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 中に入っていたのは、鋼板から切り出したような、全身がのっぺりとした幅広な片刃の剣。

 拳二つと半分ほどの柄。

 それを守るアームガード。

 目がくらむような月白(げっぱく)色――月光を思わせる薄い青みを含んだ白色――に染まっている。


「……え?」


 かすかな既視感に見舞われた。

 この剣をどこかで見たことがある。

 今までいくつもゲームをしてきて、これらしい形の武器を見たことがあるものの、なんだか違う気がする。


 おそるおそる手を伸ばし、剣の柄をつかむ。


「――っ!」


 一瞬心臓がドクンッと強く脈打ち、激しい頭痛に見舞われた。

 思わずつむった目を開いては、まばたかせた。

 視界の右端で、誰かが薄気味悪く微笑んだような気がして。

 雅久でも、泰樹でもない誰かが。


 持ち上げると、やたら軽い。

 金属に思える見た目。

 しかし、とても金属を持っている感じがしない。

 それでいて、不思議と手に馴染(なじ)む気もする。

 初めて触ったのに。


「はいはーい、ご注目ぅ」

 弾みのある朗々とした声が聞こえてきた。


 湊輔は振り向くなり目を丸くした。

 巧聖に連れられてきた女子生徒に見覚えがあって。


「こちら、泉有紗ちゃんでーす」


 有紗は湊輔と目が合うと、切れ長の目を見張り、血色のよい(つや)やかな唇を薄く開いた。

 直後、「有紗、こっちが」と呼ばれて、巧聖に顔を向けた。


 泰樹、雅久、湊輔の自己紹介が終わると、有紗はロッカーを開けた。

 中から取り出したのは、白銅色の弓と矢筒。


「そーいや、俺たち武器しかなかったんスけど」

 雅久は、巧聖の手にある薄い紙束に視線を向けた。

「それなんスか?」


「あぁ、これ?」

 巧聖は紙束をひらひらさせて、

「成績表って呼んでるんだけど、まぁ、時間ないから……」

 と泰樹を見た。


「とりあえず戻るぞ。それから説明だ」

 泰樹は足早に本棚の間を抜けて戻っていく。

 その後ろに巧聖、有紗、雅久、湊輔が続いた。


 泰樹は湊輔、雅久、有紗に「座んな」と椅子に腰かけるよう促した。

 そして自分は受付カウンターへと寄りかかる。

 巧聖は本棚を背にして右――西側の壁に背を預けた。


「さて、まず成績表だが……そのうち分かる」


「えっ」

 雅久はひざに手をついて前のめりになった。

「教えてくんないんスかー?」


「時間がねえ」

 雅久のじれったそうな問いかけを一蹴して、泰樹は続ける。


「とりあえず、ここは尾仁高の形をした――異空間、ってやつだ」


 湊輔は眉をひそめた。

 異空間……?


「そのうち放送が流れて、灰色の化け物が出てくる。ソイツらをこの――」

 泰樹は白銅の剣を三人に差し向けた。


「武器を使って、ひたすら倒す」


 しかめ面が鬼のように極まっていく。

 眼光が威圧を帯びる。

 低いハスキーな声が、重々しく凄み出す。


「戦って、倒して、生き延びて、無事にここから戻る。それが、俺たちがここですべきことだ」


 そういうことか、と納得して湊輔は俯いた。

 だから荒井先輩が、生き延びよう、なんて言ったのか。

 じゃあ、化け物って――


「どんなヤツが出てくるんスか?」

 雅久が湊輔の思ったことを代弁した。


「放送が流れねえと分からねえ。小せえヤツから、やたらでけえヤツまで様々だ」


「それと、数もまちまちなのよね」


 泰樹が言い終えると、巧聖がつけ加えた。


 湊輔は胸騒ぎを覚えた。

 今は姿形もわからない化け物。

 何体出てくるかも、そのときになってみないと分からない。

 こんなんで生き残れるのか……? と。


「あのー、ちなみに」

 雅久が控えめに手を挙げた。泰樹の鬼気迫る表情のせいか、好奇に満ちた顔が強張っている。

「もしここで……やられちまったら、どーなるんスか?」


 泰樹は逡巡(しゅんじゅん)するように俯いた。

 それから小さく息を吐き、改めて雅久を見据えた。


「――死ぬ」


「し、死ぬんスか」

 雅久は苦笑いを浮かべた。

 泰樹の冷淡で残酷な、たった二文字の一言に、いやそれなんの冗談スか? とでも言いたげに。


「ははっ、信じてないっしょ?」

 巧聖が小さく笑い、小首を傾げた。


「え、ま、まあ……」

 雅久がおずおず頷いた。


「無理もないよね。三人はこれが初めてだし、いきなり武器持たせられて戦えって言われても、現実味ないし、これ夢じゃない? とか思ってない?」


 雅久は小さく頷いた。

 有紗は端麗な面立ちを不審げにしかめた。

 湊輔は、まあ確かに、と思った。


「じゃあっ」

 雅久がまた挙手した。

「実際に死ん――やられた人っていたりするんスか?」


 いくらなんでも率直すぎるだろ、と湊輔は雅久を横目で(にら)んだ。

 それからおそるおそる視線を泰樹に移す。

 背筋が凍った。

 泰樹の形相がまた鬼のように極まっていて、殺意のような剣呑(けんのん)な気を感じたから。


「うん、いるよ」

 対して落ち着き払っている巧聖が、低く潜めた声で答えた。


「泰樹さんとタメの人なんだけどね。去年、ここでやられて、逝っちゃった」

 あっけらかんとした物言いと苦笑い。

 しかしどこか、悲しげで、寂しげ。


「ちょっ」

 雅久はうろたえた。

「なんか軽くないッスか? 誰か、死んだんスよね?」


「あえてそう言ったのよ。これ以上びびられたら困るしね。ほら、怖い話と一緒よ。話す調子で印象が違うっしょ?」


 それとこれとを一緒にするのはどうなんだ? と湊輔は厚い前髪越しに、巧聖を怪訝(けげん)な面持ちで見つめた。


「ちなみに、敵を全部倒さなくてもいい方法って、あったりするんスか?」


「ないよ」

 巧聖が即答した。

 それまで柔和に思えていた声音とたれ目が、急に凄みを帯びた。


「つまりさ、逃げる方法ってことっしょ? ないよ、そんなもん。俺たちはとにかくひたすら、倒せって言われたヤツらを倒すしかないの。もう、なにがなんでも戦うしかないってこと」

 一息置くと、また柔らかい調子に戻った。

「まぁ安心しなよ。俺はとにかく、めっちゃ強い泰樹さんがいるからね」


 巧聖はおどけるように微笑んだが、三人の周りに漂う空気は重くよどんでいる。


『ぴーんぽーんぱーんぽーん。えー、グラウンドに屍人型(アンデッド)が三十体、骨人型(スケルトン)が二十体、現れましたぁ。繰り返しまぁす。グラウンドに屍人型が三十体、骨人型が二十体、現れましたぁ。みんなぁー、がぁーんばってねぇー。以上ッ。……ぴーんぽーんぱーんぽーん』


 彩りのない空間、多種多様な武器、重くよどんだ空気。

 スピーカーから流れた間延びした声は、あたかも純情無垢(むく)な少年のそれ。

 今の雰囲気にはとても似つかわしくない。


 湊輔は身震いした。

 心臓が早鐘を打つ。

 武者震いなんてものではない。

 もしかしたら死ぬかもしれないのに、落ち着いてなどいられない。

 月白の剣をつかむ右手が震え出して、咄嗟(とっさ)に左手で押さえ込んだ。


「さて、行くぞ」

 泰樹が寄りかかっていたカウンターから離れる。

「こっから無事に戻りてえなら――戦え」

 ハスキーな声を凄ませて、図書館の奥へと足早に向かう。


 その後ろに巧聖、有紗、雅久、湊輔が続いた。


 裏口を出て左、西へと向かう。

 やがて右手に見えた、武道館とつながる連絡通路からB棟校舎に入り、体育館につながる連絡通路へと進む。

 そこから左に外れると、すぐにグラウンドに行き着いた。

 放送にあった、五十もの敵がうごめく戦場へと。

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