表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/58

 ――魔郷の眷属(ドォンケルハイト)

 また、アイツが出てきたってことか。


 湊輔は左手で右手を押さえた。

 至極(しごく)色の姿を思い出した途端、震え出して。

 いつの間にかひざも震えていた。

 いや、至極の山羊(バフォメット)の名前は聞こえなかった。

 アイツと戦うわけじゃない。

 それでも、それなのに――


「くそっ……」


 湊輔は勢いよく立ち上がった。

 身体の震えを払いのけようと。

 倒れた椅子の、床でのたうつ音がこだまする。

 教室が静寂を取り戻すと、「はぁー、はぁー」と自分の浅い息遣いがやけに大きく聞こえてきた。


「大丈夫……至極の山羊(バフォメット)じゃ、ない……」

 自分に言い聞かせるように、消え入りそうな声をこぼした。

 それにさっきの戦いで、よく分かった。

 あれなら行ける。

 やれる。

 自分の身くらいなら、どうにか守れる。


 おもむろに教室の扉へと歩み寄る。

 逃げるなら、せめて役に立つ逃げ方をしないと。

 役立たずじゃない。

 戦える。

 ちゃんと、戦える。


 湊輔は扉を開き、敷居をまたいだ。

 図書館に踏み入り、目に映った人影は一つだけ。


遠山(とおやま)くん」

 有紗が物々しい面持ちで、足早に近づいてきた。

「急いで」

 緊急事態という放送のせいか、声音も低く凄んでいる。


「他の人たちは?」

 湊輔はロッカーに向かいながら問いかけた。


「もう出ていったわ。寺沢先輩が先走って、丸山先輩と深井先輩が追いかけたの」


 ロッカーの戸を開き、月白(げっぱく)の剣を握り締める。

 瞬間、右肩あたりに気配を感じた。

 おそるおそる横目を向けると、視界に映ったのは有紗。

 しかし違う。有紗とは一人分の距離がある。

 今感じた気配は、もっと間近。

 とはいえ、今は気にしている場合ではない。


「い、行こう。場所は?」


「グラウンドよ」


「そっか」


 先に歩き出した有紗の背中を追う。

 湊輔はふと疑問に思った。

 そういえば放送で、敵がどこに出たか、なんて言ってたっけ?


 尋ねようかと迷っているうちに、グラウンドに辿り着いた。

 戦いはもう始まっている。

 二体の巨大な敵を、海都がグラウンドの西で、明咲が北東で一体ずつ受け持っている。


 海都の相手は三メートル超の体高を誇るトナカイ。

 鳩羽(はとば)色――灰味がかった薄い青紫色――の全身。

 樹木のように何本も枝分かれした、荘厳を思わせる額角(ひたいづの)を生やした頭。

 たおやかな後ろ脚。

 そして異様な前半身。

 まるでゴリラのようにたくましい。

 後ろ脚が二本収まるほどに太い腕でナックルウォークをして、時折振り下ろしながら海都を追いかけ回している。

 ――鳩羽の腕鹿(ベリンゲイ)


 明咲の相手は、全身が(ふじ)色――淡い青みのある紫色――の巨大な雄鶏。

 足下から鶏冠(とさか)のてっぺんまで四メートル弱はある。

 色や大きさはとにかく、手羽が異様。

 以前戦った翼人型(アエロー)のような、羽毛に包まれる翼の形をした腕。

 その右手には、先端に突起のついたT字型の棍棒(こんぼう)のようなものが握られている。

 ――藤色の雄鶏(ドゥードルド)


「深井先輩ッ」

 湊輔は連絡通路から出てまっすぐ、B棟校舎沿いに西へと走り、その先にいた二菜の下に向かった。


 二菜は旗を両手で握り締めながら、近づいてくる二人に顔を向ける。

 そして数歩慌ただしく歩み寄ってきた。

「湊くんッ、すぐに明ちゃんに加勢してもらっていい? (あー)ちゃんも一緒に」


「寺沢先輩は?」

 湊輔は、トナカイの猛襲を霞脚(ヘイズステップ)で躱し続ける海都を見ながら尋ねた。


「それが……」

 二菜は合流した時点でひそめていた眉を、さらに険しくひそめた。

「あのくらい俺一人で倒せるから、手ぇ出すんじゃねえぞって……」


「そんな……」

 湊輔は顔をしかめた。

 あんなのどう見たって、一人で倒せそうな状況じゃないだろ。


「行きましょう」

 有紗がため息混じりにつぶやいた。

 海都と異様なトナカイに向けていた視線を湊輔に移す。

「どのみち加勢することになりそうだし」


「う、うん」

 有紗の声音がどこか刺々(とげとげ)しく聞こえて、湊輔はおずおず頷いた。


 そして有紗と共に、明咲がいるグラウンド北東へと駆け出す。


 直後、左手の親指から薬指がほのかな熱を帯びた。

 二菜の旗による攻勢(オフェンシブ)守勢(ディフェンシブ)防護(プロテクション)強壮(エンデュランス)の効果だ。


 近づくなり徐々に大きくなっていく、雄鶏の巨体。

「コァーカッカッカッカッ!」

 巨体のせいか野太い鳴き声。

 そのくせ頭痛を覚えるほど甲高い。

 小さく跳びはねながら全身を激しく揺さぶり、右手に持った棍棒をやたらめったら振り回している。

 そのたびにガァン、ガァンと金属質な音が弾けた。


 湊輔は雄鶏の右半身側から迂回(うかい)し、明咲の姿を視界に収める。

 しつこく降りかかる棍棒を、円盾(ラウンドシールド)で防ぎ、弾き、時折躱して耐えしのいでいる。


 有紗は雄鶏の真後ろで足を止めて矢をつがえるものの、すぐに弓弦(ゆづる)を緩めた。

 頭部の後ろを狙おうにも、尾羽が邪魔になる。

 より遠くから射るにしても、落ち着きなく動く巨体に狙い通り()てるのは難しくなるだろう。

 脚のももは不規則に上下して、とても狙いが定まらない。

 すぐさま右半身側に立ち位置をずらし、改めて弓弦を引き絞った。


「クァーッ!」

 雄鶏が声高にいななき、翼のような腕を羽ばたかせた。

 明咲の頭上を跳び越えて翻るや、再び棍棒を振り回し始めた。


 湊輔はその動きが奇妙に思えて、周囲を見回した。

 コイツ、後ろの泉さんが見えてたのか?

 だったら相当視野が広いぞ。


 それからまっすぐ駆け出し、今度は雄鶏の左半身側を目指した。

「――ッ!」

 思わず流転避(ロールシフト)で右に転がる。


 雄鶏がいきなり横に跳び、湊輔めがけて棍棒を振り払った。

 空振りしたことなど気にかけることもせず、

「コォァーッ!」

 またいななきと共に明咲へと殴りかかる。


 明咲は棍棒を弾くものの、両刃槍(パルチザン)で反撃しない。

 いや、する暇がない。

 雄鶏の得物を構え直す動きがずっと速いから。


「だったら……」

 少しでもアイツの気をそらせばいい。

「コイツ……!」

 湊輔が一歩踏み込んだ途端、視界に赤い光跡が走り、後ずさったすぐあと、棍棒が虚空を薙いだ。


「クァッ!」と雄鶏が鳴きながら横に跳ねてまもなく、有紗の放った矢が飛び抜けていった。


 湊輔はふと雄鶏を見上げた。

 踏み込めば棍棒を払って牽制して。

 矢が飛んでくるより早くその場から離れて。

 先ほどからやけに都合よく動いている気がした。


 ――目だ。

 鶏よろしく、ただ視野が広いだけではない。

 瞳をせわしなく、気持ち悪いくらいぎょろぎょろ動かしている。

 明咲をひたすら殴りながら、常に周囲を警戒していたらしい。


「これなら……」

 湊輔は巨体の背後に回り込もうと走り出す。


 すると雄鶏は明咲を軸にして、湊輔から遠ざかるように跳んだ。

 有紗が矢を放てば後ろに跳んで躱し、また明咲に躍りかかる。


 なんなんだよ、コイツ。

 でかいくせにちょこまかと、いつまでも動き回って。

 これじゃ全然攻められない、勝てない……戻れない……!


「くそがぁぁぁッ……!」


 湊輔がたまらず歯噛(はが)みして、得物を強く握り締めたとき。

 遠くから怒声がこだましてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ