五
鳥人型たちが乱雑な羽音を立てながら、一斉に飛び上がった。
「耀大、行けそうか!?」
「無論じゃあ!」
耀大は剣佑の問いかけに答え、駆け出しては息を大きく吸い込んだ。
「むうっ……!」
猛嚇咆を轟かせようとして、しかし襲いかかってきた鳥人型たちによって阻まれた。
すかさず大盾を掲げたものの、四方八方から鋭い鉤爪による猛襲を浴びせられ、身動きが取れなくなる。
「はッ、簡単にゃやらせねえってか……!」
颯希が超速の連射を披露し、次々と耀大に群がる鳥人型を弾き飛ばしていく。
有紗もまた、翼を持つ影を払おうと狙いを定める。
「剣佑、耀大はこっちでどーにかすっから、湊輔連れてアイツをやりな!」
剣佑は肩越しに颯希を見て、
「ええっ、お願いします!」
と頷いた。
それから湊輔に視線を投げる。
「湊輔、やれそうか?」
湊輔は月白の剣を握る右手に力を込めた。
「は、はい……!」
「よし、なら行こうッ」
剣佑が先に駆け出し、湊輔がやや遅れてその背中を追う。
「ぬおおおッ……」
「耀大、もう少し踏ん張れ! 二人が蹴散らしてくれるからな!」
片手鎚と大盾を振り回して応戦する耀大に、剣佑が激励を飛ばして迂回するように通り過ぎていった。
「むぅッ、面目ないわぁ……!」
うなる耀大の声を背中越しに聞きつつ、湊輔は翼人型を見据えた。
巨影の彫像のような顔が、こちらを睨みつけている。
そのせいか、全身の燃え上がるような熱さが激しさを増した。
まだ続いている。
しかし不思議と、頭はボーっとしない。
もしかして、慣れた?
翼人型が鋭い指先を顔の前で揃えた。
光沢こそないものの、やたら鋭利に見える輪郭はまるで刃物。
剣を構えるかのように、わずかに前傾して腰を落とした。
――【急迫拳】
「せあああ!」
剣佑が急激に速度を高めて翼人型に接近した。
構えた凧盾を突き出して殴りかかる。
「なに……」
翼人型は迎え撃たなかった。
流麗な身のこなしで盾の殴打を躱すと、剣佑を歯牙にもかけず通り過ぎていった。
瞬間、湊輔の視界に赤い光跡が走った。
右から左に、真一文字に、勢いよく。
「しまっ……」
心の声を漏らしながら急制動をかけるものの、遅かった。
時が、ひどく緩やかに流れ始める。
眼前に迫った巨影が右腕を薙ぎ払った。灰黒色の閃きはあごの下をかすめる。
そう、かすめるような呆気なさで、首の肉と骨が断ち切られた。
視界は急に空に、そして背後に移ろう。
逆さまな光景。
逆さまな三つの人影。
誰もが愕然とした表情を浮かべている。
その中でひときわ、端麗な面立ちが蒼白に引きつっていた。
やがて体も、空を仰いで倒れ込んだ。
視界が激しく揺れ、今どこを向いているのかさえ分からない。
揺れが収まると、視界一帯に鮮やかな紅い沼が広がっていた。
やがて、少しずつ黒い幕が下りていく。
また――死んだ。
幕が上がると、絶命の瞬間が巻き戻り始めた。
沼は視界のすぐ下に収束し、糸に引かれたように体が起き上がる。
逆さまな視界が移ろう。
蒼白に引きつった端麗な面立ちを映してから灰色の空へ、そして眼前の巨影へと。
灰黒色の閃きが左から右に首元を裂いた。
しかし肉と骨は、なんの痕跡も残さず接合されていく。
やがて巨影が離れていく。
体もまた、急制動をかける少し前の位置に据わった。
時の逆流が終わり、順行し始めた。
迫ってきた巨影が右腕を薙ぎ払う。
体は足を止めるどころか、屈んで姿勢を低くした。
一閃をかいくぐるように転がる。
辿り着いた先は、敵の懐。
起き上がりざま、月白の刀身がまっすぐ、敵の腹部に突っ込んだ。
さらに右に左に揺れ動き、傷口を広げる。
とどめとばかりにより深く食い込むと、勢いよく飛び出した。
そして視界が真っ白く爆ぜる。
――「オレニ、ヤラセロ。オレナラ、ヤレル」
緩やかに流れる時の中。
誰かの声が、不気味に笑っているような調子で言った。
瞬間、血管という血管を伝うように、足下からせり上がってくる。
憤怒が、憎悪が、殺意が。
また視界に赤い光跡が横断する。
それに飛び込むように、かいくぐるように、屈んで一転した体。
途中、頭上でヒュン、と吹いた鋭い風切り音。
そして起き上がると、巨影の腹部が目と鼻の先。
――【破突】【抉牙】
「ダアアアッ!」
絶叫と共に、右腕を引き絞るや突き出した。
敵の腹部にまっすぐ突っ込む、月白の剣。
刀身の半分がうずまったところで、
「ラアアアッ!」
右に左に揺さぶり傷口を抉る。
とどめとばかりにねじ込むと、一気に引き抜いた。
時の流れが平常に戻ると、翼人型が左手で腹の穴を押さえながらひざから崩れ落ちる。
直前、体はすかさず跳びのき、その場から離脱した。
「湊輔……?」
剣佑が呆然と目を見張ってつぶやいた。
「剣佑ッ、ぼけっとしてんじゃねえ!」
「お、おおッ!」
颯希に吠えられ、すかさず翼人型へと肉迫する。
湊輔は唖然としていた。
いつの間にか、翼人型がひざをついてうな垂れていたから。
右手を支えにして、左手で腹を押さえている。
そして剣を握る右手には妙な感触が。
これ、もしかして――
突如、翼人型の体が浮き上がった。
「うおっ……」
迫っていた剣佑がうろたえて後退する。
巨影は翼手を羽ばたかせて飛び上がった――のではない。
「んぅ……!」
湊輔は口元を押さえた。
まただ。
また、吐き気が襲ってきた。
なんで? と思うまでもない。
翼人型を握り締めている、地面から伸びた太い腕は、見紛うことなくアイツのものだから。
やがてそれは一度手を離し、すぐに巨影の頭をつかみ取った。
途端にベキッと硬いものが割れるような音が鳴り、翼人型はだらりと脱力した。
いつの間にか地面に広がった、混沌を模した歪な黒い沼。
そこからせり上がるように姿を現したのは、四メートルもある至極色の巨体。
広大な翼と角の生えた馬頭。
屈強な上半身とたくましい馬脚。
右手に握った長大な鉈。
――至極の山羊。




