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「おれは、その……」

 湊輔は言いよどんで(うつむ)いた。

 海都の視線と雰囲気が、どこか嫌みったらしく感じられて。

「あ……」

 歩み寄ってきた海都に成績表を奪われた。


「おいおいマジかよ、二百二十五って……」

 海都はため息混じりに言い捨てると、押しつけるように紙束を返した。

 それから、

「そんなんで戦えんのかっつーの」

 と小さくぼやきながら、座っていた椅子に戻っていった。


「そーゆーこと言わないのっ」

 明咲が海都の肩を叩いた。

「もしかしたらこれからグーンて伸びるかもしんないよ? ほら……大器熟成(・・・・)ってゆーし」


「バァーカ、そりゃ大器晩成(・・・・)だ」


「はぁ? 四百五十五の海都にバカとか言われたくないんだけどー?」


「総合関係ねえだろ? じゃあこの前のテスト、お前平均いくらだったよ?」


「あーしは確か……だいたい六十だったよーな?」


「はっ、バァーカバァーカ! 俺は八十台だ、バカめ!」


 海都と明咲の言い合いもといじゃれ合いが、徐々に遠くなる。


 そんなんで戦えるか?

 こんなんでも戦ってきたんだよ。

 ……けど、二百二十五と四百五十五じゃ、言い返すだけ無駄、だよな。


「湊くん、海くんの言ってたこと、気にしなくていいからね」


 ぼんやり聞こえた二菜の気遣い。

 湊輔は奥歯を()み締め、成績表をしわができるほど強く握り締めた。

 気にしなくても、って言われてもな。


 ふと、顔を上げて有紗を見た。

 どんなふうに思われているのか気になって。

 どう思ってるいかなど、分かりっこないのに。


 有紗の顔は成績表に向けられている。

 ただ、視線だけは別のものに向けられていた。

 それを辿(たど)ると、海都に行き着いた。

 改めて観察するように有紗を見てみると、なにか思うところがあるように切れ長の目を細めている。


『ぴーんぽーんぱーんぽーん。グラウンドに獅子型(マンティコア)が一体、現れましたぁ。繰り返しまぁす。グラウンドに獅子型が一体、現れましたぁ。三年生はいないけど、みんなぁ、がぁーんばってねぇー。以上ッ。……ぴーんぽーんぱーんぽーん』


 ようやく通告された敵の出現。途端に聴覚が平常を取り戻した。


「なんだよ、余裕じゃねーか」

 海都は明咲と有紗を見てから、テーブルに置いていた鉛色の柳葉刀を持ち上げた。

「二菜、頼むぜ、旗」


 二菜は一瞬眉をひそめ、すぐに得意げな笑顔になった。

「任せなさぁーい!」と声を張り上げ、布を丸めた状態の、鉛色の旗を高々と掲げた。


 それから海都、明咲、有紗が裏口に向かい始めたところで、「湊くん」と呼んだ。

「海くんの言ったこと気にして、無茶なことしちゃダメだよ?」


「無茶なことなんて……しませんよ」

 というか、できないと思う。

 そんな度胸ないから。


「前にね、シバさんが言ったんだ。もう誰も()られんな、誰も()らせんな。誰も死ぬな、誰も死なせんな、って」

 二菜は寂しげに声を小さくした。

「海くんもそれ聞いてたし、シバさんのこと尊敬してるから分かってるはずなんだけど……解ってないんだろうな。……ううん、尊敬してるけど、憧れてるのは、シバさんの強いとこだけみたいだし」


「おい二菜! 早く来い!」

 海都の怒号がこだました。


 二菜はかぶりを振ると、まぶしいくらい晴れやかな笑顔を浮かべた。

「さて、行こっか。獅子型(マンティコア)だけだし、頑張ろっ!」


 二菜に手を取られ、湊輔は図書館をあとにした。

 裏口近くで待っていた三人と合流し、海都を先頭に駆け出す。

 連絡通路、B棟校舎を抜け、体育館とつながる連絡通路から外に出る。

 グラウンドに行き着くと、すぐさま巨大な灰黒色(かいこくしょく)の影が目に飛び込んできた。


「ウアアアアアアアアアッ!」


 体高が二メートルほどもある、ライオンのようなシルエットが放った咆哮(ほうこう)


 え? と湊輔は眉をひそめた。

 見た目は確かにライオン。

 しかし今の吠え声は獣のそれではなく――人の声。

 響き渡るような、低く野太い叫び声。


「来るよッ!」


 明咲の声より早く、灰黒色の獅子(しし)が突進してきた。

 五人はすぐさま体育館と連絡通路、B棟校舎に囲まれた袋小路から脱出して散開する。


 途中、湊輔は敵の異様を捉えた。

 そして人間のような叫び声の理由も、なんとなく理解した。


 体つきこそ百獣の王と呼ばれるライオンそのもの。

 しかしたてがみに覆われた頭には、石膏(せっこう)像のような人間の顔がはめ込まれている。

 背中には、肩甲骨から腰あたりにかけて生えた、三対の太い帯が垂れ下がっている。

 そして勇ましく反り立つ、六節からなるサソリの尻尾。

 ――獅子型(マンティコア)


「二菜あッ、今だ!」

 ライオンを模した巨影が袋小路に突っ込んだところで、海都が叫んだ。


「はいよー!」

 二菜が手早く旗を広げると、矩形(くけい)の布に描かれた、中央で十字に交差した四本の剣が露わになった。

 そして体の前で斜め十字を描くように旗を振る。

 右上から左下へ、左上から右下へ。

 この一連の動作を二度繰り返した。


――【守勢(ディフェンシブ)


 湊輔は左手の親指――第一関節と第二関節の間に、ほのかな熱を感じた。

 見れば、青色の帯が浮かび上がっている。


 これは旗の戦技(スキル)の一つ。

 耐久力と成績表に書かれてある、全身の防御力と、攻撃を受けた際に体勢を維持する力を強化するもの。

 体勢維持の力は、特に盾で敵の攻撃を受け止める際に重要だと、以前二菜から聞かされていた。


「明咲ッ!」


「うんッ」

 海都の呼びかけに、明咲が再び突進をしかけてきた獅子型(マンティコア)の進路上へと躍り出た。


――【不動構(フォーティス)


「せいッ」

 腰を落とし、円盾(ラウンドシールド)を構える。


 明咲の盾と石膏像の額が激突して、ガンッと硬質な音を上げた。

 巨影の体格からして、受けた衝撃は走行する乗用車のそれ以上。

 しかし明咲は微動だにせず、受け切っている。


 ほんのわずかな時間、自身の防御力と体勢維持の力を大幅に強化する動的戦技(アクティブスキル)により、明咲は身の丈の倍以上もある獅子の勢いを受け止めたのだ。


 同時、二菜が高々とかかげた旗を右、左、右、左という形で振り終えた。


――【攻勢(オフェンシブ)


 また左手が熱くなる。

 今度は人差し指の第二関節と第三関節の間に、赤色の帯が浮かんだ。


 これは全身の筋力を強化する戦技(スキル)

 武器で与える威力もそうだが、ほんの少しだけ耐久力や、持久力に含まれる移動速度にも影響するらしい。


――【霞脚(ヘイズステップ)】【疾破撃(アサルトクラッシュ)


「うらあああ!」

 海都は体が(かす)むほどの超速を発揮し、獅子型(マンティコア)へと詰め寄った。

 その勢いに乗せ、右肩にかつぐように構えた柳葉刀を振り下ろす。

 左前脚に打ち込まれた袈裟(けさ)斬りが、巨影の体をわずかに左によろめかせた。

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