四
「耀大! 剣佑! 湊輔頼むぞ!」
「「おおッ!」」
颯希の張り上げた声に、耀大は片手鎚を、剣佑は長剣を掲げた。
言われた通り、湊輔は耀大の右後ろ、やや離れた位置に着いた。
巨影に向かって耀大が前から、剣佑がやや遅れて左から躍りかかる。
繰り出される大盾と片手鎚、長剣と凧盾。
翼人型はそれらを防ぎ、弾き、受け流しながら、翼手を振り払い、突き出して応戦する。
やがて二人の包囲から抜け出すように翼人型が跳びのいた。
着地したのは湊輔の前方。
来た、と身体がわずかな震えと共に奮えた。
敵の顔は明らかに二人に向けられている。
こちらを見ている素振りはない。
ここだ。
今だ。
今しかない。
湊輔は走り出す。
なるべく翼人型の視界に、ほんの少しも映らないよう迂回して。
どんどん近くなる巨影の背中。
得物を構える。
地面と水平に引き絞って。
――【破突】
「うあああッ!」
踏み込んだ途端に叫び、月白の剣を突き出した。
描かれた直線的な軌道は、吸い込まれるように翼人型の腰に食い込む。
巨影が一瞬、確かに怯んだ。
「いいぞ湊輔! 離れろ!」
剣佑の声に打たれ、すかさず刃を引き抜く。
途端、全身が燃え上がるような感覚に襲われた。
「くそ、また……」
湊輔は顔をゆがめて後ずさる。
しかし急激な熱に見舞われたせいか、頭がボーっとする。
逃げ出したいのに、体が覚束ない。
急に視界の左端が赤く染まった。
「湊輔え!」
荒ぶる渋い声が聞こえるのと同時、耳を中心に痛烈な衝撃が走った。
頭の中が、意識が激しく揺さぶられる。
あ……死ぬ。
翼人型の振り向きざまに放たれた回し蹴りを受け、湊輔の体は頭に引っ張られるように吹き飛んだ。
大砲に撃ち出されたような長い浮遊感。
脱力した体はやがて、ゴロゴロむなしく地面を転がる。
手から離れた剣は、主から離れまいとばかりに音を立て、追いかけるようにのたうった。
――【猛嚇咆】
『ウオオオオオオオオオッ!』
激憤を帯びたような、重低音の咆哮が轟いた。
翼人型はしかし耀大に一瞥もくれることなく、湊輔に向けて踏み出した。
「耀大ッ、行かせるな!」
「おおぅッ!」
剣佑が顔に焦燥を浮かべながら叫び、耀大が仁王のごとき形相を極めて吠えた。
――【破甲撃】
剣佑が飛びかかるように踏み込み、右肩にかつぐように構えた刃を振り下ろす。
――【噴犀角】
耀大が巨影に肉迫するなり、大盾を突き出して殴りかかる。
翼人型は左の肩甲骨あたりから真下にざっくりと斬り裂かれて怯む。
直後、背中の右側に受けた衝突によって前方に倒れ込んだ。
「耀大ッ、前へ――」
剣佑が怒鳴ると同時――
「ぬぅッ」
「なッ」
巨影が節足動物よろしく四つん這いで駆け出した。それを見るや、耀大と剣佑は愕然と顔を引きつらせた。
翼人型は一気に二人を引き離し、湊輔へと急迫する。
標的が間合いに入った途端、右腕を大きく持ち上げた。
あらん限りに手を開き、獲物を叩き潰さんと振り下ろす――
――【乱連破喰貫】
瞬間、凄烈な炸裂音がこだました。
翼人型の右手は湊輔に直撃する寸前で左に勢いよく弾かれる。
さらに右脇腹、右太もも、そして右側頭部から音が立て続く。
苛烈な奇襲を受けて左に横転する巨影。
音が上がったどの部位にも、矢が突き刺さっている。
翼人型は瞬時に跳ね起きるや、羽ばたいてその場から飛び退いた。
「しっかりしやがれてめえらッ!」
矢と怒号を放ったのは颯希だ。
犬歯を狂暴にぎらつかせ、目をぎろりと剥いている。
「ボケっとしてんじゃねえッ!」
敵以上に凄まじい剣幕に気圧されたか、耀大と剣佑はすぐさま翼人型と湊輔の間に立ちはだかる。
「どうなっとるんじゃ……猛嚇咆が効かんかったわい」
耀大が顔をしかめながら得物を構えた。
「確かにな。だが今は、ヤツを押さえ込むことに専念するぞ」
剣佑は凧盾をかざし、腰を落としながら眼光を鋭く尖らせた。
「有紗ッ、剣佑と耀大の援護だ! 射ちすぎてヤロウの気ぃ引くなよ!」
鳥人型はすでに全滅状態。
颯希は有紗を二人の下に向かわせると、湊輔へと駆け寄った。
「おい湊輔、起きれっか? てか起きろ。死にたかねぇだろ」
「……く……うぅ……」
颯希に頬を軽く叩かれ、湊輔はうめきながら目を覚ました。
「すみません……今、どうなって……」
か細い声を漏らし、重々しく体を起こす。
「安心しな。剣佑と耀大が前に立ってるからよ。やれそうか?」
痛い。
とにかく痛い。
肩が、ひじが、腰が、ひざが、あちこち痛い。
それ以上に左耳の周りがずきずきする。
左目が潰れたような感覚もする。
……いや、潰れてないけど。
それに、熱い。
油をかけられて火をつけられたみたいに、体が熱い。
死ぬって、こんなの。
やれるわけ、ないって。
……ほら、体震えてるし。
湊輔はふと目を動かした。
すぐ前に月白の剣が横たわっている。
もっと上向けると、耀大と剣佑の背中が見えた。
まるで探し求めるように左に動かせば、有紗が映った。
「ぁ……」
一瞬、切れ長の目と視線が交差した。
いいのか?
このまま、「もう嫌です」って言って、逃げて、いいのか?
……いや、ダメだ。
そんなの、嫌だ。
かっこ悪いだろ。
湊輔はわなわなと手を伸ばし、月白の剣につかみかかる。
それを引き寄せ、震える体に鞭打ち、立ち上がる。
「おれ……やれます……」
颯希は朗らかに笑うと、湊輔の背中をぽんと優しく叩いた。
「よし、よく言った。度胸あんじゃねぇか」
それから頭をグシャグシャと乱暴に撫でると、あごで前線を指した。
「うっし、じゃあさっきと同じだ。耀大の右後ろに着いて、ヤロウの隙を突きな」
「はいッ……」
湊輔が戦線に復帰しようと駆け出すと同時、翼人型が両腕を振り払った。
羽毛がいくらか散って、ひらひら舞い踊り、地面に触れる。
途端に丸く肥大し始めたそれら。
やがて突起が生じて、頭、体、翼、足、尾羽が形作られる。
――鳥人型だ。
その数、三十。
「なんですか……あれ……」
耀大の右後ろに着いた湊輔は、目を見開いてうろたえた。
「湊輔、憶えておけ」
剣佑が声を低く凄ませた。
「翼人型はああやって、自身の羽から鳥人型を生み出せるとな」




