか、知ってんだろ? それ欲しさに始まる食堂前の激闘をよ」


 今日の体育の授業は、体育館でバレーボールだった。

 雅久は湊輔の相手チーム。

 試合中に現役バレーボール部の強烈なスパイクを顔面に受け、こうして腹いせに難題を突きつけてみた。


「んー……じゃあ、一つで」


「おまっ……」

 雅久はうな垂れた。

「そーか……どーしても俺をあの戦場に放り込みてえのか……」

 声音が少しずつ、うなるように低くなっていった。


 さすがにやりすぎか、と湊輔は思い直した。

「だったら――」


「いいぜ、やってやる……!」


 やっぱいいや、と湊輔が言う前に、雅久がすっと顔を上げた。

 そして左手を腰に当て、右手の人差し指を湊輔に突きつけた。


「特製クリームメロンパン三つ、(おご)ってやるぜ!」


 一つじゃなくていいのかよ、と湊輔は苦笑した。

 まあ、一つも三つも変わらない、みたいな感じなんだろうな。


「あ、ああ……じゃあ、頼んだ」


 慰謝料請求した側が「頼む」って、なんだこれ。

 それはいいとして、なんか申し訳なくなってきた。

 だって、知らないわけじゃないし。

 食堂前の激闘は、入学して一ヶ月もしないうちに目の当たりにしてるから。

 ……まあいっか、雅久だし。


「あ、そーいや『カフェ・カムリリィ』って知ってるだろ?」


「なんか、いつだったか聞いた気がする」


「おう。たぶんだいぶ前だな」

 雅久はにかっと笑った。

「夏休みにそこ行こーぜ」


 湊輔は眉をひそめた。

「女子がいっぱいいそうな店に、男二人で行くのかよ」


「いやいや」

 雅久は顔を寄せ、耳打ちする。

(いずみ)さんも誘って、だ」

 言い終えて離れると、悪戯(いたずら)っぽい笑みを見せた。


「あー……」と湊輔がうなったところで、着替えを終えた女子たちが教室に戻ってきた。

 とりあえずその件はあとで話そうと、四限目の準備をすることにした。


 チャイムが鳴り終えた瞬間だった。


 突如彩りを失う日常。

 クラスメートも小物も消え失せ、一面モノトーンに染まった殺風景な非日常と化した。


 ここのところ、この異空間に招かれる頻度が多くなっている。

 以前は週に一、二度だったのが、今は二、三度。多いときは四度。

 もう、バイトと同じか、たまにそれ以上になってるんだけど。


「あ、遠山(とおやま)くんだぁ」


 湊輔がため息をつきかけたとき、声が聞こえた。


「ああ……佐伯さん」


 振り向くと、クラスメートの佐伯(さえき)悠奈(ゆうな)がいた。


 悠奈が招かれたのは、湊輔にとって三度目のとき。

 小柄で幼顔と、高校の制服がなければ中学生と思われてしまいそうな見た目。

 前向きで積極的な性格で、運動神経がよく、中学時代まではキックボクシングをしていたらしい。


 そんな特徴が相まってか、初陣では最初こそ戸惑いを見せていたものの、いざ戦い始めると瞬く間に勢いに乗り、キレのある動きで敵を(たた)きのめしていた。


 ちなみに武器は、西洋甲冑(かっちゅう)前腕当(ヴァンブレイス)籠手(ガントレット)が一体化した、悠奈いわく手甲。


 悠奈は席を立つと、歩み寄ってきて(のぞ)き込むように顔を近づけてきた。

「どうしたの? 具合悪いの?」


 湊輔は首を横に振り、

「いや、なんでもない」

 と苦笑いを浮かべた。

 ということは今日、泉さんはいないんだな、とふと思った。

 一年が三人も一緒になる機会は、初めて戦ったとき以来まるでなかったから。

 それに悠奈がいるときは、決まって有紗(ありさ)がいなかった。


 湊輔は立ち上がり、教室の扉に歩み寄る。

 それを開き、

「お先どうぞ」

 と(がら)にもないことをしてみた。


 悠奈は小さく笑って(うなず)き、

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 と敷居をまたいで向こうに踏み出した。


 湊輔も続いて、やはりモノトーンに染まった図書館に入り込んだ。


 鬼が――いや、そう見えるほど荒々しいしかめ面をした泰樹(たいき)がいた。

 どこか殺気立った雰囲気はいつも通り。

 しかし薄い紙束を(にら)んでいる様子は一段と物々しく見える。

 図書館へと入ってきた二人に気づくと、顔を上げた。


「よお」


「お、お疲れ様です……先輩……」


「ど、どうも……」


 普段以上に凄んでいるように聞こえた泰樹の声音に、悠奈も湊輔も一瞬たじろいだ。


 それを見るなり目を伏せる泰樹。

 そしてやっちまった、と言わんばかりに、静かに嘆息して(うつむ)いた。


「泰樹くん……笑顔、笑顔、だよ?」

 奥の本棚に挟まれた通路から、美結(みゆ)が出てきた。

 二本の鉛色を帯びた短剣と成績表を持って。

「お疲れ様……悠奈ちゃん、湊輔くん」


 ゆったりとした朗らかな声に、湊輔と悠奈の肩から力が抜けた。

 その様子を横目で見た泰樹は、また静かに嘆息を漏らしてかぶりを振った。


「二百六十五……」


 湊輔はロッカーから月白(げっぱく)の剣と成績表を取り出すと、今や日課となっている総合の数値の確認をした。


 この一ヶ月で向上したのは、持久力、精神力、判断力、戦闘センス。

 筋力と耐久力が上がらないことに、少なからず不満を抱いていた。


 なんでも筋力が上がると、動的戦技(アクティブスキル)渾撃(ホールブロウ)破甲撃(ブレイクブロウ)に変わるらしい。

 威力が上がり、防具や外骨格をまとう敵に有効打を与えられるようになるとか。


 一枚目をめくろうとしたところで、扉の開いた音が鳴った。


「よお」

 入ってきた五人目に、泰樹が先ほどよりも若干明るい声をかけた。


 湊輔は目を丸くしてまばたかせた。

 入ってきたのは有紗だ。

 不意に胸が躍った。


 有紗は泰樹と美結に会釈しながら、そのまままっすぐ進んだ。


「お、お疲れ様」

 湊輔は目が合うなり、絞り出したような声音であいさつした。

 有紗は注意深く見ていないと分からないくらいに顔をほころばせ、「お疲れ様」と静かに返した。


 通り過ぎていった有紗の背中を追っていると、視線を感じた。

 そちらを見れば、なにやら感心しているような面持ちを浮かべている悠奈が。


「え、なに?」


「ううん、遠山くんて、泉さんと仲いいよねって思っただけ」


「え……」

 仲がいい、って言うのか、これ?

 たまに昼休みに一緒に過ごして話したりはするけど。

 でも話題なんて、その日戦ったことの情報交換みたいな感じだから、あまりそういうのを気にしたことなかったな。


 湊輔がとりあえず「うん、まあ」と答えると、悠奈は「ふーん」となにか含んだような相槌(あいづち)を打った。


「さて……」

 有紗がロッカーから戻ってきたところで、泰樹が白銅の剣を持って切り出した。

「今回は盾持ちがいねえ。だから――」

 言葉を止め、ほんのわずか目を伏せ、湊輔を見た。

「遠山、前で戦ってみねえか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ