表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/58

 見れば、荒波のごとく叩き込まれるトナカイの握り拳を、海都が霞脚(ヘイズステップ)を続けて横に後ろにと避け続けている。

 時折かすめているような際どい一撃があり、これ以上長引けば、いつか絶対直撃する。

 後ろ脚よりずっと太い腕に殴られれば、骨ごと呆気(あっけ)なく砕かれるに違いない。


 くすぶっていた焦りが燃え始めた。

 攻められないとか、勝てないとか、戻れないとか、違う。

 そんなんじゃ、ないだろ。


「誰も、死ぬな……死なせんな……」 

つい先ほど聞いた言葉を口ずさむ。

 けたたましく鳴り続ける金属音といななきの中、それはむなしく消え入った。


 湊輔は駆け出す。

 明咲に棍棒を振り続ける雄鶏めがけて。

 まもなく視界を赤い光跡が横断した。

 逃げるな。

 逃げるな……!


――【流転避(ロールシフト)


「うあああッ!」

 思い切ってそれに跳び込む。

 体が一回転した直後、背後で野太い風切り音が吹き抜けた。


 逃げると思った相手が視界から消えたように見えて、呆気に取られたか。

 巨体の動きが止まった。


――【破突(ペネトレイト)】【抉牙(バイト)


 ほんの一瞬の隙。

「だあああッ!」

 潜り込んだ足下、左ももめがけ、月白の剣を突き込んだ。

 肉を食い破るような感触を覚えるより早く、刃をめいっぱい揺さぶる。


 そしてより深くねじ込み、

「くうぅッ」

 一気に引き抜いた。


「クァアアア!」


 驚愕(きょうがく)を帯びたような鳴き声を聞き流しつつ、巨体の背後に向けて流転避(ロールシフト)を繰り返した。


「丸山先輩! 向こうに行ってください!」


 立ち上がり、振り返りざま叫んだ。

 もう、そうしないと、勝てない気がして。


 直後、意識が激しく揺れるような熱さに見舞われた。

 熱波を浴びたような灼熱(しゃくねつ)感。

 皮膚が焼け、ただれ、全身が溶けてしまいそうなほど。

 頭がボーっとしてきて、視界もうっすらぼやけ始めた。


「ふぅッ……」


 視界の上端から赤い光跡が降ってきて、咄嗟に後転した。


 半瞬後、ドゴッと鈍い音が聞こえた。

 ぼやける視界の先で、棍棒の突起が地面に突き刺さっている。


「バカッ、できるわけないっしょ!」


 明咲が声を張り上げているはずなのに、やたら遠く聞こえる。


 また視界に赤い光跡が走った。

 湊輔はすかさず流転避(ロールシフト)で左に避ける。


「じゃないとッ……」


 自分の発した声すら、他人のもののように遠く感じる。

 朧気(おぼろげ)でふらふらした意識の中、また転がった。

 空を薙ぐ野太い音が、かすかに聞こえた。


「いつになってもッ……」


 転がった直後、顔になにか当たったような気がした。

 いくつもの細かい感触。

 今のは、たぶん、飛び散った土だ。


「終わらないんですよッ」


 ありったけ叫んでるつもりなのに、やはりどこか遠い。


「でもッ」


「行ってください!」


 明咲の上ずった声を、鋭い怒号が遮った。

 有紗が叫んだのが意外だったか、明咲は体をひねって後ろを見た。


「俺だってッ」

「少しくらいッ」

 流転避(ロールシフト)を重ねた先に生まれた、わずかな余裕。

「……できますから、時間稼ぎ」


 湊輔はぎこちなく繕った笑顔を、明らかに動揺を見せる明咲に送った。

 直後視界に赤い光跡が走り、また転がって躱す。


 明咲は遠ざかっていく雄鶏を見ながら、思い悩んでいるように立ち尽くしていた。

「さっきは、すみません」と無機質な声音が聞こえて振り返る。


「でも、行ってください。湊輔は――遠山くんは、私が援護しますから……」

 途中、一瞬泳いだ有紗の目。


 明咲は少しばかり(ほう)けたあと、柔らかい微笑を浮かべて「分かった」と一言。

 雄鶏の背に向き直り、数歩進み出た。

「湊輔! ちょっとだけお願い! すぐッ……すぐ終わらせてくるからッ!」

 言い終えるや、砂ぼこりを巻き上げる勢いで去っていった。


 湊輔は荒ぶる雄鶏越しに、遠ざかる桜髪を見送った。

 これでいい。

 そうだ、これでいいんだ。


 これで戦況が覆る。

 そう確信に近いものを感じたはずなのに、呼吸がままならなくなるような緊張感が(ほとばし)った。

 雄鶏に狙われ始めたときのほうが、まだマシだった。

 身体が震える。

 ついに自分だけになったと思った途端、怖気づいてしまったらしい。

 先輩、よく一人でこんなの、相手にしてたよな。


 何度も、何度も、雄鶏は手を休めることなく棍棒を振るってくる。

 息切れや疲れなどといった概念がないように、延々と。


 視界に赤い光跡が走るたび、湊輔はふらつきながらもどうにか避けて、避けて、避け続ける。

 その最中(さなか)、ボーっとしていた意識やぼやけていた視界が徐々にはっきりしてきた。

 もちろん、聴覚の異常も収まってきた。


 雄鶏がまた小さく跳び上がり、赤い光跡が見えて、それから逃れた。

 巨体が着地して棍棒が地面に直撃した瞬間、パァン! と炸裂(さくれつ)音がこだまし、「クゥァッ……!」と情けない悲鳴が被さった。


 湊輔が起き上がるのと同時、雄鶏が左脚から沈み込んで横転した。


 なんだ、いきなり?

 いや、それより、やるなら今だっ……!


 湊輔は素早く、雄鶏の首元に駆け寄った。


――【破突(ペネトレイト)】【抉牙(バイト)


「だあああッ!」

 くちばしのすぐ下――のど元に切っ先を突き入れる。

 不思議と、先ほどよりも深々と食い込んだ。

 ただ、そこまで行くと揺さぶるのがきつくなる。


「らあああッ!」

 それでも力任せに、刀身を折らんばかりに無理やり揺さぶった。

 ねじ込む余裕はない。

 視界の上端が赤く染まったから。

 すぐさま得物を引き抜き、流転避(ロールシフト)を続けて離脱した。


「コャ……カヒャ……」

 雄鶏が首から上を痙攣(けいれん)させながら、鳴き声にもならないかすれた声を漏らした。


「はあッ……はあ……はぁ……」

 湊輔は雄鶏を睨みながら、前のめりになって肩を上下させた。

 終わった?

 いや、もう、これで終わってほしい。


 雄鶏はくちばしをあらん限りに開き、首から上だけで生きているように悶えている。


「遠山くん……」とか細い声が聞こえて、おもむろにそちらを見た。


 有紗が(いぶか)しむような表情で、雄鶏を見据えながら歩み寄ってきた。

「大丈夫? 体、つらくない?」


「……うん、大丈夫。もう、なんともないから――下がって!」


 湊輔が有紗をかばうように右手をかざすのと同時、雄鶏が激しく動き出した。

 全身をばたつかせ、空気を噴くようなかすれた音を鳴らして。


 湊輔は有紗と一緒に十歩ほど後退してから、

「泉さん、もっと下がって……!」

 有紗を優しく突き放し、得物を構え直した。


 やがて雄鶏が、むくりと立ち上がった。

 こちらを凝視しながら、ゆらりと掲げた棍棒を振り下ろす。

 また掲げては振り下ろした。

 それを何度も続ける。

 ようやく動きを止めたところで、前傾して()え猛た。

 いななきではない、空気が勢いよく漏れる音。


 湊輔は雄鶏の頭を見た。

 正面から見ても分かる。

 視線をせわしなく動かしている。

 こっちと、たぶん、後ろ――


 背後で弓弦を引き絞る音が聞こえた。

 さらに、弓がうなる音がした。

 ギリギリと二度。

 そして三度目のうなりの直後、弦音(つるね)が鳴った。


 同時、雄鶏が棍棒を振りかざし、大きく跳躍した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ