十
「まあ、あいさつとかはしてもしなくてもいいよ。どうせすぐにあそこで顔合わせるし」
巧聖は肩をすくめた。
「ただ、通知のオフはやめといてね。こまめにチェックするんなら構わないけど」
「あれッスよね。命かけて戦ってる以上、最新情報は見逃せない、的な」
巧聖はパチン、と指を鳴らした。
「あったりー」
「あ、そうだっ」と雅久は両ひざを叩いた。
「あの成績表ってなんなんスか? あと、柴山先輩のヘイゾウステップとか荒井先輩のジャンプとか!」
「ヘイズステップだって」
「わざとだよっ」
湊輔が突っ込むと、軽く小突かれた。
ひどい。
というより、恥ずかしい。
巧聖は苦笑いを浮かべて、
「あぁ、そういえば泰樹さん、さらっと流しちゃったもんね」
スマートフォンに目を落とした。
時間を気にしたのだろう。
「簡単に言えば、ゲームでいうところのステータス表みたいなものよ。どういう基準かは知らないけど、筋力がいくら、とかそーゆー感じのこと書かれてんの」
「へぇー、他にどんなのがあるんスか?」
「えっとねぇ……」
巧聖は指折りを始めた。
「筋力、耐久力、持久力、精神力、判断力、戦闘センス、リーダーシップ、の全部で七つ、だったかな。あ、あとたぶんそれを全部足した、総合力、ってゆーのだね」
「攻撃力とか防御力とか、そんなんじゃないんスね」
雅久は小首を傾げた。
「てか、精神力と判断力ってわざわざ別にする必要あんのか?」
眉をひそめて湊輔を見た。
「さあ……?」
眉をひそめて訊いてきた雅久に、湊輔は顔を背けながら答えた。
それをおれに訊かれても。
「いや、割と別々だったりするのよ、それが」
巧聖の表情が急に強張った。
「え?」と雅久が視線を向けたところで続ける。
「精神力結構高いのに、判断力がまったくないに等しい人もいるってこと。まあ、サイコパス、っていうのかな?」
雅久が、なんだそれ? と言いたげな顔でまた湊輔を見た。
だから、おれに訊くなよ。
「で、えーっと……泰樹さんの霞脚とか、俺の槍高跳だね。戦技ってゆーのよ」
「スキル?」
雅久が声を弾ませた。
巧聖は頷いた。
「いわば、特殊能力ってやつ。異空間の中だけで、普通じゃできないことができるようになるの。まぁ、三人はもう見たからなんとなく分かるっしょ?」
巧聖が片眉を上げると、湊輔と有紗は一度、雅久は二度、静かに頷いた。
「戦技には二種類あって、使いたいときに出す動的と、勝手に効果が発動してる静的ってゆーのがあってね」
つまり、動的戦技と静的戦技。
まるでゲームだな、と湊輔はボトルを口元で傾けながら思った。
「どーゆーふうに戦技が使えるようになるかは分からないけど、戦ってればそのうち色々使えるようになるよ」
「てことは俺も、すっげえスピードで動いたり、めっちゃ高く跳べるようになれるってことッスね!」
「あー……」
巧聖がとても言いづらそうな声音でうなった。
「耀大ってゆー、雅久と同じ大盾使うのがいるんだけど、霞脚とか槍高跳は持ってないよ?」
「マジかぁ」
雅久は絶望が極まったような表情を浮かべて肩を落とした。
そして巧聖が余計な一言を告げる。
「まあ、湊輔なら霞脚使えるようになるかもね」
「だあぁーッ! 湊輔てめえッ、武器交換しろおッ……!」
雅久がつかみかかってきた。
するかバカ、と思いながら、湊輔は必死に抵抗する。
でも、盾くらいは欲しいかも。
「じゃ、用は済んだし、そろそろ行くね」
巧聖は返事も待たず、校内に戻っていった。
「ねぇ、昼休みいつもここにいるの?」
有紗は弁当箱を片付けながら尋ねた。
「たまにな」
雅久が湊輔の胸倉をつかんだまま答えた。
「あー、でも、あそこの話するときはここ来るかも。な、湊輔?」
雅久にようやく放され、湊輔は乱れた制服を直した。
「まあ、うん」
「じゃあ、そのときはわたしも呼んでくれない?」
「ぇ……」
湊輔は声にならない声を漏らして呆気に取られた。
その様子を尻目に、雅久は鼻を鳴らした。
「おう、いいぜ」
有紗は小さく頷くと、
「じゃあ、わたし先に戻るから」
弁当箱を持ち、「あ……」とベンチに目を落とした。
雅久に「気にすんなって。俺らが直しとくから」と言われると、また頷いて屋上を後にした。
「よかったな、湊輔」
塔屋の扉が閉まってすぐ、雅久が意味ありげに言った。
湊輔が目を向けると、やってやったぜ、とでも言いたげな満面の得意顔を見せてきた。
湊輔がそっぽを向いたと同時に予鈴が鳴る。
雅久と一緒にベンチを戻し、教室に向かった。
* * *
モノトーンに染まる尾仁角高校、B棟校舎二階。
職員室の隣に設けられた放送室に、人影二つ。
一人は椅子に腰かけた、幼気な少年。
ホワイトカラーの緩いウェーブのかかった髪。
首元から足首まで覆う白銀色のローブ。
もう一人は長身を誇る老年の男。
撫でつけるように整えられた白髪。
深いしわの刻まれた顔。
灰色基調の、礼装のような出で立ち。
上着の丈はひざ下まである。
どちらとも、瞳には藍玉のような青色が差している。
「災難だったな、アインよ」
長身の男のしゃがれた渋い声。
「ホントにね」
答えた少年――アインは穏やかに微笑みながら、手元の薄い紙束を眺めている。「それでどーだった、アハト? なにか異常は残ってた?」
発した声は純情無垢な子どものよう。
アハトと呼ばれた長身の男は、おもむろにあごひげをさすった。
「どこにもほころびは認められなかったな」
「そっかぁ……よくやってくれたよ、まったく。危うく回収前のタイキくんを傷物にされるところだったねぇ」
「それで、今後どうする? ここへの侵入方法が確立されたということは、至極の山羊はおろか、他の眷属を招きかねんが」
アインはアハトに上目を向けた。
「いいよ、それはそれで。むしろこっちの宣伝にもなるからね」
「そうか……」
アハトは重々しく目を伏せた。
「ちなみにその少年、回収はいつごろになりそうだ?」
アインは持っていた紙束を置くと、別のそれを手に取った。
「もう十分育ってるから……いつでもいいんだよね。そうだなぁ……」
天井を仰いでから、アハトに屈託なく笑いかけた。
「思いっきり青春を謳歌してもらってから、かな」
アハトは二度小さく、じっくり噛み締めるように頷いた。
「では……今期の新参に、件の剣を持つ少年以外で、期待の候補はいそうか?」
「ふふ」
アインは小さく笑った。
「いるよ。もう戦い始めてる二人と、あと二人だね」




