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 雅久の顔が視界に映ると、湊輔はため息をついて俯いた。


「おいおい」

 机に寄りかかっていた雅久が半笑いした。

「自分がしゃべってる最中にため息つくやつがあるかよ」


「いや……」

 あるんだよ。

 ほら、お前の目の前にいるやつが。

「実はさ」

 言いかけて、ふと時計を見た。

「とりあえず、昼休みに話すから」


 湊輔があごで時計を指すと雅久は振り返り、すぐに向き直った。

「だな」

 立ち上がり、自分の席に戻っていく。


 * * *


「おい湊輔」


 昼休みを迎えると、寄ってきた雅久が教室奥側の扉を目で指した。

 見れば、これまでは誘われる側だった有紗の姿が。


 湊輔は弁当を持って、雅久を追いかける形で廊下に向かう。


「あれ泉さん、誰か探してんの?」

 教室から出るや、雅久がわざとらしく訊いた。


 有紗は首を横に振った。

「今日は、ちょっと……」

 言いよどんで一度目を伏せたあと、面持ちをきりっと引き締めて続ける。

「とにかく、屋上に行きましょう?」


 屋上に出て、これまで通りベンチをセットして、これまで通りに腰かける。

 フェンス側に湊輔と雅久、向かい側に有紗と。


「で、なんつってたっけ?」

 弁当を食べ始めたところで、雅久が切り出した。

「ま、ま……マンティス?」


「いや、獅子型(マンティコア)

 湊輔はため息混じりに訂正した。

「マンティスって、カマキリだったような……」


「その獅子型(マンティコア)がどうしたって?」


獅子型(マンティコア)っていうより……」


 湊輔は、あのあと再び異空間に招かれたときの話をした。

 魔郷の眷属(ドォンケルハイト)の、巨大で異様な雄鶏とトナカイが出てきたことを。

 三年の先輩がいない中、どうにか勝利できたことを。


 雅久は無言のままずっと、真剣に話を聞きながら弁当の品を頬張っていた。

 湊輔の話が落ち着いたところで、ボトルを口元で小さく傾けた。

「てことは俺も、二回戦目に呼ばれる可能性があるってわけだ」


「たぶん」

 湊輔は力なく頷いた。


「ねぇ」

 有紗が割り込んだ。

 二人が視線を向けると、どこか言いにくそうに間を置く。

 まもなく意を決したように湊輔を見据えた。

「あの鶏と戦ったとき……わたしを助けてくれたこと、憶えてる……?」


 わずかに凄みを帯びたようなソプラノに、湊輔は思わず息を()んだ。

 一度目を伏せ、頷く。

「憶えてる。泉さんを突き飛ばす、あたりまでは……」


「そう……」

 有紗は伏し目がちに「よかった」とつぶやいた。


 湊輔は呆気に取られた。


 有紗がはっきり微笑んで。


 そういえば、こうして話しているときに笑った顔を見たのは、これが初めてかもしれない。


「それで……助けてもらってばかりだし、その、よかったら――」


 有紗の言葉は、乱暴に開け放たれた塔屋の扉の音に遮られた。

 三人は(そろ)ってそちらに顔を向ける。


「あれ……寺沢先輩じゃん」


 雅久がつぶやいた通り、出てきたのは海都。

 足早にまっすぐ、こちらに向かってくる。

 その後ろには、目に見えて不穏な面持ちの明咲がいた。


 海都は二人が座るベンチのそばに着くなり、湊輔の胸倉につかみかかった。


「海都ッ」


 明咲が声を張り上げ、雅久と有紗は険しい面持ちになった。


「やめなって!」


 明咲に肩をつかまれた海都は、すぐさま振りほどいた。


「なあ、てめえマジで二百二十五かよ……? あの鶏ヤロウの棍棒ぶっ飛ばして、脚ぶった斬ったんだって? シバさんでもあるめえし、どんな手え使ったんだよ、ぁあッ!?」


「そ、それは……おれは……」

 湊輔は海都の剣幕に気圧(けお)され、目を泳がせて口ごもる。


「てめえ……最初っからそのつもりで明咲をこっちに寄越したんだろ? 俺より明咲の総合が(たけ)えの知ってて、こっちに来させたんだろ!? なめてんじゃねえぞ!」


 海都は湊輔を押しのけるように放り出した。

 湊輔は背中をベンチの背もたれに打ちつけて、たまらず顔をしかめた。


「おい……!」

 雅久がつかみかからんばかりの勢いで立ち上がった。

「あ……」


 直後なにかに気づき、視線を海都からそらした。

 湊輔もまた、塔屋から出てきた人影を見て呆けた。


「よう」


 低いハスキーな声に、海都は瞬く間に顔を青ざめた。

 おそるおそる、ゆっくりと振り返る。

「シバさん……」


 泰樹だ。

 鬼の形相というよりも、どこか冷たいしかめ面を浮かべている。


「おうおう、なぁんか面白(おもしれ)えことしてんな」


「颯希ちゃん……しぃー……」


 その後ろで颯希が半笑いを浮かべ、美結が颯希の唇に人差し指を当てた。


「長岡、ちょっと静かにしてろ」


「はいよ」


 泰樹の押し殺したような声に、颯希はおどけるように肩をすくめた。


「間に合った、のかな……?」

 颯希と美結の後ろで、二菜が肩を落とした。


「寺沢、今日の放課後、時間あるか?」


「え……あ、あります……」


 泰樹の淡々とした低い声音に、海都は覇気のない声で答えた。


「そうか。とりあえずおめえは先に戻りな」


「……はい」

 海都は力なく俯き、すごすごと校舎の中に戻っていった。


 その背中を見送ると、泰樹は困り顔を浮かべては「さて……」と力なくつぶやいた。

「丸山、深井、なにがあった? 聞かせな」


 二菜は颯希と美結の後ろから出て、明咲と並ぶと事の経緯を話し始めた。

 時折明咲が補足を加える。

 泰樹はそれを聞き終えると、「そうか」と顔色一つ変えずに頷いた。


「遠山」


 泰樹の声は静かで落ち着いているのに、湊輔は少しばかりびくついた。


「おめえは自分ができることと、丸山や寺沢ができることを考えて動いた。だからその判断はまちがっちゃいねえ」


 泰樹の言葉に、湊輔はかすかに安堵の息を吐いた。


「だがな……正しい判断だとしても、いい結果で終わったとしても、(しゃく)に障るやつだっている。もし突っかかられても、堂々としてな。じゃねえと、相手はどこまでもつけあがるぞ」


 湊輔は息を呑んでから、

「はいッ……」

 と小さく、しかし力強く返事をした。

 そこでちょうどチャイムが鳴った。


「うっし、戻るか」と言った颯希を先頭に、美結、二菜、明咲、泰樹が塔屋に向かった。

 湊輔、雅久、有紗は手早く弁当箱を片付け、そして湊輔は雅久と共にベンチを戻した。


 湊輔が最後に塔屋の中に入ったところで、「遠山」と泰樹に呼び止められた。

 有紗と雅久も足を止めるものの、「おめえらは先に行きな」と言われて教室に戻っていった。


「一応俺からも寺沢には念を押しとくが、あんま期待すんな。それでも、おめえはおめえで、細けえこと気にしねえで戦いな。そのほうが、今回みてえにうまくいくからよ」

 そう言い残すと、泰樹はその場をあとにした。


 湊輔は海都に詰め寄られたとき、あの判断がまちがっていたのかと戸惑った。

 だが、あの判断がまちがっていないと泰樹に言われて、頬を緩めずにはいられなかった。


 * * *


滅紫の幽騎(カヴァリエレ)を撃退し、藤色の雄鶏(ドゥードルド)を撃破、か」

 モノトーンに染まったグラウンドに、アハトのしゃがれた渋い声が漂った。

「この短期間でこれほどの成長を見せるとは……」


「能力は全般的に低いんだけど」

 アインが横たわる藤色の塊を眺めながら答えた。

「やっぱり――」

 アハトに向けた笑みはどこか意味ありげ。


「それはさておいて、通告はいつするのだ? 前もってしておかねば、しかるときに不都合を招きかねんぞ」


 アハトが険しく目尻にしわを寄せるものの、アインは余裕綽々(しゃくしゃく)といったふうに、

「それなら大丈夫大丈夫」

 と陽気に答えた。


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