二
「で、有紗と湊輔はこの前が初めてだったって? よかったじゃねぇか。初っ端がシバと一緒でよ」
「シバ……?」
湊輔は小声でつぶやいた。
「颯希さん」
剣佑が口を開いた。
「一年生にその呼び方はまだ馴染んでないですよ」
颯希が片眉を上げたあと、剣佑は湊輔と有紗を見て続ける。
「シバ、っていうのは、柴山先輩の愛称だ」
湊輔はなんとなく意外に思った。
あんな鬼みたいな怖い顔した人でも、ニックネームとかあるんだな、と。
「ま、シバのことはいいとして……あー」
颯希はなにをしようか迷うようにうなった。
耀大が紙束を指すのを見て、
「よっし、成績表だな」
と得意げに言った。
「あの、それならこの前、荒井先輩に教えてもらいました」
有紗の無機質な声。
「あ……?」
颯希は半瞬呆けてから、
「なんだよ巧聖のやつ……やるじゃねぇか」
と悔しげに、片側の口角を引きつらせた。
湊輔はふと成績表に目を落とす。
その一枚目には、
【筋力35、耐久力20、持久力45、精神力35、判断力45、戦闘センス15、リーダーシップ10、総合205】
と書かれていた。
どれも五十に満たない数値。
最高値が書いていないため、高いかどうかも分からない。
いや、もし五十が一番高くて、総合の最高が三百五十なら、おれ結構強くない? とにわかに期待を覚えた。
「あ、あの……総合二百五って――」
瞬間、颯希、耀大、剣佑が目を丸くした。
え、マジで? と言いたげな疑惑の視線と漂う不穏な空気。
期待は蝋燭を吹き消す勢いで塵と化した。
「低い、んですね……」
湊輔は肩を落として俯く。
そこに颯希が気難しい顔で歩み寄ってきた。
湊輔は思わず全身を強張らせる。
しかし、頭に置かれた手の感触は優しくて柔らかい。
「まぁ、安心しな。戦ってりゃそのうち強くなれっからよ」
手の感触同様、優しく柔らかい声音。
これが姉御感か、と湊輔はなんとなく思った。
同時に胸に熱いものを感じて、たまらず目をつむった。
「さすが颯希さん! さっき怖がらせてマイナスになったポイントが、これでチャラになりましたねっ」
「剣佑、おめぇいい度胸してんじゃねぇか……」
颯希は獰猛に微笑み、茶化してきた剣佑をシメに向かった。
湊輔は目を開き、気を紛らわせようと用紙をめくる。
そこには、
【素質……前虎後狼】
【動的戦技……渾撃、終一閃】
【静的戦技……先見、死逃視眼】
と書かれてあった。
『ぴーんぽーんぱーんぽーん。……えー、駐車場に翼人型が一体、現れましたぁ。繰り返しまぁす。駐車場に翼人型が一体、現れましたぁ。みんなぁ、がぁーんばってねぇー。以上ッ。……ぴーんぽーんぱーんぽーん』
放送で流れた声は、相変わらず純情無垢な少年のよう。
耀大、有紗、湊輔が持っていた紙束をテーブルに置いた。
颯希は振りかざしていた右腕を下ろし、つかんでいた剣佑の胸倉を放すと、犬歯を剥いて不敵に笑った。
「来やがったな」
「翼人型とはのぅ。こりゃ颯希さん――」
耀大は颯希を一瞥した後、視線を移した。
「それと有紗の出番じゃのぅ」
「あぁ、まったくな」
颯希は表口へ向かいながら、肩越しに有紗を見る。
「頑張ろうぜ、有紗?」
「……はい」
無機質な声音の素っ気ない返事。
有紗の颯希に向けた視線が、わずかに鋭くなったように見えた。
それぞれの得物を携えて、五人は表口から図書館を出る。
「はッ、お出迎えご苦労さん、ってな」
颯希が矢筒から矢を引き抜き、素早くつがえた。
弓弦を引き絞った途端に弦音が鳴る。
まもなく空でパァン! と炸裂音が弾け、一メートルほどもある鳥が落下してきた。
「これが、アエロー……?」
湊輔は眉をひそめ、微動だにしなくなった亡骸と灰色の空を見比べる。
颯希が射ち落としたのは鳥と言ってもまちがいない。
だが、異様だ。
体はまさに猛禽。
しかし頭部は人間のそれだ。
男とも女ともつかない、彫像のような起伏ある面立ち。
頭から尾羽までが灰黒色に染まっている。
そしてその人面鳥は落下してきた一体だけではなかった。
十以上の同じ姿をした鳥が、虚ろな瞳でこちらを見下ろしながら、灰色の空で旋回している。
「いや――鳥人型じゃ」
耀大が右手に持つ片手鎚で肩を叩きながら言った。
「さっき翼人型が一体としか言っとらんかったが、実際はこうして子分がついてくるんじゃよ」
じゃあ、あの放送はうそを言ってたのか、と湊輔が思ったところで、背後のすぐ斜め上から炸裂音がこだました。
振り返ると、吹き飛ばされたのかやや離れたところに転がる鳥人型が見えた。
「ボケっとしてんじゃねぇぞ」
颯希が余裕綽々というように笑いながら、再び矢をつがえては三射目を放った。
「しゃあッ、三匹目ぇ!」
「颯希さん、一応鳥の体をしているので、三羽目、が妥当ですよ」
剣佑がまた茶化すように口を挟んだ。
「るせぇ、細けぇことゆーな」
矢を引き抜き、つがえ、弓弦を引き絞り、狙いを定め、放つ。
颯希が見せたこれら一連の動作はあまりに滑らかで、素早くて、精密だった。
むしろ、視覚の認識が間に合っていないほど一瞬。
湊輔は前回見た有紗の姿を思い出した。
初めて矢を射たとき、見事に屍人型の頭に命中させた。
そのときの動きもまた、無駄なものを一切感じないほど滑らか。
ただ、それが見劣りするほど、颯希の動作は速すぎる。
「有紗、湊輔、気をつけろ」
剣佑の警戒を帯びた低い声。
「鳥人型は背中を向ける敵に優先して襲いかかるからな。なるべく背中合わせに立つといい」
気づけば、湊輔と有紗は颯希、耀大、剣佑に囲まれるような形になっていた。
「ま、そーゆーこった」
颯希が弓を持つ手を下ろした。
五人の周りには、先ほどまで頭上を飛び交っていた鳥人型すべてが横たわり、沈黙していた。
「さて、とっとと本命に行くぜ。――有紗、あたしらは雑魚優先だ。――湊輔、耀大と剣佑と一緒に本命を叩きな」




