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 遠山(とおやま)湊輔(そうすけ)尾仁角(おにかど)高校に入学して、ひと月も経たない日のこと。


「なあ、あの女子だろ?」

 三限目の美術を終え、一年B組の教室に入るなり、我妻(あがつま)雅久(がく)が唐突に切り出した。

「入試んときにロミオチックな出会いをしたのって」


「なっ――」

 湊輔はうろたえて絶句した。


「ははっ」

 雅久はおかしそうに笑った。

「そーかそーか。今度はあーゆー系の女子に目をつけたか」


「いや、別にそんなわけじゃ」


「んなわけあるかよ。見かけたら目で追っかけてるくせに」


「それは……」

 湊輔は雅久から目を背けた。

 弁解しようにも、それらしい言葉が見つからなくて。


 喜ばしいことに、入試の日に出会った乙女と同じ高校に入学できた。

 しかし残念なことに、彼女はA組。

 クラスは違う。

 それでも、名前だけは知っていた。


 有紗――(いずみ)有紗(ありさ)だ。


「とりあえず告っちまえよ」

 雅久は耳打ちしたあと、にかっと悪戯(いたずら)っぽい笑みを見せた。


「いきなりそんなことしたって……」


 断られるだけだろ、と言いかけてやめた。

 それを口にしたら、なにもかもが終わってしまいそうで。


 はあ、と雅久はため息をついた。

「中学んときの三年なんてあっという間だったろ? 高校の三年だってすぐだぜ? 卒業してまた会えると思うか? もう今しかねえんだよ。結果がどうなるとか気にしねーで、とっとと告っちまったほうがいいっての」


「お前なあ……」

 湊輔は眉をひそめて肩を落とした。

 他人事だからそう言えるんだよ。

 だいたい、違うクラスの、全然接点のない女子とどうやって仲よくなれっていうんだよ。


 やがて四限目の国語に入り、いつものように教師の話を聞きながら、黒板に並べられる単語や文章をノートに板書していく。

 授業が中ほどに差しかかったとき――


 何気ない日常が、まばたき程度の速さで灰色に変わった。


 すっと消える、右手に持っていたシャープペンシル。

 机の上に広げていた教科書やノート、筆入れも同様に。

 さらには教師やクラスメートまでもが一瞬にして姿を消した。


 そして、彩りも。

 教室だけではない。

 窓の外を見れば、向こうに広がる景色までもが色という色を失くしていた。


「なんだこりゃ……」


 しかし一人だけ消失を免れた人物がいた。

 窓際最前列の雅久だ。

 左に右にと顔を振り、背後を向くなり、「おっ」と安堵(あんど)したように笑みをこぼした。


「湊輔、これどーなってんだ?」


「さあ……」

 湊輔は教室を見渡した。

 残っているものといえば、机や椅子、ロッカーという備品のみ。

 あたかもモノクロ写真に入り込んだように、一面モノトーンに染まる殺風景な空間だ。

「おれに()かれても」


「ま、そーだよな」

 雅久は肩をすくめて苦笑した。

「にしても――全然向こう見えねーぞ」


 湊輔は窓際に歩み寄る。

 普通教室が入っているA棟校舎の南側には駐車場があり、敷地の境界に沿って桜の木が立ち並んでいる。


 そのすぐ後ろに、濃煙のような灰色の壁がそびえていた。

 視線を右から左へと動かしてみれば、壁は敷地を取り囲んでいるように見える。


「なんかよく分かんねーけど、行こうぜ。他に誰かいねえか、探しによ」


「え、ああ、うん」

 湊輔は渋々(うなず)き、先を行く雅久の背中を追った。

 はっきりとはしないけど、なんか、嫌な感じがする。


「なんだこりゃ……」

 雅久は教室奥側の扉を開くなり、ついさっき言ったばかりの言葉を口にした。

 ただ、今度はより強く驚愕(きょうがく)の色を帯びて。


「なんで?」

 湊輔もまた、扉の向こうを見るなり声を震わせた。


 教室の扉の先にあるものといえば廊下。

 しかし違う。


 図書館だ。


 教室と同じく、モノトーンに染まったそれが広がっていた。

 尾仁角高校の図書館は、別棟としてA棟校舎の東側にある。

 五十万を優に超す蔵書を抱えているだけに、三階まであるほどやたら大きい。


「とっとと入んな」


 二人が(ほう)けていると、低いハスキーな声が響いた。

 湊輔は思わず息を()んだ。


 鬼がいたからだ。

 目つきが悪い。

 (がら)が悪い。

 強面(こわもて)

 そんな言い回しがちゃちに思えてしまう。

 尾仁角高校の学ランを着ているのに、とても同じ高校生には見えない。


 殺気のような凄みを帯びたしかめ面、逆立てたショートヘア、そして逆手に握った剣がその異様さを物語っている。


 白銅色――銀色に近い明るい(ねずみ)色――に染まる、幅広で反りのある片刃の剣。

 やっぱりここは自分の知ってる学校じゃない、と湊輔は確信した。

 思わず半歩引いてしまう。


「わけ分かんねえのは解ってるから、早く来い。他のやつが入れねえからよ」

 ハスキーな声がより強く凄んだ。


「お、おい湊輔、行くぞ」


 雅久に引っ張られ、湊輔は図書館へと踏み込む。

 すると扉が勝手に閉じた。

 後戻りをさせない、ということだろうか。


 鬼のようなしかめ面をした男子生徒が歩み寄ってきた。

「おめえら、一年だな。細けえ説明はあとだ。とりあえずこっちに来な」


 湊輔は雅久の背中に隠れるように男子生徒についていった。

 表口からまっすぐ先、並び立つ本棚の間を抜けていく。


 奥に箱があった。

 平均的な体型の大人が三人ほど入れそうな、金属質の長大なそれはまるでロッカー。

 しかし明らかに違う。

 通気口も鍵穴もない。

 あるのは、指が四本通る程度の取っ手だけ。


 箱の前に着くと、男子生徒が振り返った。


「俺は柴山(しばやま)泰樹(たいき)。おめえらは?」


「俺、我妻雅久ッス」

 答えてから、雅久は左にずれた。


「と――」

 湊輔は泰樹に目を向けられると、視線をそらさないまま小さく(うつむ)いた。

 自然な表情をしているはずなのに、怒っているような凄みがあって。

「遠山、湊輔、です」

 厚い前髪越しでも直視されるのがたまらず、目を泳がせた。


「我妻と遠山か。よろしくな」


 泰樹が言い終えると同時、図書館の表口が開いた。


「おー? もしかして体験入部ってやつかなぁ?」


 ちゃらい感じの柔らかい声音。

 入ってきた男子生徒はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 つくったようなくせ毛のアシンメトリーの茶髪。

 気さくさを覚える細いたれ目。

 それらが声音と相まって、いっそうちゃらい感じが引き立っている。


「荒井、我妻雅久と遠山湊輔だ」


 泰樹が二人を紹介すると、荒井と呼ばれた男子生徒はにっと笑った。


「俺、荒井(あらい)巧聖(こうせい)。よろしくね。まぁ色々大変だけど、一緒に頑張って生き延びよっか。そうそう、体験入部なんて冗談よ? ここじゃ体験もくそもないからね」


 湊輔は思わず顔を引きつらせた。

 生き延びよう(・・・・・・)って、なに?


「荒井、ロッカー開けな」

 泰樹がロッカーの前から離れた。


「はいはーい」


 巧聖はロッカーの前に進み出て、戸を開く。

 中に入っていたのは、二メートルを超す鉛色――鉛のような少し青味を帯びた灰色――の長い(やり)と、B5サイズの薄い紙束。

 それらを取り出すと戸を閉めた。


「ま、こんな感じだから開けてみなよ?」

 巧聖は雅久と湊輔に流し目を向け、泰樹の後ろに回り込んだ。


「うっし、じゃあ俺から」

 雅久が好奇に満ちた面持ちでロッカーを開けた。

 中から取り出したのは、身の丈ほどもある長方形の大きな盾。

「はぇー」

 白銅色に染まる盾の裏から取り出した同色の短剣を眺めると、湊輔に視線を移した。

「湊輔、お前も開けろよ」


 こいつ、おれの武器がなにか見たいんだな、と思いつつ、湊輔は取っ手に触れた。


 同時、表口の扉がガラガラと開いた。


「お、やっと五人目の登場だねぇ」

 巧聖は声を弾ませてつぶやくと、隣の通路から戻っていった。


「おい湊輔、早く開けろよ」

 雅久がじれったそうに急かしてきた。


「う、うん」


 湊輔が取っ手を引くと、戸はすうっと滑らかに開かれた。

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