三
湊輔は声を出さず、ただ頷くしかなかった。
翼を持ち、空を飛ぶ敵を倒すなら、弓を持つ颯希や有紗が適任なのはよく解っている。
それでも、いきなり本命――つまりボス敵と戦えと言われ、気持ちがすくんでしまった。
「ほら、アレが翼人型だ」
A棟校舎前の道路を進み、やがて駐車場の西端が見えてきたとき。
颯希が足を止め、弓でソレを指し示した。
鳥人型よりも大きい、二メートル半はありそうな人型の影。
ただ、腕がやたら長い。
指先がひざより下にある。
ひじの位置は腰より下。
それでいて、鳥の翼のような見た目。
翼手と言ってもあながちまちがいではなさそうだ。
頭は鳥人型とまるで同じ。
――翼人型。
翼手を持つ、灰黒色の巨影の周りには人面鳥が三十ほど群がっている。
「さぁておめぇら、とっとと終わらせるぜぇ!」
颯希が、弓弦を引き絞って狙いを定めるという動作をすっ飛ばしたような速さで、つがえた矢を翼人型めがけて射かけた。
「おおぅッ!」
豪胆な号令に撃ち出されたように、耀大が大盾と片手鎚を構えて駆け出した。
おれも行くんだよな? と思いつつ湊輔は顔を横向ける。
その視線に気づいた剣佑は、鉛色の長剣と凧盾を構えたまま、「少し待て」とだけ言った。
遠ざかる鋭い風切り音は、しかし巨影に気づかれていた。
翼人型は翼手を素早く振り、矢を打ち払う。
途端、周りにいた鳥人型たちがバサバサと飛び立ち、散開した。
――【猛嚇咆】
『ウオオオオオオオオオッ!』
猛獣のごとき咆哮が轟いた。途端に翼人型、鳥人型たちの視線が一斉に大盾へと注がれた。
湊輔は思わず顔をしかめて耳をふさいだ。
まるで人間の絶叫なんてものではない。
大気を打ち据え、鼓膜を痛烈に震わせる重低音。
「猛嚇咆っつーんだ、あれ」
湊輔が耳から手を離したところで、涼しい顔をした颯希が前線を見ながら口を開いた。
「レオズ、ロア……?」
「ああ」
湊輔の小声による復唱に、颯希は得意顔で頷いた。
「あれやると、周りのヤツらの注意を全部引きつけられんだよ。小型と中型のヤツらは一発でだいたいびびるな」
確かに、と湊輔は思った。
あんなのを間近でやられたら肝が冷える。
というか、今さっきびびったばかりだけど。
「ただ、あの翼人型みてえな大型にゃ効かねぇよ。せいぜい注意を引くくらいだ。それに大型と群れてる雑魚にも効かねぇ。けど、仲間がピンチなときには役に立つぜ」
それじゃあ、もしかして、と湊輔は思った。
猛嚇咆が敵の注意を、ヘイトを一瞬で稼ぐなら、この前みたいな状況を一気に覆せるよな。
耀大が迫ると、翼人型は両の翼手を折り曲げ、引き絞る。
――【絶壁】
それを見た耀大は、すかさず急制動をかける。
そして大盾を地面に突き立てるように構えて、腰を落とした。
翼人型が跳びはねるように大きく踏み込む。
上半身を突き出すように屈ませ、両の翼手による掌底を撃ち出した。
バアン! と鋼板を激しく打つ、野太い金属音が弾ける。
「むぅぅぅ……!」
耀大は大盾に寄りかかるように体を前に傾け、砲撃のごとき殴打を耐えしのいだ。
「有紗っ」
颯希がまた矢を射かけた。
今度は空中を飛び回る鳥人型に中り、呆気なく墜落させる。
「とっとと雑魚片付けるぞ。アイツら残しとくと面倒だからな」
その面倒が、まもなく現実となった。
翼人型は両腕を羽ばたかせ、大きく跳び退いた。
すると、上空を飛び交っていた鳥人型たちが一斉に滑空し始める。
猛烈な速度で耀大に迫ると、鉤爪を立てては大盾を、後ろに回り込んでは耀大自身を蹴りつけ、飛び去っていく。
その間、炸裂音と刺突音、空虚な風音が入り乱れ、十近い影が地面に転がった。
「ああやって指示すんだよ」
颯希が矢を放ちながらぼやいた。
翼人型が防御体勢を続ける耀大に急迫する。
先が鋭利に尖った指先を固めた。
また跳びはねるように踏み込み、引き絞った右手で貫手を突き出した。
「させん!」
いつの間にか駆け出していた剣佑が躍りかかった。
やたら長い翼手の前腕めがけ、長剣を振り下ろす。
斬撃は切断まで至らずとも、見事貫手を撃墜した。
翼人型の顔が剣佑に向く。
撃ち落とされた右腕を鞭のように払い、手刀を見舞う。
――【反衝牙】
「なんの!」
剣佑は咄嗟に凧盾で襲いくる太刀筋を真上にそらした。
「せあああッ!」
一歩踏み出し、長剣を突き出す。
切っ先が翼人型の右脇腹に食い込み、刀身の三分の一ほどがうずまった。
――【破甲撃】
「ぬおおおッ!」
耀大が体勢を解き、翼人型に急迫する。
振りかぶった片手鎚を、怯んでいる巨影の左の首筋に叩き込んだ。
立て続いた猛襲に、翼人型の体がぐらつき、わずかに沈み込む。
このままひざをつくかと思えば、すかさず両の翼手を振り広げる。
そして羽ばたき、大きく跳び退いてその場から離脱した。
「六、七匹……じゃなくて七羽――あーッ、くそっ」
空を飛び回っている鳥人型を数えた颯希が毒づいた。
割と細かいこと気にするタイプなのか、と思いつつ、湊輔は颯希の視線を辿った。
三十ほどいた鳥人型たちは残すところ十を切っている。
翼人型は二人に追い込まれている。結構順調に見えた。
「よし湊輔、行け」
ついに下された出撃命令。
湊輔はすっと颯希を見た。
颯希は、なんだよ、文句あんのか? みたいな面持ちをしていたが、すぐに「はっ」とどこか陽気な笑い声を上げた。
「安心しな。いざってときは耀大が咆えるからよ」
弓で耀大の背中を指す。
「今耀大がアレの前で、剣佑が耀大の左にいんだろ? 湊輔は耀大の右後ろに着きな。そんで隙が見えたら、一発でいい。一発ぶち込んですぐ逃げな」
湊輔は颯希に背中を叩かれて半歩前に出た。
わずかに横に向けた視界、その端。
こちらを見る有紗の横顔が映った。
「は、はい……」
絞り出したような声を返し、月白の剣を強く握り締める。
そうだ、今は先輩が三人もいる。
いざとなったら、福岡先輩の戦技もある。
大丈夫。
この前みたいにはならない。
行ける。
やれる。
そして深く息を吸い、おずおずと踏み出して、駆け出した。




