三
――【払停頓】
「そこおッ!」
明咲が半歩、力強く踏み込む。
円盾を突き出し、石膏像の顔を押しのけた。
間髪入れず、右手に持った両刃槍を敵の顔面めがけて突き出す。
獅子型は紙一重で刺突を躱した。
前半身を右に跳ねさせるように。
そしてさらに大きく跳躍して離脱した。
半瞬後、有紗の射かけた矢が空をかすめた。
巨影は着地するなり身を翻し、「ウウウゥゥゥ……」と人のような声でうなった。
姿勢を低くして、左に跳躍する。
着地すると勢いよく跳びかかってきた。
緩やかな放物線が行き着く先は――明咲。
黒い爪を剥き出した右前脚が振り下ろされた。
しかし明咲は直前に後退しており、ドスン、と地面を打つ鈍い音が響くだけ。
明咲と海都が獅子型を迎撃している間、二菜はさらに旗を振った。
頭上に掲げ、右から左に、円を描くように四度振り回す。
――【強壮】
次に棒の中心を持ち、体の前で時計回りに四度回転させる。
――【防護】
湊輔の中指の第二関節と第三関節の間に黄色の帯が、薬指の同じ位置に白色の帯が浮かんだ。
歩いたり走ったりといった移動速度や、体を激しく動かすための持久力が向上する戦技と、三度まで体の損傷を防ぎ、衝撃を緩和する、見えざる鎧を与える戦技の発動。
「おいっ、ぼけっとしてんじゃねえぞ!」
海都の怒号に、湊輔は体をびくつかせた。
そんな言い方しなくてもいいだろ。
それに、ぼけっとなんかしてない。
敵は体高二メートルもある大型の影。
ホントは小さいヤツで試したかったけど……やるしか、ないんだよな。
「湊輔、もう少し追い込んでからで大丈夫だから、無理しないでっ」
明咲は湊輔の事情を知っている。
前回もそうだった。
泰樹と明咲が、湊輔が追い回されないように立ち回っていた。
大勢の小型と戦っていたときは、数が少なくなったときに呼んでくれて、大型が出てきたときはギリギリのところまで追い詰めてから剣を振らせてくれた。
――でも、いつまでもそんなんで、いいのか?
得物を握る右手に力がこもる。
ふう、ふう……と意識的に呼吸の音を鳴らす。
「……大丈夫、たぶん、あれなら、なんとかやれる……はず」
消え入りそうな小声で、自分を奮い立たせた。
獅子型が明咲に躍りかかって硬直を見せた。
ここだ。
行け。
走れ。
――【破突】【流転避】
巨影の側面に回り込み、右後ろ脚に迫る。
「うあああッ!」
月白の剣を突き込み、すぐさま引き抜き、左に転がった。
敵の死角に逃げ込んだ――つもりだった。
「おいバカっ」
海都の声と共に、サソリの尻尾が左から襲いかかってきた。
「――ッ」
猛然と薙ぎ払われた一撃。
ブゥン、と肉厚な風音が、半瞬前の湊輔を打ち据えた。
流転避で転がった直後、視界の左端から赤い光跡が真横に伸びた。
咄嗟に流転避を重ねていなければ、頭を打たれ、ただではすまなかっただろう。
今こうして、守勢や防護に守られているとしても、だ。
水切りする石のようにグラウンドを跳ね転がる。
あるいは首がはね飛ばされる。
不意にそんな想像をしたら、鼓動がより激しく荒ぶり始めた。
「ふう……ふぅ……」
湊輔は身体を落ち着かせようと、大げさに息を吸っては吐く。
「くぅっ……」
まただ。
また全身が燃え上がるように熱くなり始めた。
だが、あの骸骨頭の騎士のときのような、頭がボーっとするほどではない。
そして、降ってきた。
視界の真上から赤い光跡が。
湊輔が素早くその場を離れてまもなく、灰黒色の鉄槌が降り注いだ。
舞い上がる土ぼこり。
その向こうで、石膏像の顔が生々しい歯を剥き出している。
瞳のない虚ろな目は、奇怪な姿と相まって禍々しくぎらついている。
「こっちだあッ!」
「そこおッ」
海都と明咲が左右から獅子型に躍りかかる。
――【鋏挟閃】
右薙ぎ、すぐさま返して左薙ぎ。
海都の素早い二連撃が、獣の右後ろ脚を斬り刻んだ。
――【迅風突】
明咲は桜色の突風と化す。
勢いに乗せて突き出した両刃槍は、巨影の左脇腹に深々と食い込んだ。
二人の果敢な猛襲に、獅子型はしかし怯む様子を見せない。
死角にいる二人どころか、まるで体の痛みを気にしていないように姿勢を低くして身構えた。
湊輔は目を見張った。
跳びかかってくる。
避けないと。
逃げないと。
一瞬視界に赤いものが映り込んだ。
しかし、すぐに消えた。
――【矢継射】
獅子型が姿勢を低くした途端、たてがみと顔の境に三本の矢が突き刺さったから。
「ウオオオッ……!」
苦痛――というよりもわずらわしさか、巨影はわずかに俯いた。
――【終一閃】
「もらったあッ!」
海都が鋏挟閃で左腰に据わった柳葉刀を抜き放つ。
飛沫のように一閃が爆ぜ、獅子型の右後ろ脚を深々と抉った。
『ウアアアアアアアアアッ!』
獅子型が下向いたまま咆え猛た。
鼓膜を引き裂くような荒々しい音波に、湊輔と、すぐ近くにいた明咲も海都も思わず耳をふさいだ。
直後、巨影は四肢を踏ん張った。
力を込めるように身を低くして、垂直に高々と跳び上がる。
「湊輔ッ、離れて!」
明咲が叫んだ。
押し潰されるから?
でも、視界は赤くならない。
そもそも、アイツの真下にいるわけじゃない。
いや、でも、離れたほうが――
湊輔が反転するのと、落下してきた獅子型の着地は同時だった。
「うわっ」
ドォン! と大地が上下に揺れた。
湊輔は激しい振動に足を取られ、たまらずひざをついた。
「湊輔後ろ!」
また明咲の声が聞こえ、湊輔は無理やり前に跳び込んだ。
直後背中を打つ、重々しい打撃音。
肩越しに見れば、右前脚を叩きつけた獅子型が。
巨影は揃えた両の前脚を軸にして、後ろ半身を浮き上がらせて翻った。
直前、視界を縦断した赤い光跡。
咄嗟に流転避で右に転がる湊輔。
半瞬後、肉厚なサソリの尻尾が、勢いよく打ち下ろされた。
「ヤロウ――くそっ」
海都が詰め寄ろうとしたところで、獅子型がまた翻った。
サソリの尻尾を振り払って海都と明咲を牽制すると、右に駆け出した。
「湊輔、下がって」
明咲が湊輔と獅子型を結ぶ直線状に立ちはだかった。
「シバさん言ってた通り、結構面倒なの持っちゃったね。あんだけ矢くらっても無視だし」
湊輔は小さく震える体を押して、よろよろ立ち上がる。
明咲越しに獅子型を見てみれば確かに、前脚を中心に矢が何本も刺さっている。
明咲が肩越しに湊輔を一瞥した。
「もっと下がって。――海都っ、アイツ止めるよ」
はっ、と海都は鼻で笑った。
「俺ら無視すんなら、いっそこのまま囮にしちまえばいいだろ」
「バカ言わない! そんなの、シバさん――」
明咲は言葉を切って腰を落とすと、円盾を構えた。
不動構の構え。
獅子型が突っ込んでくる。
開戦当初に比べれば、速度はかなり落ちている。
四肢を斬りつけられ、いくつもの矢を受けたせい――ではなかった。
「後ろ!」
明咲が構えを解いて反転した。
獅子型が明咲との衝突まで数歩といったところで、三人の頭上を跳び越えたから。




