二
中に入っていたのは、鋼板から切り出したような、全身がのっぺりとした幅広な片刃の剣。
拳二つと半分ほどの柄。
それを守るアームガード。
目がくらむような月白色――月光を思わせる薄い青みを含んだ白色――に染まっている。
「……え?」
かすかな既視感に見舞われた。
この剣をどこかで見たことがある。
今までいくつもゲームをしてきて、これらしい形の武器を見たことがあるものの、なんだか違う気がする。
おそるおそる手を伸ばし、剣の柄をつかむ。
「――っ!」
一瞬心臓がドクンッと強く脈打ち、激しい頭痛に見舞われた。
思わずつむった目を開いては、まばたかせた。
視界の右端で、誰かが薄気味悪く微笑んだような気がして。
雅久でも、泰樹でもない誰かが。
持ち上げると、やたら軽い。
金属に思える見た目。
しかし、とても金属を持っている感じがしない。
それでいて、不思議と手に馴染む気もする。
初めて触ったのに。
「はいはーい、ご注目ぅ」
弾みのある朗々とした声が聞こえてきた。
湊輔は振り向くなり目を丸くした。
巧聖に連れられてきた女子生徒に見覚えがあって。
「こちら、泉有紗ちゃんでーす」
有紗は湊輔と目が合うと、切れ長の目を見張り、血色のよい艶やかな唇を薄く開いた。
直後、「有紗、こっちが」と呼ばれて、巧聖に顔を向けた。
泰樹、雅久、湊輔の自己紹介が終わると、有紗はロッカーを開けた。
中から取り出したのは、白銅色の弓と矢筒。
「そーいや、俺たち武器しかなかったんスけど」
雅久は、巧聖の手にある薄い紙束に視線を向けた。
「それなんスか?」
「あぁ、これ?」
巧聖は紙束をひらひらさせて、
「成績表って呼んでるんだけど、まぁ、時間ないから……」
と泰樹を見た。
「とりあえず戻るぞ。それから説明だ」
泰樹は足早に本棚の間を抜けて戻っていく。
その後ろに巧聖、有紗、雅久、湊輔が続いた。
泰樹は湊輔、雅久、有紗に「座んな」と椅子に腰かけるよう促した。
そして自分は受付カウンターへと寄りかかる。
巧聖は本棚を背にして右――西側の壁に背を預けた。
「さて、まず成績表だが……そのうち分かる」
「えっ」
雅久はひざに手をついて前のめりになった。
「教えてくんないんスかー?」
「時間がねえ」
雅久のじれったそうな問いかけを一蹴して、泰樹は続ける。
「とりあえず、ここは尾仁高の形をした――異空間、ってやつだ」
湊輔は眉をひそめた。
異空間……?
「そのうち放送が流れて、灰色の化け物が出てくる。ソイツらをこの――」
泰樹は白銅の剣を三人に差し向けた。
「武器を使って、ひたすら倒す」
しかめ面が鬼のように極まっていく。
眼光が威圧を帯びる。
低いハスキーな声が、重々しく凄み出す。
「戦って、倒して、生き延びて、無事にここから戻る。それが、俺たちがここですべきことだ」
そういうことか、と納得して湊輔は俯いた。
だから荒井先輩が、生き延びよう、なんて言ったのか。
じゃあ、化け物って――
「どんなヤツが出てくるんスか?」
雅久が湊輔の思ったことを代弁した。
「放送が流れねえと分からねえ。小せえヤツから、やたらでけえヤツまで様々だ」
「それと、数もまちまちなのよね」
泰樹が言い終えると、巧聖がつけ加えた。
湊輔は胸騒ぎを覚えた。
今は姿形もわからない化け物。
何体出てくるかも、そのときになってみないと分からない。
こんなんで生き残れるのか……? と。
「あのー、ちなみに」
雅久が控えめに手を挙げた。泰樹の鬼気迫る表情のせいか、好奇に満ちた顔が強張っている。
「もしここで……やられちまったら、どーなるんスか?」
泰樹は逡巡するように俯いた。
それから小さく息を吐き、改めて雅久を見据えた。
「――死ぬ」
「し、死ぬんスか」
雅久は苦笑いを浮かべた。
泰樹の冷淡で残酷な、たった二文字の一言に、いやそれなんの冗談スか? とでも言いたげに。
「ははっ、信じてないっしょ?」
巧聖が小さく笑い、小首を傾げた。
「え、ま、まあ……」
雅久がおずおず頷いた。
「無理もないよね。三人はこれが初めてだし、いきなり武器持たせられて戦えって言われても、現実味ないし、これ夢じゃない? とか思ってない?」
雅久は小さく頷いた。
有紗は端麗な面立ちを不審げにしかめた。
湊輔は、まあ確かに、と思った。
「じゃあっ」
雅久がまた挙手した。
「実際に死ん――やられた人っていたりするんスか?」
いくらなんでも率直すぎるだろ、と湊輔は雅久を横目で睨んだ。
それからおそるおそる視線を泰樹に移す。
背筋が凍った。
泰樹の形相がまた鬼のように極まっていて、殺意のような剣呑な気を感じたから。
「うん、いるよ」
対して落ち着き払っている巧聖が、低く潜めた声で答えた。
「泰樹さんとタメの人なんだけどね。去年、ここでやられて、逝っちゃった」
あっけらかんとした物言いと苦笑い。
しかしどこか、悲しげで、寂しげ。
「ちょっ」
雅久はうろたえた。
「なんか軽くないッスか? 誰か、死んだんスよね?」
「あえてそう言ったのよ。これ以上びびられたら困るしね。ほら、怖い話と一緒よ。話す調子で印象が違うっしょ?」
それとこれとを一緒にするのはどうなんだ? と湊輔は厚い前髪越しに、巧聖を怪訝な面持ちで見つめた。
「ちなみに、敵を全部倒さなくてもいい方法って、あったりするんスか?」
「ないよ」
巧聖が即答した。
それまで柔和に思えていた声音とたれ目が、急に凄みを帯びた。
「つまりさ、逃げる方法ってことっしょ? ないよ、そんなもん。俺たちはとにかくひたすら、倒せって言われたヤツらを倒すしかないの。もう、なにがなんでも戦うしかないってこと」
一息置くと、また柔らかい調子に戻った。
「まぁ安心しなよ。俺はとにかく、めっちゃ強い泰樹さんがいるからね」
巧聖はおどけるように微笑んだが、三人の周りに漂う空気は重くよどんでいる。
『ぴーんぽーんぱーんぽーん。えー、グラウンドに屍人型が三十体、骨人型が二十体、現れましたぁ。繰り返しまぁす。グラウンドに屍人型が三十体、骨人型が二十体、現れましたぁ。みんなぁー、がぁーんばってねぇー。以上ッ。……ぴーんぽーんぱーんぽーん』
彩りのない空間、多種多様な武器、重くよどんだ空気。
スピーカーから流れた間延びした声は、あたかも純情無垢な少年のそれ。
今の雰囲気にはとても似つかわしくない。
湊輔は身震いした。
心臓が早鐘を打つ。
武者震いなんてものではない。
もしかしたら死ぬかもしれないのに、落ち着いてなどいられない。
月白の剣をつかむ右手が震え出して、咄嗟に左手で押さえ込んだ。
「さて、行くぞ」
泰樹が寄りかかっていたカウンターから離れる。
「こっから無事に戻りてえなら――戦え」
ハスキーな声を凄ませて、図書館の奥へと足早に向かう。
その後ろに巧聖、有紗、雅久、湊輔が続いた。
裏口を出て左、西へと向かう。
やがて右手に見えた、武道館とつながる連絡通路からB棟校舎に入り、体育館につながる連絡通路へと進む。
そこから左に外れると、すぐにグラウンドに行き着いた。
放送にあった、五十もの敵がうごめく戦場へと。