一
翼人型や滅紫の幽騎との戦いからちょうど一週間後。
三限目を終えての休憩時間。
「なあ湊輔」
雅久がしゃがみ込んで机に寄りかかってきた。
「『カフェ・カムリリィ』って知ってるか?」
「なにそれ?」
「ケーキバイキングの店。この前カスミモールん中にできたんだってよ」
「カスミモール……」
尾仁坂駅から南に一つ進んだ先にある尾仁号津駅から、徒歩十分ほどのところにある大型ショッピングモールだ。
湊輔は最近そこに買い物に出かけたが、『カフェ・カムリリィ』と聞いても全然ピンと来なかった。
「てか、ケーキバイキングって……」
湊輔は頬杖をついて眉をひそめた。
「女子が行く店ってイメージなんだけど」
ふっ、と雅久は意味ありげに鼻で笑った。
「そう言うと思ってたぜ。だからよ――」
いきなり途切れた雅久の声。
あまりに一瞬の出来事。
彩りに満ちた何気ない日常が、またしてもモノトーンに染まった戦場に移り変わった。
今回も、教室にいるのは自分だけ。
湊輔は長いため息をつきながら机に突っ伏した。
「またか……」
ちなみに今回で四度目。
三度目は翼人型や滅紫の幽騎との戦いの二日後だった。
今度こそ試せたら、いいな……と思いながら、湊輔はおもむろに立ち上がった。
一週間前、ふと思いついた戦い方。
前回それを試そうとしたが、剣を振るう機会があまりにも少なかった。
初めて異空間に招かれたクラスメートの佐伯悠奈が優先されたか、泰樹が気を利かせたかはさておき。
今度こそ、一度くらい試してみたい。
そう思いつつ扉を開き、向こう側――図書館へと踏み込んだ。
「おー、湊輔じゃーん?」
湊輔に気づくなり声を上げたのは、桜色の長いツインテールが特徴的な女子生徒――丸山明咲。
前回一緒に戦ったメンバーの一人。
気さくに声をかけてくれて、戦っている間もよく気にかけてくれた。
そんな明咲に湊輔は、化粧の濃い派手な見た目に苦手意識を覚えつつ、いい先輩だな、という印象を持った。
「湊輔? ……ああ、雅久と幼馴染ってやつか」
明咲の後ろで椅子に座っている、糸目の男子生徒――寺沢海都が、どうでもよさそうな口調でつぶやいた。
異空間では初めて会ったものの、ついこの前廊下で明咲に話しかけられたとき、隣にいた海都を紹介された。
同じく戦っているメンバーの一人だと。
湊輔は奥に進むなり、
「お疲れ様です」
と二人に会釈をする。
「やっほー湊くん」
並び立つ本棚の間から、先端から半分近く布に覆われた長い棒を持った女子生徒――深井二菜が出てきた。
ぱっちりと開いた丸い目と外はねショートヘアは、快活な人柄によく似合っている。
二菜もまた前回一緒に戦ったメンバーで、武器は旗。
敵を攻撃することはできない、いわゆるサポート役。
振り方によって筋力を上げたり、持久力を上げたりと、様々な効果を与えてくれる。
二菜がいるだけで戦いやすさが全然違う、と明咲が言っていた。
二菜とすれ違い、本棚の間に入ったところで、湊輔は足を止めた。
ちょうどロッカーから中身を取り出して振り返ったのが、有紗だったから。
「あ、お、お疲れ様……」
湊輔は目が合うなり、ぎこちなく笑ってみせた。
「お疲れ様」
有紗は淡々とした調子で返事をすると、隣の通路から戻っていった。
湊輔は少しばかり言い知れない違和感を覚えた。
パッと見、おかしいところはなにもない。
声も表情も、たぶんいつも通りのはず。
でも、なんか違うような。
昼休み、三人で集まれるなら、訊いてみようか。
……訊ければ、だけど。
ロッカーを開き、月白の剣と成績表を取り出してその場を後にする。
もやもやする気持ちを隅っこに追いやるように成績表を眺めた。
総合――二百二十五。
前回見たときから二十の増加。
一応、しっかり成長している。
ただ、湊輔としては物足りない。
なぜなら――
「湊くん、なにか上がった?」
二菜が湊輔の手元を覗き込んだ。
「筋力と精神力、それと戦闘センスがちょっと上がってるね」
湊輔は肩を落とした。
「もう三回も戦ったのに、これしか上がらないんですか……?」
「うーん……湊くんからすればもう三回、なんだろうけど、こんなもんだよ? あたしもまだ二百台だからね」
二菜の総合は二百八十五。
前回それを見せられたとき、湊輔は露骨に顔をしかめた。
もしかしたら、いや、もしかしなくても自分が最下位だと思い知って。
もう見たくないとばかりに一枚目をめくって二枚目を見る。
【素質……前虎後狼】
【動的戦技……渾撃、破突、抉牙、打流、終一閃、流転避】
【静的戦技……先見、死逃視眼】
素質と静的戦技は二度目の戦いから変わらない。
動的戦技は一気に四つも増えていた。
とはいえ、使い方の分からないものがいくつか。
だから前回、一緒だった泰樹に教えてもらい、動的戦技の使い方をなんとなく理解した。
素質と静的戦技については、これまで見聞きしたことを当てはめて考えてみた。
死逃視眼は死にかけたときに発動するもの。
敵が一斉にこっちを向くのと、全身が熱くなるのと、視界に赤い筋が走るのは、前虎後狼と先見のどちらかのはず。
こればかりははっきりしない。
「へぇー、有紗って割と総合高いじゃん」
成績表を見つめる有紗の右肩から、明咲がメイクでバッチリ決めた顔を覗かせている。
有紗が端麗なら明咲は美麗。
そんな二人の並ぶ姿に湊輔は、絶景だなー、などと思いながら見惚れていた。
「へえ……いくらだよ?」
海都が椅子の背もたれを前に寄りかかりながら、興味深そうに尋ねた。
「三百四十」
明咲のあっけらかんとした返事に、海都はわずかに顔をしかめた。
「マジかよ」
「海都ぉ、あれから上がったぁ?」
「いいや……まったくだ」
明咲がいじわるそうに覗き込むと、海都は不服そうに答えながらしかめ面を背けた。
「ふぅーん……じゃあまだ四百五十五なんだ? いえーい、あーしの勝ちぃっ」
「確か、四百六十五……だったか」
「あーったりぃッ」
明咲は一段と声を張り上げ、海都の背中を叩いた。
湊輔は全身に亀裂が走るような気分を覚えていた。
海都と明咲はまだしも、同じ学年、同じ時期に戦い始めた有紗と百以上の差が開いていると、今さらながらに知って。
「なあ湊輔、お前いくらだよ?」




